1-9


新倉にいくら先輩のヴァイオリン、聞けて良かったね!」

「本当に! 私もあんな風に弾けたらいいのに」

「小さい頃からし続けているのでしょ? きっと毎日欠かさず、練習してきたのでしょうね。私、そこまでの努力したことが無いから、本当、すごいと思う」


音楽室から来たらしい女子二人がそんな会話をして、朱音の前を通り過ぎた。

新倉?

とても聞いたことのある名前だった。

一体どこで。

ヴァイオリン。新倉·····。

頭の中でふいに、夕暮れに染まる家の部屋の窓際で、在りし日の『しおんにぃ』が、ヴァイオリンを弾く姿が過ぎった。


「あ、そうだ」


小学生の頃。

どこかの番組で、何かの賞を受賞し、インタビューされている小学生が映し出されていた。

その小学生は、習い事の発表会で着るような服を身に纏い、ヴァイオリン片手に、緊張気味にはにかんだ顔を見せていた。

顔を観た途端、『しおんにぃだ!』と飛びついたことも思い出した。

そう。そして、テロップに出されていた名前が──。


「しおんにぃ!」


気づけば音楽室に走って、喜び溢れる声で憧れの兄の名を呼んだ──が。

音楽室には誰一人いなく、電気が付いていなく、だが、昼間であるため、外からの光で充分に明るく照らされていた。

気づくのが遅かった。

朱音の声で響いていた教室は、すぐさましんと静まり返っていた。


「どこに行ったんだよ、しおんにぃ·····」


苛立ち気に呟いた直後、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったことにより、音楽室を名残惜しげに見た後、とぼとぼと自分の教室に帰って行った。



SHRが終わり、いつも集っている友人らに慰められながら、帰ろうとした時だった。


「新倉先輩、今日も屋上にいるかな?」

「後で行ってみない?」

「私も行くー!」


教室内での同級生の女子達の会話に、ぴたりと足を止めた。

『しおんにぃ』が屋上に? 今日も?

同級生はいつから『しおんにぃ』が屋上にいることを知っていたのか。

──いや、それよりも。


「朱音?」

「どうした? 早くゲーセンに行こうぜ」

「わりぃ! 用事思い出したわ! 行けねーわ!」

「「はぁ!?」」


顔の前で手を合わせたのもそこそこに、友人らの「慰め代返せや!」「今日の詫び、どっかの日に埋めろよー!」と言う声を聞くか否や、一目散に屋上へと向かった。

『しおんにぃ』がいることにものすごい期待を込めて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る