2-3
母に言われて思い返してみれば、たしかに昔から『しおんにぃ』一筋で、誰かを好きになったことは無かった。
顔がいい方だなんて、自分では言わないが、恐らく今まで顔だけを見て、好いてきた女子はいたのだろう。実際、友人に「あいつ、お前のこと好きなんじゃね?」みたいなことを言われたような気もするし、気を引こうと、わざと近づいてきては話そうとする女子がいたような気もする。
しかし、そう言われても、話しかけられても、その時も『しおんにぃ』ばかり考えていたこともあって、上の空であったと思う。
何もかも続かず、何の取り柄もない自分が、たった一人のことをずっと想い続けていただなんて、やっぱり、恋する乙女かよと苦笑する。
と、思いながら食パンをかじっていると、「あっ」と母が声を上げた。
「そういえば、アンタ、ずーーーっと紫音君のことだけは、好きでいたわよね? だから、他の子には目をくれないわけ?」
「·····っ! ごほ、ごほっ!」
「なにむせているのよ。ほら、飲みなさい」
母に渡されたコップを奪い取ると、一気に飲み干す。
あー、死ぬかと思った。
「·····で、なんでそこで、しおんにぃの話をするんだよ」
「なんでって、小学校の頃かしらね。あの子がヴァイオリンのことで、とてもすごい賞をもらって、テレビに出たことがあった時に、アンタの食いつきようがすごくて。とても好きだったのかしらって」
「好き·····って、·····てか、母さんがしおんにぃの話をするとは思わなかったんだけど」
「へ? なんで?」
「なんでって、しおんにぃがどっかにいなくなった時に、なんか言いづらそうな顔をしてたから、言っちゃいけないのかと思ってたから」
「あー·····、あれね。深刻そうな顔をしておけば、紫音君のことを忘れそうかなと思って」
「え、は·····?」
コッチンと、自身の頭に握り拳を当てて、舌を出す茶目っ気な仕草をする母に、その歳でやるのはキモすぎるぞと言うが前に、母の言った言葉に困惑した。
紫音のことを、忘れそうとは。
「それって、どういうことだ」
「ん〜··········。大人の事情ってやつよ〜!」
「はぁ!? なんだし、そのごまかし方──」
「──朱音。そろそろ行かないと遅刻するんじゃないのか」
今まで、沈黙を貫いていた父が時計を見ながらそういうのを、つられて見やると、たしかに今から出なくては遅刻しそうな時間になっていた。
「ヤベェ!」
椅子に置いてあったカバンを片手に、食パンを頬張ると慌てて家を飛び出した。
後ろから、「角には気をつけなさいよ〜」と言う母の声が聞こえた。
パンを頬張っているからか? 俺、女子ポジションじゃん!
そう思いながら、駅へ走り出すのであった。
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