第57話 実施せず


 午前の二度の索敵で周辺海域に米艦隊が存在しないことを確信した第一機動艦隊司令長官の山本大将は待機していた九六機の紫電改と一六八機の一式艦攻にオアフ島への攻撃を命じた。

 紫電改は生き残った米戦闘機の掃討、一式艦攻は飛行場の攻撃に臨み滑走路や付帯施設に爆弾の雨を降らせた。


 午後には帰還してきた第一次攻撃隊ならびに第二次攻撃隊の紫電改に艦隊上空直掩任務を委ね、それまで防空任務についていた三八四機の紫電改がオアフ島に向けて発進した。

 出撃した紫電改の両翼にはそれぞれ二五番一発が装備され、それら機体もまたオアフ島の飛行場群を攻撃した。

 洋上を高速で動き回る艦艇に爆弾を命中させることを目標に訓練を続けてきた紫電改の搭乗員らにとって、的が大きく不動の滑走路や付帯施設を爆撃することは容易かった。

 爆弾搭載量ではかつての九六艦爆の二倍にもおよぶ三八四機の紫電改による爆撃効果は甚大で、オアフ島のほとんどの滑走路が使用不能にされてしまった。


 さらに、午後遅くには第二次攻撃隊に参加した紫電改と一式艦攻がこの日二度目の出撃を敢行、これら機体の攻撃によってオアフ島に展開する陸上砲台は甚大なダメージを被った。

 それら陸上砲台の中には戦艦の砲塔を流用した強固極まりないものも含まれていたが、しかしこれらは飛行場ならびに港湾施設の復旧よりも優先度が下位であったためにいまだ工事が完了していなかった。






 「午前中の第一次と第二次、さらに午後の第三次ならびに第四次攻撃によってオアフ島の飛行場と砲台群は壊滅したものと判断できます。

 戦果につきましては空中戦で五〇〇機以上の敵戦闘機を撃墜、さらに地上攻撃で各種航空機二〇〇機を撃破しました。

 また、空中退避していた爆撃機群もその多くが飛行場以外の場所での不時着を余儀なくされており、このことで在オアフ島航空隊による経空脅威は完全に消滅したと言っていいでしょう」


 山本長官が了解の意を込めた首肯、それを認めた航空参謀はさらに報告を続ける。


 「こちらの損害につきましては紫電改が三九機、さらに一三機の一式艦攻が未帰還となっております。紫電改につきましては半数が空中戦で残り半数が地上からの対空砲火、一式艦攻のほうはそのすべてが対空砲火による損害です。

 また、被弾した機体も多数にのぼっており、それらのうちで被害の程度が軽いものについては修理を急がせています。

 現時点ですぐに使える機体については紫電改が五一七機に一式艦攻が一二八機となっております」


 作戦開始時点に比べ、紫電改も一式艦攻もそれぞれ六割以下にまで稼働機が減少しているが、それでもまだ一航艦は六四五機の艦上機を残している。

 修理が進めば最低でも七〇〇機、うまくいけば八〇〇機近くまでその稼働機を増勢できるかもしれない。


 「どう考える、参謀長」


 話を振られた志摩参謀長は少しばかり考える。

 山本長官の端的な問いかけは、明日の航空攻撃ではなく水上打撃部隊である第五艦隊を使って今夜中に夜間艦砲射撃を実施すべきかどうかの判断についてだろう。

 昨年のオアフ島攻撃の際、戦艦「長門」と「陸奥」は真珠湾を中心に一〇〇〇発を超える四一センチ砲弾を叩き込み、その際に重油タンクを炎上させて同湾を死の海へと変えた。

 そして、一〇〇〇発の砲弾とは一〇〇〇機の一式艦攻が投じる鉄と火薬の量に等しい。

 内懐に飛び込んだ戦艦がいかに凄まじい力を発揮するかは「長門」「陸奥」が成し遂げた実績を見れば一目瞭然だ。

 敵の経空脅威を排除し、砲台群もそのほとんどを撃滅した今、本来であれば第五艦隊に攻撃させたいところではあるのだが・・・・・・


 「艦砲射撃を仕掛けることに反対では無いのですが、しかし、もしこれを実施するのであればまずは掃海ならびに近傍海域における敵潜水艦の有無を確認してからにすべきと考えます。オアフ島の拠点に対して艦砲射撃を行う場合、その艦艇がどこでそれを実施するかはピンポイントで絞ることが出来ます。

 それに、米軍が二度も同じ手を食うほど愚かな連中とも思えません。機雷を敷設するなり潜水艦を忍ばせておくなり何らかの手を打っているはずです。特にここオアフ島は潜水艦による海上交通破壊戦の策源地となっているはずですから用心するに越したことはないでしょう」


 志摩参謀長の答えに山本長官は満足の意を示す。

 志摩参謀長はこの五月に少将から中将に昇任し、本来であれば参謀長職ではなく陸上における重職かあるいは艦隊司令長官を担うべき階級となっている。

 しかし、山本長官が自身の手元に置いておきたいと海軍省に掛け合い、この作戦が終わるまでという条件付きで参謀長として今作戦の同道が許可されたのだ。


 「参謀長の言う通りだな。残念なことに我が帝国海軍では一度成功した作戦を二度、三度と繰り返したがる連中がことのほか多い。こちらが成功したということは相手からすれば失敗したということだ。相手がよほどのバカでも無い限り、必ず対抗策を用意しているはずだ。

 おそらく、オアフ島の米軍もまたこちらの艦砲射撃に備えて何らかの対策を講じているだろう。それが分かっていて第五艦隊を虎口に飛び込ませるような真似は出来ん」


 そう言って山本長官は航空参謀に向き直る。


 「搭乗員はすぐに休ませろ。整備員についてはご苦労だが、稼働機が一機でも増やせるよう今しばらく頑張るように伝えてくれ。それと、明日も本日と同様にまずは索敵機を放ちオアフ島近傍海域に米艦隊が存在するかどうか確認する。

 米艦隊出現に備え、午前中は一式艦攻は出撃させず、第一次攻撃隊は爆装した紫電改でいまだ手つかずの目標を攻撃する。その後、米艦隊を発見した場合はこれを攻撃、そうでない場合は午後に一式艦攻のうちの半数をオアフ島攻撃に、残り半数を潜水艦狩りに投入する」

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