第35話:情熱はまるめてこねて6
翌日、ウルチ宅の台所にて。
「じー」
「じぃ~」
「じぃーじじ~」
「……何してるの君たち」
朝起きて発見したのは壁にはりつきながら台所を覗いている宿泊客三名だった。
『じー……』
「何を覗いて……あ」
台所の方を見るとウルチの父、通称大将がだんご作りをしている。
だんご作りを学びたいとうちに来たものの大将に門前払いされ、成り行きでウルチが家に泊めることを提案した。
リーゼントに紅い髪のお姫様にロバと変わった集団だがお菓子に対する情熱が凄いことは昨日のやりとりで知っている。
三人は真剣に台所を覗いていて、壁に沿って縦一列に並ぶ姿は三色だんごのよう。
「そんなところにいないで台所に入ればいいじゃん」
『じー』
「ねぇってば」
「うるせェなッ! 今偵察中なんだよ!」
「「ビター(様)しーっ」」
「おぉ、いけねーいけねー……」
ビターが慌てて口を塞ぐ。
「偵察? いったいなんでそんなこと」
ひそひそ声でウルチがビターの頭の上に手を置き一緒になって台所を覗きこむ。四色だんごになった。
「……頑固な大将のことだから同じことをやっても同じように断られる。昨日の二の舞だ。だから別の作戦でいくことにした」
「作戦って、ただ覗いてるだけじゃん」
「これはただ覗いてるんじゃない。見て盗んでいるんだ」
ビターがニヤリと笑う。
「みたらしの園には“見て盗む”っていう文化があるらしいな」
以前パルフェール図書館で読んだ書物にはみたらしの園には見て盗むという独特の文化があると記してあった。
みたらしの園の職人は多く語ることを好まない。
これは弟子が師匠の技術を自分の目で見て学び、自分なりに試行錯誤して経験を積むためだ。
教えて貰わずとも師の姿を見てそこから何かを学びとる。
「すごいやビター! それで得るものはあった?」
「ああ。だんごは小麦粉ではなくもち米ってのを使うらしいな」
「なるほどそうなんだ」
「いやアンタは知ってなさいよ……」
ふむふむとうなずくウルチにメルトが呆れた声をこぼした。
大将は黙々とだんごの生地をこねる。
「生地はああやってこねるのか……なるほど」
食い入るように見つめるビター。
生地をこねるのと平行するように大将はみたらしのタレを作る作業に。
醤油の瓶と砂糖の入った壺を取り出し水を加えそれらを鍋で煮詰める。そして……
「なんだあの粉は!? あれを入れた途端とろみが出たぞ!!」
「しー! 声が大きい!!」
「アンタもよウルチ!」
「メルト様もですよ……あっ」
ドタドタドタ!
四人が雪崩のように崩れ落ちた。
「……オメェら」
目の前には大将が腕を組んで床にもつれる四人を見下ろしていた。
「さっきからこそこそと人の作業覗き見しやがって」
「いや、ほらこれは見て盗むってやつで……」
「雑音が生地に染みるわ! 味が落ちたらどうしてくれんだ!!」
ぽーい、と四人は家から放り出されてしまった。
「すいません。みたらしだんご四本ください」
「へいおまち」
教えも受けられず、追い出されたビターたちは和菓子通りのだんご屋を散策していた。
こうなったら各店のだんごを食べて味の出し方を舌と脳に叩き込むしかない。
「こっちの店のタレは少し甘い、こっちは醤油の味が強い……うーむ」
「ビターみたらし飽きたー」
「まだ二本目じゃねェか!! 次の店行くぞ」
メルトを引きずり前へ進む。
「これって意味あるんですかね」
「何もしないよりずっと良いと思うよ!」
「ウルチ殿は前向きですね」
三人を後ろで待機させ、ビターが代表でだんごを買いに行く。
「えーと、みたらしだんご四本……」
店頭に並ぶみたらしだんごに目をやると、隣には餡だんごとよもぎだんごが並んでいた。
「この店は他の味もあるのか。メルトがみたらし飽きたって言ってたし餡子も買ってくか。ついでにウルチとフィナンシェはよもぎに、いや、三人共餡子にするか」
一人唸っていると、
「すみません。みたらしと餡、七箱ずつください」
後ろから声がした。
振り返るとビターはぎょっとした。
そして息を呑んだ。
そこには燕尾服を着たブロンドの髪を輝かせた少年が立っていた。そしてだんごパックを大量に抱えている。
(すごい整った顔だな。人形か?)
青年というにはまだ幼さが残ってるが、その端正な顔立ちは幼さを忘れるほど浮き世離れした美しさがあった。
そう感じたのはビターだけではないらしく、通りを行く人たちも少年をちらちらと見ている。
しかし少年は注文に夢中。
「やっぱよもぎも三箱追加で」
器用に片手でパックの山を抱えもう片方の手で既に購入したらしきだんごを咥える。白い陶器のような頬がふくれる。
「あいよ。みたらし、餡子、よもぎ完売でーす!」
「えェ!?」
だんごは少年の注文で完売してしまった。
いろんな意味で唖然、としているビターに少年は気づく。
「もしかして僕が先に買い占めちゃったかんじかな?」
「いや、んなこたァねーよ。ずっと悩んでた俺も悪いし。ていうか随分だんご買ってるな。一人で食うのか?」
ビターの目が思わず腕の中いっぱいのだんごに視線集中。
少年は首を横に振る。
「ううん、お土産だよ。たくさん買ってこいって頼まれて。これはおやつに僕も食べてただけ」
燕尾服の少年はにこやかに笑い二本目、そして三本目を頬張る。
「おやつにしてはよく食べるな」
「いろんな種類があるから。みたらし、餡子、よもぎ。ひとつだけ選ぶなんてもったいないよ」
「食い意地はってんなァ」
美味しそうにだんごを食べる少年の食べっぷりは気持ちの良いものだった。
線の細い外見と違ってかなりの大食漢らしい。
「ギャップ萌えね」
ビターの肩から生えるようにメルトが言ってきた。
「お前いつの間に」
「儚げな美少年が中身は大胆なワイルド系……いいわ」
「誰目線の感想だよ」
ビターが隣で頷くメルトを見る。
「それに比べて見た目が野蛮なのにスイーツ作りが好きなアンタのギャップはちょっとね~」
ふ、とメルトが小バカにしたように鼻で笑う。
「見た目に反して餡子が詰まったような体重の姫よりマシだし」
「なんですってーっ!」
「メルト様どうどう」
いつの間にかフィナンシェまでいてメルトの背中を撫でる。
ウルチだけが後ろで大人しく待っている。
「お前ら! 店の前だと迷惑になるだろうがッ!」
「アンタがいつまでもくっちゃべってるからでしょー!」
「メルト様どうどう」
「……仲が良いんだね」
三人のやりとりを見て燕尾服の少年が呟いた。
「そうだ、これ持ってってよ」
燕尾服の少年が腕の中にあるだんごを一箱ずつ三人に渡した。
「えっ。いいの!?」
「待てよ、じゃあお代」
「いいよ。僕が横入りしたみたいになっちゃったし。じゃあ僕は行くね」
燕尾服の少年は手を振ると去っていった。
歩く姿も軽やかで華麗、だんご通りがランウェイに見えた。
「爽やかな奴だったな。食い意地はってるけど」
「アンタもあれくらい涼やかで柔らかな雰囲気だったらモテたでしょうに」
「別にモテたかないし。それよりこれ食べるぞ」
「私みたらし以外!」
「はいはい」
四人で通りの空いた長椅子に座ってだんごを食べる。
どれも美味しかったが得るものは、空腹からの脱却だけだった。
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