欧州遠征

第43話 豪州作戦顛末

 東洋艦隊を撃破した第一艦隊と第二艦隊はセイロン島へ進攻し、同地の要衝であるコロンボならびにトリンコマリーを空襲、その圧倒的戦力で両都市に配備された英空軍を撃滅するとともに地上施設に甚大な損害を与えた。

 インド洋における英軍の抵抗力を完全に排除したと考えた山本第一機動艦隊司令長官はただちに英商船狩りを実施する。

 優秀船舶は拿捕し、逆に利用価値の低そうな旧式船は容赦なく沈めて回った。

 また、南方作戦が終わったことで手の空いた「白露」型駆逐艦や「初春」型駆逐艦、それに「吹雪」型駆逐艦といった艦隊型駆逐艦のほか、海上護衛総隊からも旧式軽巡や旧式駆逐艦といった護衛艦艇も多数インド洋に投入され、一機艦とともに戦時略奪行為あるいは海賊行為に勤しんだ。

 一連の作戦が終わり第一艦隊と第二艦隊が本土に戻った頃には桜もすでに散り、季節も春から夏に向かおうとしていた。



 昭和一七年四月

 海軍御用達の某料亭


 「インド洋遠征まことにご苦労だった。貴様のおかげでインド洋の英軍は一掃された。

 それと、だ。ドイツならびに陸軍から感謝の報が届いてる。特に東洋艦隊の壊滅を知ったヒトラー総統の喜びようは尋常なものではなかったらしい。側近たちが正気を失ったのかと心配するほどだったというから、それはもうすごいものだったのだろう。だが、これでドイツそれに陸軍との交渉もやりやすくなった。軍政を司る最高責任者として改めて礼を言う」


 第一艦隊と第二艦隊を率いて東洋艦隊を撃滅した後、さらに長駆インド洋の西にまで出張って英商船狩りを実施し、ようやくのことで山本長官が本土に戻ってきた頃には四月もすでに半ばを過ぎていた。

 そんな彼を労うという建前でこの席を設けた堀海軍大臣が感謝の意を伝える。

 ドイツや帝国陸軍の要請を受けた形で実施されたインド洋作戦は大成功のうちにその幕を閉じた。

 つまりは、帝国海軍はドイツや帝国陸軍に大きな貸しをつくったのだ。


 「俺は特に何もやってはおらん。第一艦隊や第二艦隊の将兵たち、特に搭乗員たちの努力と献身による結果だ」


 一見したところ謙遜に見えるが、実際は山本長官の本音でもあった。

 第一艦隊と第二艦隊の艦上機隊は三隻の空母と五隻の戦艦、それに六隻の巡洋艦と一四隻の駆逐艦をわずか一日のうちに沈めてしまった。

 コロンボやトリンコマリーでは多数の英軍機を撃墜し、地上施設に大損害を与えた。

 だが、これら大戦果の裏で受けた傷も決して浅くはなく、この一連の作戦の間に一〇〇人近い搭乗員を失っている。

 その誰もが一騎当千、かけがえのない熟練たちだった。

 裏を返せば、彼らの尊い犠牲があったからこそインド洋での戦いに勝利することが出来たとも言える。

 山本長官の表情からその胸中を察したのだろう、塩沢総長が珍しく二人の会話に口を差し挟んでくる。


 「お前と同じ時期に豪州に向かった第三艦隊と第四艦隊、それに第五艦隊もブリスベンの潜水艦基地ならびに同都市を撃滅した。

 第三艦隊ならびに第四艦隊の艦上機の空爆と、さらに第五艦隊の水上打撃艦艇の艦砲射撃によって同地は文字通り灰燼に帰した。

 なにより、東洋艦隊全滅との合わせ技で豪州が講和に応じたことが大きい。これで日本は連合国軍航空戦力による南からの突き上げを気にせずに済むし、またフリーマントルの潜水艦基地も機能しなくなるからインド洋や南方資源地帯の安全性も格段に向上する。つまりは、その分だけ艦艇や航空機のやり繰りが楽になるということだ。

 それもこれも吉田と山本のおかげだ。軍令の長として堀とともに俺からも礼を言わせてもらう」


 ブリスベン攻撃の顛末は山本長官もすでに聞き及んでいる。

 敵艦撃沈よりも制空権獲得を第一とした第三艦隊ならびに第四艦隊は、艦上機のうちの実に七割以上を零戦で固めた。

 常用機だけで三八四機にもおよぶ零戦は機体の高性能もさりながら、しかしその圧倒的な数の暴力によってブリスベン近郊の基地に展開していた豪空軍戦闘機隊をまさに鎧袖一触、さらに一五六機の一式艦攻が飛行場を猛爆したことで同地における航空優勢を完全に掌握した。


 その後、零戦や一式艦攻は潜水艦基地や沿岸砲台をはじめとした軍事施設を空爆、ブリスベンに展開する豪軍の抵抗力を排除した。

 そして、最後は「長門」「陸奥」による艦砲射撃によってブリスベンの街を徹底破壊した。

 両艦合わせて一〇〇〇発、つまりは一〇〇〇トンの鉄と火薬がブリスベンの街に降り注いだ計算だ。

 その最中、零戦や一式艦攻もまた上空から爆弾や焼夷弾を盛大にばら撒き、ブリスベンの街を席巻する炎にさらなる燃料を注いだ。

 豪州にとって最悪だったのはその後の展開だった。

 ブリスベンを煉獄へと叩き込んだ第三艦隊と第四艦隊、それに第五艦隊はそのまま南下、その間に日本政府はシドニー市民に対して避難勧告を行う。

 それとともに、豪政府に講和を申し入れていた。


 ブリスベンとシドニー間は、仮に艦隊速度を一四ノット程度として航行した場合、一日半の航程となる。

 逆に言えば、豪政府に与えられた時間は実質一日のみだった。

 これではまともな議論も対策も打ち出すことなど出来ようはずもない。


 ここで豪首相は究極の選択を迫られる。

 シドニーを焼野原にされてなお連合国の一員として戦争を戦い抜くか、あるいはシドニー市民の生命財産を優先するか。

 豪首相は迷わず後者を選択した。

 すでに東の守り神であった太平洋艦隊も、そして同じく西の守護神だったはずの東洋艦隊も日本艦隊によってそのいずれもが全滅の憂き目にあっている。

 そのうえブリスベンまでが灰燼に帰したのだ。

 ただでさえ男手を欧州の戦争に取られ、さらに国力を超える大勢の難民をブリスベンに抱えることになってしまっている。

 豪本土に用意されてあった航空戦力はブリスベンで日本の艦上機隊にすり潰された。

 海軍戦力は大きな損害を被ってはいないものの、しかしどうひいき目に見ても日本海軍の足元にも及ばない。

 国を、国民を守る力が無い以上、日本の申し出を受け入れる以外に豪州が取りうる選択肢は無かった。

 堀大臣と塩沢総長の悪辣非道なやりように、山本長官は胸中で本音を漏らす。


 「ブリスベンを焼野原にして市民を路頭に迷わせた挙句、さらにシドニー市民を丸ごと人質にして講和を迫るとか、堀も塩沢もまさに鬼だな。豪国民の、ブリスベン市民の憎悪を一手に引き受けることになってしまった吉田が気の毒でたまらん」

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