第18話 編成

 自身が温めてきた真珠湾奇襲攻撃について、そのことをけんもほろろに否定された第一機動艦隊司令長官の山本大将は、だがしかしそのことについてはもはやこだわっていない。

 誰よりも信頼する三人の同期が揃いも揃ってダメだしをしたのだから、彼らの言う通り真珠湾攻撃は筋が悪いのだろう。


 「山本はそれぞれ四隻の『大和』型ならびに『天城』型の合わせて八隻の空母で真珠湾奇襲攻撃をしたいと言っていたが、先程も言った通りこれについては許可できない。お前には第一機動艦隊司令長官として太平洋艦隊と正面切って戦ってもらう。そのためにお前には一二隻の空母を預けることになる」


 塩沢総長の言葉に、山本長官はその戦力の大きさに喜びの感情が湧くとともに疑問も湧く。


 「在比米航空軍はどうするのだ。台湾に展開する友軍航空隊では陸攻はともかく零戦のほうは脚が足らん。必然的に空母の艦上機隊に頼ることになるが、戦力は十分なのか?」


 米国の植民地であるフィリピンには有力な航空隊が展開しており、同航空隊は南方作戦における最大脅威の一つだと認識されている。


 「お前の言う通り、在比米航空軍に対しては『金剛』と『比叡』、それに『榛名』と『霧島』に対処させるが戦力のほうは問題無い。

 四隻合わせて二〇〇機をわずかに超える程度だが、それでもイバとクラークフィールドを同時攻撃するくらいは可能だ」


 塩沢総長の説明を受け、山本長官は頭の中で簡単な計算をする。

 四隻の「金剛」型空母はそれぞれ五四機を運用できるからその常用機は二一六機といったところだ。

 艦隊直掩に若干の零戦を残すとして、それでもイバとクラークフィールドにそれぞれ一〇〇機近い攻撃隊を差し向けることが出来る。

 十分とは言えないが、それでも台湾の陸攻隊とうまく絡めれば在比米航空軍の撃滅は可能だろう。

 それに、零戦は九六艦戦と比べて爆弾搭載量が格段に大きいから、戦闘機としてだけでなく爆撃機としても使用できる。


 「在比米航空軍への対処については了解した。残るは太平洋艦隊を相手どるための兵力量の問題だが、こちらはどう考えているのだ。南方作戦に多くの艦艇が投入されるだろうから、正直あまり期待はしておらんのだが」


 山本長官の問いかけに塩沢総長が頭に入れたら燃やせと指示しつつ懐から紙片を差し出す。

 そこには開戦時における連合艦隊の編成が記されていた。



 第一機動艦隊(太平洋艦隊迎撃部隊)

 甲部隊

 「天城」(零戦二四、一式艦攻三六)

 「葛城」(零戦二四、一式艦攻三六)

 「笠置」(零戦二四、一式艦攻三六)

 「阿蘇」(零戦二四、一式艦攻三六)

 重巡「青葉」

 駆逐艦「萩風」「舞風」「野分」「嵐」「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」


 乙部隊

 「生駒」(零戦二四、一式艦攻三六)

 「筑波」(零戦二四、一式艦攻三六)

 「伊吹」(零戦二四、一式艦攻三六)

 「鞍馬」(零戦二四、一式艦攻三六)

 重巡「衣笠」

 駆逐艦「陽炎」「不知火」「霞」「霰」「朝雲」「山雲」「夏雲」「峰雲」


 丙部隊

 「大和」(零戦四八、一式艦攻四八)

 「武蔵」(零戦四八、一式艦攻四八)

 「信濃」(零戦四八、一式艦攻四八)

 「甲斐」(零戦四八、一式艦攻四八)

 重巡「古鷹」

 駆逐艦「雪風」「初風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」


 南方部隊本隊

 第二艦隊基幹

 重巡「高雄」「愛宕」

 駆逐艦「朝霧」「夕霧」「天霧」「狭霧」「朧」「曙」「漣」「潮」「暁」「響」「雷」「電」


 フィリピン空襲部隊

 第二機動艦隊基幹

 「金剛」(零戦三六、一式艦攻一八)

 「比叡」(零戦三六、一式艦攻一八)

 「榛名」(零戦三六、一式艦攻一八)

 「霧島」(零戦三六、一式艦攻一八)

 重巡「加古」

 駆逐艦「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」「海風」「山風」「江風」「涼風」


 フィリピン攻略部隊

 重巡「摩耶」「妙高」「羽黒」「足柄」「那智」

 駆逐艦「村雨」「夕立」「春雨」「五月雨」「白露」「時雨」「初春」「子日」「若葉」「初霜」「有明」「夕暮」

 駆逐艦「皐月」「水無月」「文月」「長月」「菊月」「三日月」「望月」「夕月」 


 マレー攻略部隊

 戦艦「長門」「陸奥」

 重巡「鳥海」

 駆逐艦「吹雪」「白雪」「初雪」「深雪」「叢雲」「東雲」「薄雲」「白雲」「磯波」「浦波」「綾波」「敷波」


 ウェーク島攻略部隊

 軽巡「川内」「神通」「那珂」

 駆逐艦「睦月」「如月」「弥生」「卯月」

 特設水上機母艦「神川丸」「聖川丸」「君川丸」(強風一二、零式水偵九)


 グアム攻略部隊

 軽巡「阿武隈」「鬼怒」「由良」

 駆逐艦「夕雲」


 ※他に海上護衛総隊から旧式軽巡ならびに旧式駆逐艦多数が参加



 「一機艦は空母が一二隻あるが、しかし一方でそれらを守る艦艇は重巡が三隻に駆逐艦が二四隻しかない。南方作戦に戦力を割かざるを得ないから、これ以上の増勢は無理なのだ。

 そもそもとして航空主兵をドクトリンとする我が帝国海軍は空母の整備を最優先としたために大型水上打撃艦艇に関して言えば戦艦がわずかに二隻に重巡もまた一二隻しか保有していない。重巡もそのうちの四隻は元が偵察巡洋艦の『古鷹』型か『青葉』型であって、他の列強の一万トン級巡洋艦と正面から殴り合えるのは『妙高』型と『高雄』型の八隻のみだ。

 だからどう頑張っても空母に十分な護衛をつけてやることが出来んのだ。無茶なことを言っていることは自覚しているが、それでもこれら戦力で太平洋艦隊を迎え撃ってもらいたい」


 申し訳なさ気な塩沢総長に対し、だがしかし山本長官は力強い笑みを向ける。


 「これだけ用意してもらえれば十分過ぎるほどだ。なにより艦上機のほうは常用機だけでも八六四機にも達する。もし、これで負けたら俺はそれこそ切腹もんだ」


 四隻の「金剛」型空母を南方作戦に振り向けてなお、一機艦の航空戦力は太平洋艦隊のそれを大きく上回る。

 真珠湾奇襲構想は潰えたものの、それを帳消しにしてしまうほどの戦力に山本長官の気持ちは昂っていた。

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