第46話 背水の艦隊

 英海軍上層部がチャーチル首相から受けた命令は日本艦隊の撃退だ。

 四個機動部隊から成るそれらが大西洋に散らばり、その艦上機によって海上交通線を封鎖すればその時点で英国の命運は尽きる。

 機動部隊による海上交通線破壊の威力はUボートの比ではない。

 だからこそ、連中が地中海から這い出してきた時点で徹底的に叩く。


 だが、言うは易く行うは難しだ。

 戦力は明らかに、もっと言えば圧倒的に連中のほうが上なのだから。

 だからといって英海軍も戦えないなどと言うわけにはいかないし、なにより見敵必戦は英海軍の伝統だ。

 それに、何も日本艦隊を撃滅する必要は無い。

 それなりのダメージを与えて追い払えさえすればいいのだ。

 そうであれば、こちらの損害を度外視すればそれは可能だ。

 だが、この算段が成り立つのも、それは大西洋艦隊が応援に駆けつけてくれたおかげだ。

 三隻の新型戦艦を含む強力な艦隊だが、なにより空母「ホーネット」の存在が大きい。

 彼女が来てくれたことで艦上機戦力は大幅にアップした。


 そして、英海軍もまたこの日があることを予想し、チャーチル首相の協力を得て英空軍の中でもエース級の熟練を強引に引き抜いた。

 そして、彼らに機種転換訓練や離着艦訓練を施し即席の母艦搭乗員とする。

 もともと技量に優れた連中だったから、各種訓練も短期間で済み、今では航法を除けば生粋の母艦搭乗員と比べても何ら遜色はないし、空戦技量に関して言えばむしろ明らかに優れていた。

 そして、その彼らが駆る戦闘機は米国製のF4Fワイルドキャット戦闘機だ。

 英国の存亡をかけた戦いに米国製の機体を使うのは業腹だが、しかし信頼性やあるいは離着艦の容易さにおいて英国製の機体は明らかに後れをとる。

 なにより、名よりも実をとることに躊躇していられる状況ではなかった。



 Z部隊

 「イラストリアス」(マートレット四八、ソードフィッシュ六)

 「ビクトリアス」(マートレット四八、ソードフィッシュ六)

 戦艦「キングジョージV」「デューク・オブ・ヨーク」

 巡洋戦艦「レナウン」

 軽巡四、駆逐艦一六


 Y部隊

 「フューリアス」(マートレット三六、ソードフィッシュ六)

 「イーグル」(マートレット二四、ソードフィッシュ六)

 戦艦「ネルソン」「ロドネー」「マレーヤ」

 重巡二、軽巡二、駆逐艦一六


 大西洋艦隊

 「ホーネット」(F4F七二機、SBD一八機)

 戦艦「サウスダコタ」「インディアナ」「マサチューセッツ」

 軽巡四、駆逐艦一六



 英海軍には他にも最新鋭戦艦の「アンソン」と「ハウ」、それに旧式戦艦の「クイーンエリザベス」と「ヴァリアント」があったが、「アンソン」と「ハウ」は竣工したばかりで慣熟訓練が終わっておらず、「クイーンエリザベス」と「ヴァリアント」は修理あるいは改装中でこちらも参陣はかなわなかった。

 また、大西洋艦隊のほうも「サウスダコタ」級四番艦の「アラバマ」がすでに配備されていたが、こちらもまた訓練未了だったために欧州への派遣は見送られている。


 米艦隊が来援に来てくれた一方、英本土にある戦闘機隊の支援は期待できなかった。

 当該戦闘海域と英本土の間にはいささかばかり距離がありすぎた。

 なにより、英空軍は本土を守ることに手一杯だし、各部隊ともに多くの熟練を母艦搭乗員として引き抜かれているから英海軍への心証も最悪だった。

 それと、これまで英国と対峙してきたドイツの西部方面航空戦力に東部方面のそれが加わったことから、とてもではないが英空軍には余裕が無かった。

 ソ連に対する夏季攻勢に備えていたはずのドイツ航空戦力が英国の面前に大挙して押し寄せてきたのは、熟練搭乗員不足に悩む英空軍にとってはまさに泣きっ面にハチのようなものだった。


 一方、味方から敵に目をやれば、北海ではドイツ戦艦「ティルピッツ」が蠢動の動きを見せ、イタリアの「ヴィットリオ・ヴェネト」と「リットリオ」は水上打撃艦艇の乏しい日本艦隊の前衛としてその用心棒の役割を仰せつかっているという。

 そして、見敵必逃のイタリア艦隊も、だがしかし英艦隊と日本艦隊との戦いで自分たちに有利な状況が現出した場合はこれまでの引きこもりから一転して打って出ることは間違いないだろう。

 枢軸側もまた総力戦でこの戦いに臨んでいる。

 だからこそ、英艦隊は刺し違えてでも負けるわけにはいかなかった。

 まさに王国の興廃をかけた一戦だった。


 それゆえ、英海軍はノブレス・オブリージュを体現すべく指揮官先頭で戦いに望む。

 そうでもしなければ将兵がついてこないのではないかと心配になるくらいに過酷な戦いが予想されたし、それとは別に大西洋艦隊を指揮下に置くためにもZ部隊やY部隊には高位の者を据える必要があった。


 英米連合艦隊の全体指揮を執るのはZ部隊の「キングジョージV」に将旗を掲げるパウンド第一海軍卿。

 健康にいささかの懸念があったが、それでもパウンド提督は自ら志願しての前線復帰だった。

 そして、Y部隊の「ネルソン」にはカニンガム提督が座乗し、パウンド提督を補佐しつつ日本艦隊との対決を見据えている。


 その日本艦隊が夜明けと同時に地中海を抜け、大西洋に侵入したという情報は、パウンド提督以下すべての英艦隊将兵の知るところだった。

 斜陽と言われて久しい英国も、だがしかし諜報をはじめとした情報収集に関してはいまだ世界の最先端を行く。

 しかし、一方の日本艦隊もまた、Uボートやドイツ空軍あるいは英本国で暗躍するスパイたちからの情報によってこちらが地中海の出口に展開していることはつかんでいるはずだ。

 そして、日本艦隊を率いる山本とそれに参謀長の志摩という将官はとにもかくにも情報を重視する人物だとパウンド提督は聞いている。

 その山本が放ったのであろう敵の艦上偵察機が英艦隊の上空に現れる。

 早ければあと一時間半、遅くとも二時間後には日本の艦上機が大挙して来襲してくるだろう。

 パウンド提督はレーダー解析をもとに偵察機が現れた方向へ向けて増速するよう命じる。

 唯一のアドバンテージである砲戦能力を生かすためには相手の内懐に飛び込まなければならないからだ。


 英国の、欧州の運命をかけた戦いが欧州の空で、そして海で始まろうとしていた。

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