2-1


後に『しおんにぃ』と呼ぶ人が我が家にやって来たのは、何の変哲もない日常だった。

一人でミニカーを床に滑らせて遊んでいるところを母が見ていた時、玄関のチャイムが鳴った。

母がそそくさと玄関の方へ行き、誰かと話しているのを、特に気にもせず遊んでいたが、思いきり滑らせてしまい、玄関の方へと行ってしまった。

それを追いかけて玄関へと行くと、母と変わらなそうな年齢の、化粧の濃い、気取ってそうな女性とその傍らに、朱音よりかは年上そうの男の子がそこにいた。

チェック柄のワイシャツに、サスペンダーを半ズボンに付けたその佇まいに、気軽に声を掛けてはいけない雰囲気があり、少しの間、口を半開きしたまま、じっと立ち尽くしていた。


『後ろにいる子は?』


赤く塗った唇を開いた女性が、笑みを張り付かせてこちらを見たことにより、咄嗟に母の足にしがみつき、様子を伺った。

『こら、朱音』と軽く怒られた。


『息子の朱音です。ほら、朱音。隣の家の新倉さんよ。挨拶して』

『いやだ』


母の後ろに完全に隠れた。

『全く、もう』とため息混じりに言い、


『ごめんなさい。人見知りがある子なもので』

『いいえ。この子もあのぐらいの年齢の時は、朱音君よりも人見知りが激しくて、すぐに泣いてしまう程だったのですから。まだ可愛いものですわ』

『あら、そうなのですか。でも、今はとてもきちんとしてるわ。朱音もこうなって欲しいものだけど』


大人二人で話が盛り上がっていることをいいことに、こちらに興味が薄れたと感じた朱音は、そろりと顔を出し、再び様子を伺った。

その時、男の子と目が合い、その子はにこりと笑った。

どきり。

鼓動が高鳴った。

次に頬が火照るほどに熱くなったのを感じ、わけが分からなくなって、しかし、目が離せなくなっていた。


『こんにちは』

『こ、こんに、·····は』


舌っ足らずと緊張で、小さな声できちんと言えずにいたが、その子は変わらずの笑みをたたえていた。

素敵な笑顔。この子の親の偽りな笑顔とは大違いだ。

いつまでも見ていたいぐらい。


『なにしてあそんでいたの?』

『み、ミニカーで·····あそんでた』

『ミニカー? もし、よかったら、ぼくもいっしょにあそんでもいい?』


普段であれば、初めての人と遊ぶのはとても嫌なのだけど。

小さく頷いた。


『あら、紫音。朱音君と遊ぶの?』

『うん。あそんできていい?』

『いいわよ。これからは、朝田さん家でしばらくお世話になるのだから、迷惑かけないようにね』

『はい』


その時、その男の子──『紫音』と呼ばれたその子が自身の母と会話していた時の表情が、どことなく寂しそうに見えた。

しかし、『あそぼうか』とこちらに向けられた時にはさきほどと変わらない表情を見せたことにより、気のせいかと思い、自分より少し大きな手と繋ぎ、一緒に遊ぶことにしたのであった。

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