第45話 大西洋艦隊
ドイツは日本との約束を守った。
五月にイタリア海軍と共同でマルタ島を陥とし、さらに六月にはエジプトを占領、そのままの勢いでスエズ運河の奪取にも成功した。
一連の作戦が短期間で終了したのはドイツが過剰とも思えるほどの戦力を投入したことが第一の理由だが、それとは別に補給路を断たれた地中海艦隊が早い時期に撤退を開始したこと、さらにエジプトの英軍も同様の措置をとったことも大きかった。
それゆえに、スエズ運河の破壊も不徹底なものに終わる。
これに対し、米国ほどではないもののそれでも日本より遥かに進んだ土木技術を持つドイツはその修理を短期間で成し遂げた。
また、最も難関とされたジブラルタルもあっさりとドイツ軍の手に落ちる。
ヒトラー総統はスペイン政府の抗議を無視し、軍を同国内へと侵攻させた。
彼は弱小国のスペインに気を遣ってまでして英国を打倒できる千載一遇の好機を逃すつもりはなかった。
海上からの攻撃に対しては万全の備えがあるジブラルタルも、後背からの攻めには存外脆く、ソ連に対する夏季攻勢棚上げによって捻出したドイツ陸軍の精鋭師団は空軍の手厚い支援もあって同地をあっさりと陥とした。
そして八月、ドイツならびにイタリアから艦隊受け入れの準備が整ったとの報を受け、第一機動艦隊は抜錨する。
戦力は第一艦隊から第四艦隊までの四個機動艦隊、それに海上護衛総隊の中から抽出された選りすぐりの護衛部隊ならびに支援艦艇と補給を担う多数の輸送船から成っていた。
第一機動艦隊
第一艦隊
空母「大和」「天城」「葛城」「比叡」
重巡「青葉」
駆逐艦「雪風」「初風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」
第二艦隊
空母「武蔵」「笠置」「阿蘇」「霧島」
重巡「衣笠」
駆逐艦「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」
第三艦隊
空母「信濃」「生駒」「筑波」「金剛」
重巡「古鷹」
駆逐艦「秋雲」「夕雲」「巻雲」「風雲」「朝雲」「山雲」「夏雲」「峰雲」
第四艦隊
空母「甲斐」「伊吹」「鞍馬」「榛名」
重巡「加古」
駆逐艦「萩風」「舞風」「野分」「嵐」「陽炎」「不知火」「霞」「霰」
これらのうち、「大和」型空母は零戦と一式艦攻をそれぞれ四八機、「天城」型空母は零戦三六機に一式艦攻二四機、「金剛」型空母は零戦三六機に一式艦攻一八機を搭載する。
空母一六隻とそれらを守る護衛の重巡洋艦が四隻に駆逐艦が三二隻、運用される艦上機は常用機だけで一〇八〇機にも及ぶ。
さらに、補給部隊の輸送船には分解梱包された零戦や一式艦攻を多数積み込んでいるものもあり、これら機体はドイツ占領下の飛行場に間借りした格納庫や工場で組み立てられ補充の機材として準備されることになっている。
一機艦を指揮するのは第一艦隊司令長官を兼務する山本大将であり、その将旗を「大和」に掲げていた。
「英本国入りした大西洋艦隊ですが、ドイツからの情報でそのおおまかな構成が判明しました」
情報参謀の報告に首肯しつつ、山本長官は目でその先を促す。
「空母『ホーネット』ならびに三隻の『サウスダコタ』級戦艦を基幹とし、それらに二〇隻程度の巡洋艦や駆逐艦が付き従うものと考えられております。
これに英本国艦隊や地中海から脱出した艦隊も合わせますと空母が五隻前後、さらに戦艦が一〇隻程度と見込まれます」
情報参謀に了解した旨を伝えつつ、山本長官は志摩参謀長に向き直る。
志摩参謀長は通信術の権威であり、敵情分析に関しては参謀要らずとまで言われるほどの情報処理のスペシャリストだ。
「大西洋艦隊が、しかも虎の子の空母まで携えて助っ人にやって来たが、はたして彼らは英軍とともに我々の前に姿を現すだろうか」
山本長官の問いかけに、志摩参謀長が少し考えたうえで口を開く。
「英海軍とともに我々に立ち向かってくる可能性は極めて高いでしょう。そもそもとして英海軍だけでは我々には勝てません。しかし、大西洋艦隊が合流することで少しはその勝率を上げることが出来る。
チャーチルもルーズベルトも口にこそ出してはいないでしょうが、彼らが大損害を被ることはすでに織り込んでいるはずです。それでも戦わざるを得ないのは、ここで英米の艦隊が戦わずに逃げ、そのことで一機艦を大西洋に野放しにするような状況が現出すれば、それこそ英国の破滅は間違いないからです。
もし、英国が戦争から退場するようなことになれば、米国の欧州解放という大義名分は大いに毀損され、国民世論の盛り上がり次第では戦争を失うようなことにもなりかねない。それはルーズベルトとしては是が非でも避けたいところでしょう。それに、同盟国の窮地に何の手も差し伸べないようでは、他国の米国に対する信用もまた失墜します」
志摩参謀長の意見に同意する一方で、山本長官は敵がどう出てくるかについてもその見解を問う。
「空母戦力は明らかに不利ですので、おそらく敵はその艦上機の大半を戦闘機で固めているはずです。それらで頭上を守りつつ、こちらに対して圧倒的に優位な水上打撃艦隊をもって突っ込んでくる。防御力に優れた戦艦や装甲空母であれば、多少被弾したとしてもかなりの抗堪性を示してくれると考えているのかもしれません。
それと、我々をエスコートしてくれるイタリア艦隊についてはあまりあてにしないほうがいいでしょう。一見したところ『ヴィットリオ・ヴェネト』や『リットリオ』といった新型戦艦を含む有力な艦隊ですが、彼らの実績を見れば過度な期待を抱くわけにはまいりません」
敵情分析はともかく、イタリア艦隊という友軍艦隊をあしざまに言う志摩参謀長に苦笑しつつ山本長官は敵の戦力を脳裏に描く。
事前の情報通りであれば、地中海の出口でこちらを迎え撃つであろう英海軍は艦隊を二分している。
新型戦艦や巡洋戦艦それに装甲空母を主力とする艦隊と、さらに旧式戦艦ならびに旧式空母を基幹とするそれ。
これらに大西洋艦隊が合流する。
予想される艦上機の総数は「ホーネット」が加わったことで二五〇機から多ければ三〇〇機近くに達するかもしれない。
そして、山本長官もまた志摩参謀長と同様にそれらの多くは戦闘機で固められているものだと考えている。
「英国の存亡がかかっているがゆえに英海軍は我々との戦いを避けることは出来ない。米国もまた同盟国を、なによりも戦争を失わないようにするために戦力を出さざるを得ない」
ならば、激突は必至だろう。
間もなく始まる日本対英米の戦い。
実際の構図は日伊対英米なのだが、しかしそう考える者はこの「大和」の艦橋に限って言えば、誰一人として存在しなかった。
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