第30話:情熱はまるめてこねて
ミルフィーユの街を出てビターたちは新たな目的地のみたらしの園を目指して東に向かって歩いていた。
遥か東ということで、その道のりは長い。
途中にある町で休息をとりながらも、ここ二週間は歩きっぱなしだった。
「あとどれくらいで着くの……」
メルトがフィナンシェにもたれ掛かりながらヨレヨレと歩きながらビターに聞く。
「そろそろだと思うんだが、運が良くて今日の夕方に着くかどうかだな」
「夕方ぁ!? まだ朝でこんなに疲れてるのに夕方まで歩けっていうの? 冗談はよしてちょうだい!」
「冗談はお前の歩き方だけにしろ。フィナンシェ辛そうじゃねーか!」
メルトに寄りかかられたまま歩き続けるフィナンシェの息は尋常じゃなくあがっていた。
しかしフィナンシェはビターの意見に首を振る。
「大丈夫ですビター様。自分はもりもり元気で、はひゅう……」
「全然元気じゃねェ!」
見かねたビターはフィナンシェからメルトを引き剥がし、そのままメルトを背負う。
「わぁ、楽~」
おんぶされたメルトは上機嫌で餅のようにビターに全体重を預けると、そのまま眠りについてしまった。
「自由な奴」
小さい割に案外重い。寝ているのもあって余計重みを感じる。
メルトの重さから解放されたフィナンシェは申し訳なさそうな表情をビターに向ける。
「ありがとうございます」
「お前無理しすぎ。そこまでメルトに気を使わなくてもいいんだぞ。こいつ甘やかすとすぐつけあがるからな」
「そうですが……メルト様は自分の恩人ですから」
「恩人?」
「あの時、メルト様は商人から自分を買ってくれました。ユニコーンと騙されてでしたが……その後も変わらず自分を可愛がってくれている」
「そうか」
「売却時代の環境はけっこう酷かったので」
「そうか……」
てくてく、と二人はしばらく無言で歩く。
ビターはフィナンシェの想いを聞き考えていた。
フィナンシェはメルトに大きな恩を感じている。
メルトが欲しいと言っていなければ、フィナンシェは今ここにいないだろう。少なくともビターだけだったら買わなかった。
いわば、メルトはフィナンシェを救った恩人なのだ。
だからフィナンシェはメルトの我儘も許してしまうんだろう。
だからといって、何でもかんでもメルトの我儘を許すイエスマンにはなってはいけない気がする。
「なあ、フィナンシェ」
「はい」
「今幸せか?」
「はい」
眠そうな目蓋を瞬かせこちらを見つめるフィナンシェにビターは「そうか」と小さく微笑んだ。
しかし、ビターにはもうひとつ言いたいことがあった。
「ちなみに……お世話してるのは俺だからな」
「心より感謝しております」
いつもより更に丁寧な敬語にビターは笑った。
しばらく歩いていると景色に変化があった。
生えている木々の形が違う形になってきた。
見たことのない木だった。
木の幹が直線のように天に向かって伸びている。葉もほそながく細長く先端が鋭く尖っている。
この木はたくさん生えていて、東に進むにつれて林のように密集している。
「いてッ」
下を見ると、茶色い三角形のものが地面から生えていた。
これも変な木の仲間だろうか。
メルトが遠くを見るように背伸びし、鼻をくんくんさせる。
「なんか変わった匂いがする。人がいるんだわ!」
おぶさったメルトが匂いに反応して飛び起きる。先程までぐっすりだったのに現金な奴め。
「確かに、嗅いだことのない匂いだな……食べ物か?」
ケーキのような甘い匂いでもなく、カレーのようにスパイスの効いた香りでもない。
甘さもあり、少ししょっぱいような、なんともいえない複雑な匂いだった。
「ちょいと、あんたたち」
木の間から男の人がひょっこりと出てきた。年は中年くらいのおじちゃんだ。
ビターたちはその男の格好を見て驚く。
男の着ている服が実に変わっていたからだ。色は紺色で地味だが袖が大きく広がっており、腹の部分にはベルトでなく布状の物が巻かれている。今までに見たことない衣装だった。
しかしそれは向こうも同じだったらしい。
「見かけねぇ格好だな。もしかして余所から来たのかい?」
「ええ、デコレート王国から来たわ」
「でこれーと……たしか偉い遠くの王国でねぇか? よくはるばる“みたらしの園”へいらっしゃった」
「え! じゃあここがみたらしの園!?」
思わず周囲を見渡してしまう。木しかないんだが。
男は笑って手を振る。
「ちがうちがう。この先にちゃんとした街があるよ。そうだ、だんご食ってかねぇか? ちょうど今から帰って作ろうと思ってたんだ」
「ダンゴっ!」
話にスイーツの単語が出てメルトが食いつく。
男は「こっちだ」といってビターたちを案内した。
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