第56話 新型機vs新型機

 「敵の編隊は三群、さらに少し遅れてもう一群がそれらを追求している。先行する三群のうち左翼と右翼はそれぞれ一〇〇機で中央は五〇機、遅れている一群もまた五〇機程度だ。

 改めて目標を指示する。

 第一艦隊は左翼、第二艦隊は右翼、第三艦隊は中央、第四艦隊は遅れてくる編隊を攻撃せよ。今回の相手は昨年戦ったP36やP40、それにF2AやF4Fよりも遥かに強力な機体だ。特に相手の数が多い第一艦隊と第二艦隊はそのことに留意せよ。決して無理はするな」


 一式艦攻の後席に陣取り、高空から戦場を俯瞰する空戦指揮官から寄せられる情報に耳を傾けつつ「葛城」戦闘機隊長の三里大尉は前方の空域に目を凝らす。

 ゴマ粒が徐々に飛行機の姿に形を変え、その輪郭を露にしていく。

 その姿は何の変哲もない翼を持つ空冷発動機装備の単発機の姿だ。

 この時点で、双発のP38や逆ガル翼が特徴的なF4Uは除外される。


 「一般的な形の米戦闘機であればP36かF4F、あるいは配備が始まったばかりのP47のいずれかだ。しかし、いまだにP36を運用しているとは思えんし、F4Fにしては翼の位置が低いしなにより速い。つまりは新型か!」


 みるみるうちに大きくなった敵機、その翼が発光すると同時に三里大尉は機体を捻る。

 直前まで三里大尉の機体があった空間に膨大な数の曳光弾の奔流が突き刺さっていく。

 これまで戦ってきた相手とは一線を画す火力だ。

 これをまともに食らえば単発の艦上機はもちろん、双発の陸上攻撃機ですらもヤバいだろう。


 「敵はブローニングを八丁も装備してやがるのか! 贅沢にもほどがあるだろう!」


 重火力すぎる敵機に罵声を浴びせつつ、しかし恐怖や畏怖は一瞬で吹きとばして三里大尉は敵機と交錯すると同時に旋回をかける。

 自動空戦フラップがその機能を発揮し、九六艦戦や零戦に比べて相当に重たくなったはずの機体を最小限の旋回半径で敵機の背後に遷移させる。


 背後を取られたP47が加速、その速度性能をもって振り切ろうとする。

 しかし、三里大尉の機体は離されるどころか、一気にその差を縮める。

 敵の搭乗員の狼狽ぶりが手に取るように分かる。


 「俺たちが乗る機体が零戦だと思い込んでいた貴様らはすでに戦う前から負けていたんだよ! 航空戦の要諦は情報戦だ。よく覚えておけ!」


 照準器いっぱいに広がった敵機に向けて三里大尉は発射釦を静かに押下する。

 両翼から四条の、P47の半数にしか過ぎない一方で明らかに太い火箭が眼前の敵機に吸い込まれていく。

 高初速を誇る二号機銃から吐き出される二〇ミリ弾は一二・七ミリ弾とは段違いの威力を誇る。

 P47は破片を撒き散らし、煙を吐きながらハワイ沖合の海面へと墜ちていく。

 いかに重防御のP47といえども、威力の大きな二〇ミリ弾をしたたかに浴びせられてはさすがにもたない。


 「これが紫電改だ! 零戦とは違うんだよ、零戦とは!」


 勝鬨をあげつつ、しかし三里大尉はこの撃墜が機体性能に頼ったものであることも理解している。

 もし仮に、自身の乗機が以前の零戦であったならP47の加速にはついていけず、追いすがるどころか引き離されていただろう。

 木星発動機を装備する紫電改だったからこそ敵機との差を詰め、そして撃墜することが出来たのだ。

 そして、情報の差も大きかったはずだ。

 米軍はまさか陸上戦闘機の紫電改が艦上戦闘機として運用されているとは思わなかったはずだ。

 だから、オアフ島にやってくるのは零戦だとばかり思い込んでいた。

 それは、先程墜とした敵機の挙動を見れば分かる。

 米搭乗員が相当に困惑していたことは間違いない。


 そのようなことを思いつつ、三里大尉は一介の戦闘機搭乗員から指揮官へと意識をチェンジして戦場全体を見回す。

 至る所で紫電改がP47を追い回している。

 零戦だと思い込んでいた機体が実は紫電改だったという事実。

 P47の搭乗員が受けたであろう精神的ショックを、しかし部下たちはそこに付け込み機先を制することに成功したのだ。

 最初はほぼ同数だった紫電改とP47は、ごくわずかな時間にそれが三対二かあるいは二対一にまでその差を広げている。

 圧倒的な勝勢だが、しかしもたもたしてもいられない。

 敵の第二陣が迫ってきているのだ。

 連中がこの空域に姿を現さないうちに眼前の敵を一掃する必要がある。


 「青木代われ!」


 三里大尉は僚機の青木一飛曹に短く告げる。

 自分がP47を撃墜する間、律儀にカバーに回ってくれていた青木一飛曹が解き放たれた猟犬のごとくP47に飛びかかっていく。

 腕自慢の三里大尉のさらに上をいく青木一飛曹の機動は水際立っていた。

 木星発動機がもたらす加速力と、さらに新装備の自動空戦フラップの性能を十全に引き出し、敵機の死角から忍びよってはそれこそ一連射で次々に仕留めていく。

 「葛城」隊が目標としたP47のあらかたを撃滅した時点で「大和」隊や「天城」隊、それに「比叡」隊の紫電改もまた一方的とも言える勝利を挙げていた。


 「敵の第二陣が間もなくこちらに姿を現す。燃料および残弾に余裕のある機体は高度を上げて敵機に備えよ。被弾したあるいは残弾が心もとない機体は速やかに帰投せよ」


 無線機から流れてくる空戦指揮官の指示を受け、三里大尉は高度を上げるとともに直率する第一中隊の部下の把握に努める。


 「第二小隊、敵四機を撃墜。なお被弾した四番機を帰投させました。残りは全機戦闘継続可能」

 「第三小隊、敵三機を撃墜。全機健在、いずれも戦闘継続可能」


 第二小隊長の魚崎飛曹長と第三小隊長の住吉飛曹長から端的な戦果ならびに被害が報告される。


 「よしっ、もう一合戦やらかすぞ。ここが正念場だ、一気に敵を殲滅する!」


 第一中隊は一二機から一一機に減ったものの、それでも十分な戦闘力を残している。

 そして、紫電改は最新鋭機であるP47に対抗可能な機体であることも証明された。

 士気は旺盛、だがしかし百戦錬磨の「葛城」戦闘機隊に油断は無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る