第36話:情熱はまるめてこねて7

午後三時。

ウルチ宅に戻ると大将が厨房でだんごに最後の仕上げを施していた。

「あ、大将」

「ふん」

大将は仕上げを手早くすると次に片付けを始め、すぐ厨房から出ていってしまった。

「無視かよ」

「相変わらず嫌われてるわね。ビターは」

「俺限定にすんな。お前も嫌われてる一人だぞ」

「国民から愛される姫になんてこというのよ!」

「お二人とも醜い争いは止めましょう」


二人が小競り合いをするなか、ウルチは綺麗に片付けられた厨房を見て言う。


「いや、オイラたちが帰ってきたから厨房使えってことだと思う」


『えっ!?』

ウルチの言葉にビターたち全員が驚いた。

「そうなの? アンタなんでそんなことわかるのよ」

「ウルチ殿、大将殿のイメージアップまですることないですよ」

「そ、そんなんじゃないよ。親父は自分しか厨房を使わない日は片付けをすぐしないんだ。翌日まで調理具がほったらかしなんてザラだし。それに食器を洗う動作が慌ててた」

「マジかよ……てか凄ぇ洞察力だなお前」

「長い間親子やってるとわかるよ。頑固だけど意地悪ではないし親父は」

厨房を譲る気になった理由はわからないけど、と付け足した。


俺たちの練習のために譲ってくれたのか。

「なんだよ。誤解しちまったじゃねぇか」

心のなかでの悪態とはいえ罪悪感が込み上げる。

そんなビターを見てウルチが声をかける。

「いつもあんな態度だったら誤解だって生むさ。さぁ、だんご作らないと!」

「……ありがとよ」

ビターはうるちと大将二人に対してお礼を言った。


だんご作りの練習をしながらビターは隣の作業台でウルチに声をかけた。

「なぁ、お前の親父って昔からあんな感じなのか」

「そうだね、あんなかんじだったな昔から。まぁ、母さんがいるときはもう少し柔和だったけど」


母さん。

そういえばこの家に来てウルチの母親に会ったことがない。


ビターの反応を察したのかウルチは先に答えた。

「母さんはオイラが小さい頃に亡くなったよ。あまり身体が丈夫じゃなかったんだよね」

「そうか……」

「でも母さんのことはけっこう覚えてるよ。よく親子三人でだんご作りをした……あ、そうだ!」


ウルチは一瞬厨房を離れ、一冊の分厚い本を持って戻ってきた。


「これが母さんさ」

本を開き出てきたのは綺麗に並ぶ写真。どうやらアルバムのようだ。

ウルチが指さす方には優しい笑みを浮かべるふくよかな女性だった。

「可愛い! ほっぺたがもちもちしてる~」

「そう! だんごのようにまるい顔が母さんの自慢だったんだ」

「ペットじゃなくて奥さんに似たんだな親父……」

「夫婦は一緒にいると似てくるって本当だったんですね」


そこに感動するズレた野郎二人を隅に追いやりメルトはウルチに聞く。

「ねぇねぇ、お母さんとの思い出話聞かせてよ!」

「そうだなぁ。やっぱだんご作りが一番の思い出だよ」

ウルチが生地をこねながら思い出を語る。



オイラは昔から自分が新しいだんごを作るっていろんな形のだんごばっか作ってさ、その度親父に怒られてたよ。


『新しいことが出来るのは基礎が出来ているからこそだ。お前は基本も学ばないで!!』


でも親父が説教すると母さんが必ずオイラに言ってくれたんだ。


『なにもない場所からなにかを生み出すことは難しいこと。勇気がなければ出来ないわ。ウルチはそんな素晴らしいことが出来ちゃう凄い子なのよ』


「……結局親父もそれ以上怒れなくてさ、最後は三人で完成しただんごを仲良く食べたんだ」


「うぐっ。ズズーっ! オォォオオっっ!!……いい話じゃねェかっ」

「え、泣いてる?」

号泣するビターを見てメルトとフィナンシェはひいた。語り手のウルチも若干ひいてた。

「鬼の目にも涙ね」

「誰が鬼だ! うぅ……!」

ビターが泣き止むのに一時間(メルトたちはその間夕食をとる)経過。


午後七時。

満月が夜空に輝く。


手探りで生地はなんとか完成した。

だんご作りは終盤戦突入。


「問題は最後のタレだよな」

「結局あのとろみは何を使っているんだろう……」

とりあえず小皿にそれぞれ砂糖、塩、小麦粉を入れてみたが、どれもとろみがつくことなし。

恐ろしいことにこの作業に三時間費やす。


ビターたちはやつれた。


「次は何を入れてみる?」

「強力粉とか良い気がする。あれって粘り気が強いっていうし、とろみも同じっぽくない?」

「そうだな。違う気もするけど他に思いつかないし採用」

「イエーイ」

目が明後日の方向を向くウルチが強力粉を小皿(直入れ!)に投入しようとしたその時、


「もうやめろ。これ以上材料を無駄死にさせるな」


大将がウルチの手を止めた。


「親父……」

「とろみはな、カタクリ粉っていう粉を水で溶かして作るんだよ。見ててやるからやってみろ」

「教えてくれるの!?」

「どういう心変わりだよ!?」

「おいらたちがダメすぎて見てられなかったの!?」

「教えてくれるのはありがてぇがそりゃ落ち込むぞ!?」

「いいからはよせい!」

「「へ、へい!」」

思わず江戸っ子口調。

「あとそれ溶いたらタレまで完成させろ。味見する」


一体どうしたというのか。

大将はビターとウルチの作業を厳しく叱りつけながらも最後まで作り方を指導してくれる。


「……うん。いいんじゃねぇの」

タレを匙ですくい首肯く。

「ほっ」

「やったな」

胸を撫で下ろすウルチを肘でつつく。


「あのさ親父」

ウルチはもごもごと父親に話しかける。

「なんだ」

「どうして急に教えてくれるようになったんだ」

「別に急なんかじゃねぇよ。数日のオメェらの努力は見てた。俺に突き放されてもめげない根性もある。自分たちで試行錯誤しながら打開策を考える行動力もな。及第点だが教えてやってもいいと思ったわけよ」

「大将……!」

「親父……」

「ふん」

なんだこの格好いいおっさん。

見て盗む。努力が前提。

そこで初めて弟子として認められる。

「職人の世界は奥が深いぜ」

ビターは呟いた。


「なにぼさっとしとる。今度は生地作りからだ」

「ええェェェ!? まだやるの!?」

「しかも最初からって。もう夜中だぞ!?」

「アァ? 根性ねぇなオメェら。さっきの言葉取り消すぞ。それにヤンキーは夜行性だろうが」

「なにその偏見!?」

しかも微妙にズレた解釈!


ちなみにメルトとフィナンシェは奥の寝室に寝かせた。今日一日の疲れがたまっていたのか、それはもうぐっすりと眠っていた。

後で聞いたが、あの客室はウルチ母の部屋だったらしい。

ウルチ母もサンキューな。

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