どん底から住みだす100人一つ屋根の下~大阪シェアハウス暮らし

カバかもん

第1話〇読まなくてもいいプロローグ

「死ね……! 二度とそのツラ、見せんな!」


 私は実父にそう吐き捨てて別れた。大阪市南部、平野区にある大通り、内環状線と長居通りの交差するあたりであった。

 かいつまんで話すと、とにかくその頃の私と父との関係は険悪を極めていた。

 高校を中途退学してから引きこもり同然となり、父に誘われて家業の仕事を手伝っいだしたものの、その後急速に経営が悪化し、私が外注の仕事で稼いだお金の1/3をピンハネされても我慢して家計に金を入れ続け、その最中に将来のためにまともな学位を取ろうと通信制高校に申し込みはしたものの父によって断念させられたりした。そんな状況の中ヒドイ失恋に心を病んで仕事が手につかなくなり、新しい生き方と仕事を探そうとした最中、雇用保険にも入っていなかったことが発覚。新しいことを学ぶために宛にしていた教育給付金はおろか、失業保険すら受けられない状況にブチぎれて、荒みきった心を少しでも癒そうと散財していたらあっという間に金が尽きてしまった。それは若かりし頃から、中途退学した身空で今さら親に頼りたくないからと一生懸命にためた、いつか大学や専門学校に行くための学費であった。

 経営者でありながら労働法や基本的な社会制度の存在自体を知らず、長年違法労働を強いてたバカ過ぎる父を殺してやりたい気持ちはあったが、何よりもそんな父を頼るほかに生きる道はなく、あまつさえ瑞々しい10代の後半から20代中盤の時代を犠牲にして貯めた金をあっという間に使いはたした自分自身に、私は愕然となった。ある日の晩、錯乱状態に陥り、家族を当たり散らしたのちに自傷行為に及ぼうと、趣味のキャンプのために購入したバタフライナイフで己の手の甲をめった刺しにしようとしたところで両親に羽交い絞めにされて、ようやく決断できたのだった。実家や家族から離れようと。そしてこの度、単身で大阪に住むこととなった。

 貯金は既に20万ほどしかなく、無職の状態ではふた月ももたないであろう状況の中、父がせめてもと私の引っ越しを手伝ってくれることとなった。滋賀県の実家から大阪までの交通費と引っ越し費用が浮いてとても助かったのには違いないが、仕事を休んで手伝ってくれた感謝の気持ちなどあっという間にどこへやら、ふとした折に「こんな能無しのもとに生まれてこなければ!」という恨み言が口を突いて出て、散々罵倒した挙句に捨て台詞を吐いて、私は父と永遠の別れを告げた。父はただ押し黙って私の言葉を聞いくと、トボトボと去っていた。

 お門違いだったと思う。高校を辞めて家に引きこもっていた頃、強迫性障害という社会生活を破綻させるほどの症状に苦しんでいた私に、父は何としても生きる術をあたえようとしてくれていたのは重々分かってはいた。それが伝統工芸、漆塗り、仏壇職人という、当時の私にとっては毛ほども興味のないことであったとしても、父は私に何としても生活の手段を授けようとして、約8年間も雇っていてくれたのだ。それは父なりの責任の取り方だった。私が高校を辞める際、退学届に判を押した父が、「この子はこれから、ワシらが何とかします」と目を潤ましながらこぼした一言は、今でも忘れられない。

 ただ、私はどうしても仏壇職人という生き方に収まりたくなかった。元々ゲームや小説、アニメ、マンガなどに興味があったので、どうしてもその方面に進みたかった。クリエイターとして生きてきたかった。クリエイターには寿命がある。若ければいいというものではないが、若いほど門戸が開かれている世界だ。私は学生時代に精神的な病にかかった、躓いた、ただそれだけのことで、本来生きていきたい世界の扉が日々日々閉ざされようとしている事実が堪らなかった。耐えられなかった。心臓をライターで炙られるぐらいの悶えるような苦しみを毎秒毎秒感じつつ生き抜いてきた。そんな苦しみの渦中に生きる者に、他人に感謝するの心の余裕などあるはずがない。当時の私はまったく心に余裕のない人間であり、また家族は転落していった私を助け出すどころか地獄に留まる期間を助長させた恨みの対象であった。『地獄への道は善意で舗装されている』とはよく言ったものである。

 「自分が高校を辞めたせいで家族には悲しい思いをさせたんだから、少しでも恩を返さなくちゃいけない。ツラくても我慢しなくちゃいけない」という自責の念に支配された青年時代であり、それが人生最大の過ちであった。


「やっとだ。やっと……これからが俺の人生の始まりだ」


「死ね」と毒づいて私に背を向けて帰っていく父の背中を見て、不謹慎にも私は心の底から笑みがこぼれだした。

 2015年12月末日、年の瀬のことである。

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