第12話:新たな仲間を添えて2

 金髪少年とノワールの町に別れを告げ、ビターとメルトはパルフェール図書館を目指し南へ進む。


「さようなら、ノワール」

「お前いちいち泣くのやめろよ」

「だって、もう二度と来られないかもしれないのよ?」

「重いわ! これじゃ気楽に旅行も出来ないぞ」


 メルトはビターが差し出したハンカチで思い切り鼻をかぐ。

 メルトは「ん」とそれをビターにそのまま返却する。

 ハンカチはメルトの涙やら鼻水やらで水分を吸い込みずっしりと重くなっている。

 うへぇ、とビターはハンカチを親指と人差し指でつまみながら初夏にそよぐ風でそれを乾かす。


 季節は夏。

 町を出た先にある草原は草が生い茂り、緑の草木に太陽の光が反射し、草原はキラキラと湖畔のように輝いている。

 辺り一面緑一色覆われ、この緑色が永遠ずっと続くのではないかと錯覚してしまう。

 濃い緑の香りが風に乗ってビターたちの鼻をくすぐる。


「図書館では静かにな」

「知ってるわよ。何で今さら言うのよ」

「ノワールの図書館でお前の声けっこう響いてたぞ」

「う……きっと声の通りがいいのね」


 そんなこんなで話をして歩いていると、真っ直ぐ見える先に緑色の絨毯の中に不自然な黒色が混じっていることに気付いた。

 黒い物はこちらへ向かってきているように見える。

 魔物モンスターか? と思って警戒するが、目を凝らしてよく見ると、それは黒いローブをかぶった初老の男だった。


 ローブの男はニヤニヤと怪しい笑みを浮かべながらビターとメルトに話しかけてきた。


「そこのお嬢ちゃんとお兄さん。いいものあるから見ていかないかい」


 どうやらローブの男は商人のようだ。

「いいもの?」

 メルトが興味深そうにローブの男を見る。

 ビターはしまったと思う。

 これは高い物を買わされる、と。


 いかにも胡散臭い商人はこういうものに慣れていないメルトをターゲットに商品を紹介する。

「世にも珍しいユニコーンさ」

 商人は自分の後ろに佇んでいたそれを恭しく前に出す。


 そこには、立派な角が頭についた馬、ユニコーンがいた。


「ビビビビ、ビター! ユニコーンよ!!」

「あぁん?」

 すごいすごい! とはしゃぐメルトとは真逆にビターは冷めた瞳でユニコーンを見る。

 なんというかこのユニコーン、よく見ると馬というにはやや小さい。それに鼻が大きく首が短い。

 おまけに目蓋が重そうに垂れていて覇気がなく、やる気もなさそうな表情をしている。


 こんな動物をビターは見たことがあった。


(これって、角をのせただけのロバじゃねーか!)


 ロバと認識してもう一度ユニコーン(?)を見ると、角も取って付けたように偽物であることが分かる。

 あれは角をくっつけただけの只のロバだ。

 つまり、商人はインチキでこちらに偽物ユニコーンを売り付けようとしている!


 しかしメルトはユニコーン(?)を前に興奮気味である。

 商人は満足そうに頷きさっそく商談にかかる。

「今ならたったの五万キャンディーだよ」

「たかっ」

「やすっ」

 叩きつけられる金銭感覚の違いにビターは眩暈を覚える。

「ねぇ~ビター買ってよ~。ちゃんとお世話するから」

メルトが駄々っ子のようにビターにおねだり攻撃を仕掛ける。

メルトに合わせて商人の男まで買ってよ~とおねだりしてくる。お前がやっても可愛くないぞ。

「いや、そう言われても金がな……」

 ビターたちはほぼ家出状態、王室の援助もろくに受けてないため所持金はごく僅か。

 宿に泊まるのがやっとの財産だったのに、ノワールの宿で某姫が最高級の部屋を選んでしまったためビターの懐はとても涼しい。

 今だって一万キャンディーしか所持していない。

「申し訳ないがユニコーン(?)は買えねぇ」

 ビターは所持金が少ないことを理由に断ろうとする。

 しかし、そうは問屋が下ろさない。

 商人は「だったら一万キャンディーにまけてやってもいいよ」と交渉してきた。

「ギリ買える……」

「ねぇビター買おうよ。ね、一生のお願い!」

 メルトはうるうると目を潤ませて懇願する。

 幼い少女にここまでお願いされて断るのもビターの良心に突き刺さるものがあった。

「……ちゃんとお世話するんだぞ」

「うん」

「雨の日でも散歩もするんだぞ」

「うん」

「例えこれがユニコーンじゃなくてロバでも最後まで面倒見るんだぞ」

「うん、てロバじゃないわよ!?」


 まいどー、と一万キャンディーを貰うと商人はユニコーン(?)を置いて煙巻く勢いで去っていった。


「わ~可愛い。さすがユニコーンね。ふわふわする!」

 さっそく手に入れたユニコーン(?)を撫でり撫でりと可愛がるご機嫌なメルト。

 こんなにはしゃぐ姿は見たことがない。

 年相応の少女の反応にビターは安心と共に微笑ましくなる。

 これだけ喜んでくれれば一万キャンディー払ったかいがあるか。


 そう思っていた矢先……


「は、は……」


 ユニコーン(?)の大きな鼻にメルトの髪が何度も擦れ、くしゃみを催した。


「はーくしょんッ!」


 スコーン!

 軽快な音が鳴り「それ」が撫でていたメルトの額に刺さった。

 角である。

 ユニコーン(?)の額に生えていた角がくしゃみで抜け落ちメルトに刺さったのだ。

「……」

 己の額に刺さった角らしきものを無言で引き抜くメルト。その目は死んでいる。

 続いてビターを見る。同じく死んでいる。

 二人は商人を見ようとするが商人の姿は遥か彼方の豆粒の大きさになっていた。


「……ちゃんとお世話するって言ったよな?」


 緑が続く草原一帯に少女の雄叫びが響き渡ったのは言うまでもない。

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