第17話 打つ手無し

 「格闘技やボクシングに例えるなら米国は超重量級、ソ連は重量級だ。ドイツや英国は中量級、イタリアやフランスそれに日本は軽量級といったところだ。そして、現状を鑑みれば、中量級のドイツが軽量級のフランスを下したといった状況だ」


 堀海軍大臣の見立てに山本長官が異議を唱える。


 「世界第三位の海軍力を持つ我が国が軽量級というのは少しばかり自己評価が低すぎはせんか。それに、敗れたとはいえフランスもまた陸軍大国だ。まあ、イタリアに関してはなんの異存もないのだが」


 イタリアのくだりに苦笑しつつ、堀海軍大臣はさらに言葉を重ねる。


 「工業力や科学力、それに高等技術を持つ人材の層の厚みをみても重量級や中量級国家と我が国との差は歴然だ。貴様は世界第三位の海軍力というが、それら艦艇を支えるための造修施設はいまだ貧弱の極みだし、人材もまた枯渇している。

 中国との戦が始まって以降、中堅士官や特修兵の充足率がどれほど逼迫した状況になっているのかは貴様も知っているだろう。このことで、組織拡張とは裏腹に艦隊全体の術力は低下の一途をたどっている。

 それに加えて肝心の油や弾薬の備蓄も心もとない。世界第三位の海軍力というのは見せかけだけの単なるカタログスペックにしか過ぎんよ」


 堀大臣の言葉に首肯しつつ、塩沢総長も口を開く。


 「堀の言う工業力や科学力、それに人材も確かに弱いが、産出資源が寡少なのもまた我が国の泣き所だ。そもそもとして、米国から輸入する油が無ければ海軍も陸軍も戦えんのだ。空母や戦艦の数に幻惑されて帝国海軍が強いと考えるのはいささか思い上がりが過ぎる」


 一言言えば、堀大臣と塩沢総長から二倍になって反論が返ってくる。

 だから、山本大将はさっさと話題を転換する。


 「では尋ねるが、海軍省と軍令部には米国との戦について、真珠湾奇襲攻撃を超えるプランのようなものはあるのか。今の俺はただの艦隊司令長官にしか過ぎないが、ここは同期としてお前らの腹蔵の無い考えを聞いておきたい」


 山本大将の言葉に、塩沢総長が堀大臣をみやる。

 堀大臣が小さく首肯したことを確認した塩沢総長が口を開く。


 「帝国海軍の戦略については、まずは南方作戦の完遂を最優先目標としている。海軍も陸軍も油が無ければ戦うことなど出来んからな。そして、こちらが南方作戦を遂行中に間違いなく太平洋艦隊は出撃してくるはずだ。そこで、お前には第一機動艦隊を率いてもらい、事前に太平洋艦隊を始末してもらう。ここまでが第一段作戦だ。

 第二段作戦はインド洋だ。我々がここを抑えれば英国経済は片肺飛行を強いられる。それに、ソ連向け援助物資の大動脈であるペルシャ回廊やさらに援蒋ルートも遮断できるから、このことでドイツや陸軍に少なからぬ貸しを作ることも出来る。

 それと、だ。これは大きな声では言えんが、インド洋では可能な限り英商船を拿捕し、それらを我が国の商船隊に組み入れる。特に油槽船については最優先だ。

 なにせ、我が国の油槽船は小さいものを含めても一〇〇隻余、総トン数も五〇万トンに満たないのだからな。

 まあ、米国相手に戦争をしようなどと息巻いている連中で日本の商船隊の実情を知っている者などほとんどおらんだろうが。つまり、第二段作戦ではインド洋で戦時略奪行為、もっと言えば海賊行為をやからそうというわけだ。

 しかし、これが現在、帝国海軍が置かれた現実でもあるのだ。いくら空母や戦艦をそろえたところで、肝心の油を運ぶ船が少なければ満足な作戦など立てられん。油槽船については戦争が始まればもちろん増産はするが、我が国の建造能力を考えれば残念ながらその数はしれているだろう」


 自嘲の笑みを浮かべる塩沢総長は話が逸れたと言ってさらに言葉を続ける。


 「インド洋作戦については英国経済の破壊ならびに英商船の奪取のほかにもうひとつ大きな目的がある。日本と欧州の連絡線の確保だ。残念ながら科学技術において日本は欧米勢に大きく後れをとっている。その差を埋めるためにもドイツからの技術導入は絶対に必要だ。

 それに、戦争になればこちらから働きかけずともドイツ側からインド洋の英軍を撃滅してほしいという要請が必ず来るはずだ。我々はその要請にこたえる見返りにドイツの武器や技術をもらい受ける。そして、来るべき米国との決戦までに我々の兵器体系にそれらを可能な限り組み込む」


 塩沢総長の後を受け、これまで黙っていた吉田長官も山本大将に向き直り、説明を始める。


 「第二段作戦の要諦は英国を戦争から退場させることだ。もし、インド洋の制海権奪取ならびにスエズ打通がかなえば、場合によっては一機艦を欧州へ派遣し、英国周辺海域の封鎖にあたってもらうことも考えている。英国が脱落すればドイツと戦う同国の救援、つまりは欧州解放という米国にとっての戦争参加の大義は大いに毀損され、その結果として米国内で少なからず厭戦ムードが惹起されるはずだ。

 本来、集団戦を戦うとなればまずは最大脅威から排除していくのがセオリーだろう。連合国でいえば米国、次にソ連が続き最後に英国となる。だが、日本やドイツ、それにイタリアの力では英国やソ連はともかく、米国相手に勝利をおさめることはまず不可能だ。だから、敵の最も弱い部分につけ込む。国で言えば、英国がそれだ。

 そして、米国の最も弱い部分は世論だ。世論が戦争にノーと言えば、大統領であれ軍隊であれそれに逆らうことは出来ない」


 吉田長官の言葉を瞑目して聞いていた山本大将は目を開き、堀大臣と塩沢総長、それに吉田長官に問う。


 「第一段作戦と第二段作戦の趣旨については了解した。ならば、第二段作戦で仮に英国が脱落したとして、それでも米国が戦いを継続するとしたら、貴様らはどう戦うつもりだ」


 声音に挑発あるいは挑戦の色をにじませた山本大将に、堀大臣が静かに首を振る。


 「どうにもならん。ただ、米軍に出血を強いて連中が根負けするまで粘り強く戦うのみだ」

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