第6話〇炊き込みご飯とジュリアン(GER)

 私はタフで賢い男が好きだ。そしてそれはどちらも欠けていてはならない。

 というのもかつての愛読書であった村上龍・著『愛と幻想のファシズム』の主人公、鈴原冬二に憧れていたからで(エヴァンゲリオンの登場人物の元ネタとしても有名)彼のようになれない、デブでマヌケで生殖から見放されている自分は死んだ方がマシだと、一時真剣に悩んでいたほどだ。

 私の地元は田舎なのだが、父の実家はさらに人口が100人もいないほどの村の出身である。その村の付近に奇妙な外国人が住みだしたと聞いて私は興味を持ち、その外国人とコンタクトを試みた。その男性を今後はEと呼ぶことにする。Eは私と出会った時点で50歳を過ぎていた初老の男性で、アーノルド・シュワルツェネッガーのように背は控えめだがムキムキの肉体を持ち、日の光が透けて鮮やかに輝くほどの金髪を持ち合わせていた。母国で暮らしていた頃は軍に所属し、退役後は大工の職に就いた。しかし20代中頃ぐらいにバイクや車で世界放浪を始め、30歳にして北海道で後の奥さんとなる日本人女性と知り合った。彼女の実家のある大阪に住み、たこ焼き屋を営みつつ生計を立て、ひと財産築いたが、子宝に恵まれなかった。これ以上働く理由がないとのことで趣味であるウィンドサーフィンに没頭するために、私の地元である滋賀県の琵琶湖にアクセスが良い山奥の田舎で農家を営むセカンドキャリアを始めたといった、何とも濃い経歴を持つ人物だった。

 私は大阪に移り住むまで度々彼の世話になっていた。共に野菜の収穫やキノコ狩りを行ったこともあるし、共通の趣味であるハイキングを楽しんだりも舌。一時期私が精神的に不安定になっていた頃には、彼が気を使って自分の家に招き、食事を振舞ってくれたりしたこともあった。

 そういえば大阪に移り住む際に、仕事を紹介してもらったりもした。二か月ばかりの短期のアルバイトだったが、実入りは良かった。その分、過酷な仕事でもあった。住宅用廃材から段ボールの原料となるチップを作るという仕事で、トラックの荷台のような装置いっぱいにカットされた木材が積載されていて、それがベルトコンベアの上で傾いたかと思うと雪崩のように転げ落ちてくる。その間近で待機して、木材がベルトコンベアからはみ出していたら正す。釘などが刺さっていたらバールで抜く。コンベアの先には強力な粉砕機があり、リュックサックほどのサイズの木材がバラバラに砕けていくのを見守る。木材が大きすぎて粉砕機が止まってしまったなら、コンベアを流れている適当な角材を手に取り、マサイ族がライオンに槍を突き立てるように粉砕機に飛びかかって、機械を詰まらせている原因の木材を突いて押し込む。コンベアに乗りきらないほどデカい木材があったら除けて、斧を手に取り、「やーーーーーーーーっ!!」と声を上げつつ気合いを入れて真っ二つにするというのも業務のうちだ。しょっちゅう木材の雪崩に巻き込まれて手や指を木材に挟まれたり、毎日身体にアザが出来たり、耐えず消しゴムのカスのようなサイズ感のおが屑が舞っているので目を傷めたりした。私は当時、マンガを描いていたのだが、手や目は何よりも守らないといけないと思った私は、任期満了の後に継続して働いてほしいと誘われたものの、丁重にお断りした。まぁ、何が言いたいのかというと、世の中そんな仕事もあるし、俺の苦労話を聞いてくれってぐらいなものだ。もう少し豆知識を語っておくと、住宅用の廃材は住友林業のものが一番品質が良い。色味からして違う。また、運ばれてくる廃材は虫が好む温かさで、たまに中にゴキブリが紛れていた。私は女子のようにGから逃亡したが、ベテラン従業員は平然とGを手に取ると粉砕機の中に放り込んだりした。このようなことは業界を通じで珍しいことではないとのことだから、あなたの使っている段ボールの原材料のうち、0.000……1%はゴキブリで出来ていることと留意しておくと、また世界が違って見えるかもしれない。

 その職場にはバイトで働きつつも、現役で個人経営のリサイクルショップの店長であるというお爺さんがいた。当時の私は炊飯器を持っておらず、そのお爺さんが安く譲ってあげようとのことで、私はその提案に乗ることにした。5合炊きで3000円。今思うとそれほど安くないし、お釜がところどころ剥げていて、朝に炊いて夜まで保温していると表面がカピカピになるほど性能が良くなかったので、もしかしたらボラれていたのかもしれないと今さらになって思う。

 ともかく私はタフで賢い男が好きで、そのような野性味あふれるゲルマン民族と交流を行い、その人物の手引きで知り合った老人から炊飯器を手に入れた。その前置きだけ理解しておいてほしい。


 シェアハウスに知り合いがほぼいなかった引っ越してきた当初、とにかくキッチンを使う回数を減らしたかった。だが毎食スーパーのお惣菜を買えるほど当時の私は経済的に豊かではなかった。そこで私は数週間の間、毎日のように炊き込みご飯を作っていた。ご飯に味がついていればそれだけでオカズはいらなくなる。調理は一日一回で済むと、いいことづくめだったからだ。醤油と出汁をベースにニンジンやゴボウを入れたりツナ缶を混ぜたりして、なるべく美味しく食べようと努めたものだ。

 そんな貧乏くさい飯に興味を示した人物がいた。ドイツ出身のジュリアンという青年だった。彼はシュートボクシングを習うアマチュア格闘家で、筋骨隆々であるがモデルのようにスラッと背の高い美男子でもあった。青い瞳と短く刈り込まれた金髪を持ち、まるで中世ヨーロッパの騎士が現代に蘇ったかのような風貌だった。ただ、乾いた肌にアゴからもみあげにかけて薄っすらと無精ひげを生やしており、その辺りは気品をいくらか削いでしまっているかもしれない。しかしそれもまた野性味を感じさせて、まるで私の知り合いであるEにそっくりだと思った。また彼はドイツ語、英語、日本語、なぜか韓国語を自在に話すマルチリンガルであり、頭の良さも申し分なかった。

 ようするにジュリアンはほぼ私が憧れる、私の好みのタイプの男性だったのだ。私の恋愛対象は女性だが半ばメロメロになっていたので、ジュリアンが炊き込みご飯を試したがっていると知ると、私は世話女房のようにせっせと飯を盛って、嬉々として彼に召し上がってもらった。

 彼が食べ終わると頼まれてもいないのに、彼が美味しかったと言ってくれたものだから、「今度はもっと美味しく作ってあげる」と、まるで弁当を作ってきた幼馴染のように振舞い、その後も何度か彼に炊き込みご飯を貢いだりしたものだった。今思えば、全くもって奇妙な関係である。

 その後、私は炊き込みご飯に飽きたのでジュリアンに炊き込みご飯を差し入れるような関係は自然消滅し、時折会話を交わすぐらいの仲に収まった。今はどうしているか分からないが、中国にルーツを持つ日本人の彼女とよろしくやっていたので、もしかしたら今でも日本で暮らしているのかもしれない。シェアハウスでは住人以外の人を連れ込んで部屋に泊めたら罰金というルールがあり、彼氏彼女を連れ込まないという暗黙の了解まで存在していたが、ジュリアンはお構いなしにシェアハウスでのパーティーなどに彼女を連れてきていた。(彼の名誉のために言及するが、同じ部屋に宿泊させるようなことは、決して無かった)その彼女は裕福な家の出身で、本当に広告やポスターのモデルとして起用されてもおかしくないぐらいの美人さんだったので、美男に生まれると本当に得だよなーと、内心私はふてくされたりしたものだった。


 今回の話には特に、オチはない。

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