第53話 懸念

 英国と枢軸国との講和に伴い、英海軍はその戦備を著しく制限された。

 保有を許されたのは旧式駆逐艦をはじめとした一部の小艦艇のみであり、残る艦艇は賠償金替わりとしてドイツやイタリア、それに日本に接収された。


 ドイツは新型戦艦の「ハウ」ならびに「アンソン」を獲得した。

 「キングジョージV」級の後期建造型の両艦は主砲口径こそ三六センチと少しばかり小ぶりなものの、一方で索敵レーダーや射撃レーダーといった電子戦装備は明らかに枢軸側のものよりも優越しており、ドイツの最強戦艦「ティルピッツ」はともかく「シャルンホルスト」や「グナイゼナウ」といった巡洋戦艦よりは間違いなく戦闘力が上だった。

 さらに、英国が保有する巡洋艦や駆逐艦もかなりの程度獲得、それらはこれまでの激闘で失われた補助艦艇の穴を埋めて余りあるものだった。


 大型艦嫌いのヒトラー総統が二隻の英戦艦の獲得を許可したのは海軍に対する配慮、あるいは宣撫工作のようなものだった。

 ヒトラー総統としては来るべきソ連との決戦に向けてその国力を空と陸の戦力に可能な限り傾注したい。

 かといって、米国が戦争から降りない以上は海の防備をノーガード状態にしておくわけにもいかない。

 それに、海軍上層部が訴える通り、Uボートと航空艦隊だけではどうしても戦術的柔軟性に欠くからそれなりの艦隊戦力の確保についてはヒトラー総統もこれを認めざるを得なかった。


 一方、イタリア海軍は建造中の二隻の装甲空母を獲得する。

 同海軍は「ヴィットリオ・ヴェネト」や「リットリオ」といった有力戦艦を保有する一方で、空母は建造中の「アキラ」の一隻しかなく、しかもこちらは貨客船を改造したものだから防御力も低い。

 そこで、二隻の装甲空母を戦備に組み込むことで日本海軍には及ばないものの、それでも有力な機動部隊を編成して新時代のイタリア海軍の魁とする腹積もりだった。

 さらに、イタリアはドイツと同様に英国の巡洋艦や駆逐艦を数多く接収している。

 同国はドイツや日本との協定で地中海ならびにインド洋の防衛を任されていたから多数の艦艇が必要だった。

 ただし、地中海もインド洋も現在では枢軸側の内海も同然の状態だったから、イタリア海軍の負担はさほど大きいものではない。


 太平洋で米国と対峙する日本は戦闘艦艇に関しては四隻の「フィジー」級軽巡洋艦を獲得している。

 一五・二センチ砲を一二門装備する同級は米国の重巡や「ブルックリン」級軽巡には及ばないものの、それでも「古鷹」型や「青葉」型よりは間違いなく強い。

 そして、これら四隻は防備が手薄な北方方面に配備されることが決まっている。

 また、ドイツやイタリアほどではないものの、それでも少なくない駆逐艦もまたもらい受け、こちらは海上護衛総隊に組み込まれたうえで米潜水艦から自国商船を守る用心棒的役割を期待されている。

 ドイツやイタリアに比べて戦闘艦艇の配分がささやかだった代わりに、支援艦艇のほうはその大部分をゲットしている。

 国力や予算の限界から、どうしても正面装備にその戦備の軸足を置かなければならなかった帝国海軍にとって、英国製の優秀な工作艦や給油艦、それに潜水母艦や敷設艦といった支援艦艇の追加配備は干天の慈雨にも等しかった。


 それらを踏まえたうえで、山本長官は日本とドイツによる大規模な陽動、日本側で言えばオアフ島攻撃に対してその戦力は十分なのかと尋ねたのだろう。

 そして、戦力というのは何も艦艇や飛行機だけではない。

 なによりも重要なのはそれを扱う人間だ。


 「貴様が心配しているのは艦艇ではなく、それらに乗せる将兵のことだろう。巡洋艦や駆逐艦、それに支援艦艇が増えればその分だけ将兵もまた必要になる。

 だが、安心しろ。今回に関しては一機艦から人材を引き抜くような真似はせん。

 確かに、一機艦の将兵はその誰もが実戦経験豊富で、新造艦艇の基幹要員やあるいは術科学校の教官や教員として喉から手が出るほどにほしい人材ばかりだ。

 しかし、大作戦の前にそのような人間を異動させるようなバカなことは俺が海軍大臣であるうちは絶対にやらん。ただし、作戦が終われば話は別だ。一つの部隊に熟練を集中させておけるほど帝国海軍に人材の余裕はないからな」


 自身が抱く懸念を共有してくれていた堀大臣に首肯をもって満足の意を示しつつ、山本長官はもう一つの懸念材料を塩沢総長に問いかける。


 「オアフ島の現状はどうなっている。真珠湾を灰燼に帰したとはいえ連中の回復力をもってすればそれなりに復旧していてもおかしくはないと思うのだが」


 米国の国力を知悉する山本長官にとって、いま最も懸念するのは再建いまだ道半ばの太平洋艦隊ではなくオアフ島の航空戦力だった。

 実際、ここにきて新型機の投入が相次いでいることも聞き及んでいる。


 「オアフ島は水道や電気、それに道路網といった社会インフラはすでに完全回復し、また同島の各地に点在する飛行場も同様に稼働しているものと思われる。

 ただ、さすがに重油で燃やし尽くされた真珠湾のほうは復旧のメドが立っていないようで、荷役施設など一部の機能が戻っているくらいだろう。

 だが、それでも米軍であれば真珠湾に支援艦艇や浮きドックを敷き並べることでそれを補うことは可能だ。実際、豪州が戦争から降りてなお潜水艦による襲撃は続いているが、それらはオアフ島から出撃しているものと考えられている。

 それと、だ。

 オアフ島の航空戦力に関して言えば、昨年のそれとはまったくの別物だ。

 昨年のオアフ島攻撃時には同島の航空戦力の主力はP40やF4F、それにF2Aだったが、現時点で現用機種なのはF4Fだけで、あとはすべて新型に置きかわるかあるいはすでに置きかわっているはずだ。

 陸軍はP38やP47、海軍ならびに海兵隊はF4Uで、いずれも二〇〇〇馬力級の新世代戦闘機だ。そしてそのいずれもが六〇〇キロを軽く超える速度性能を誇っている」


 一機艦の主力戦闘機の零戦が一三〇〇馬力だから、単純な出力で言えば米戦闘機のほうが五割以上も優越している。そして、零戦のほうは最新型でさえ最高速度が五七〇キロ程度だから最低でも三〇キロ、あるいは下手をすれば一〇〇キロ近い差があるかもしれない。


 「零戦で勝てるのか」


 米戦闘機の諸元を塩沢総長から聞かされた山本長官は絞り出すような声でその勝算を問う。


 「もし、搭乗員の技量が互角であれば、零戦はまったく相手にならんだろう」


 塩沢総長の飾らない言葉とその結論に山本長官は絶句した。

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