第4話:運命はふるいにかけられる4

 厨房は城の螺旋階段を下り一階にフロアが大きく設けられていた。

 幾つものテーブルに包丁に軽量スプーン、量りなど調理器具が置いてあり、調味料が置いてある棚は脚立を用意しないと取れない程の高さまでびっしりと敷き詰められている。そして厨房で忙しなく動く従業員の数は凄まじい。

「昼食千人分用意できたか!?」

「パンがあと百ほど焼き上がっておりません!」

「ああっ、姫様の昼食は別メニューでローストチキンも魚のグリルも調理しなくてはならないのに間に合わない!」

「仕方ないだろ! 姫様がありったけのパン種類を持って来いなんて言うから手が足りないんだよ~」

 お昼の厨房は大パニック。

 厨房で働くコックも料理を提供する使用人もとても険しい表情で、その顔つきは最早戦士に見える。


「……こりゃあ大変だな」

「さあさ、同情してないで貴方は姫様のお菓子を作るんでしょ?」

 モッタレラはこちらです、とお菓子作りをする場所を提供してくれる。

 メインの厨房と比べてこちらは研修生用なのか簡易的なオーブンと長テーブルだけがあるキッチンだった。

「厨房は今戦場状態ですからかえって潜入しやすくて良かったですねぇ」

 モッタレラは厨房の中心部へもみくちゃにされながら基本となる卵、牛乳、バターなどの材料と更にキャラメルに生クリームに豪華なフルーツまで持ってきてくれた。

「協力してくれて言うのもなんだが、お前怒られないか?」

「いざとなったら私の手柄にするのであしからず~」

「……ちゃっかりしてんなぁ」

 モッタレラの持ってきてくれた材料を見渡す。


 ああ、やっぱりな。

 俺はあることに気付いた。

 

 実はここに来る前から作るお菓子は決まっていた。

 姫の部屋を見たとき、姫の不満が募る理由とそれを太刀打ち出来るヒントは転がっていたのだ。

 俺は腕を捲り「これだけで充分だ」と材料を並べた。

「ええっ? これだけでお菓子がつくれるんですか!?」

 モッタレラは目を皿のようにして驚いた。

 ビターはニヤリと目を細める。


「《これだけ》だからいいんだ」



 コンコン、とノックを鳴らし再び姫の部屋にビターとモッタレラはやって来た。

 返事はない。

「拗ねてんじゃねーよ」

 お届け物ですゴラァ! ビターはドアを蹴り飛ばし拗ねてる姫とご対面。

「ビターさん! そんなことしたら殺されちゃますぅ」

 モッタレラがあわあわしながらビターの後ろからひょっこり顔を覗かせた。


「……何の用よ」

「決まってんだろ。スイーツ献上しにきてやったんだよ」

「! ふん、あんたみたいな腐れヤンキーが作るお菓子なんて食べなくても不味いとわかるわ」

「ひ、姫様……お言葉ですが、ビターさんは姫様の為を思って」

「お黙り。そもそもあんたが私に作ってくる役目なのに、何でサボタージュしてるのかしら?」

 ひっ……

 モッタレラはそれ以上何も言えなくなってしまう。

 ビターは手に持っているバスケットから一つの包みを出し乱暴に姫に渡す。

「いちゃもんばっかつけてねーで食ってみろ」

「…………」

 しばらく包みを持つだけだったメルト姫だが沈黙とビターの真剣な眼差しに負け、包みを広げた。

「……これは」


 包みから出てきたのはクッキーだった。

 しかし、そのクッキーは以前モッタレラが持ってきたクッキーとは形が異なる。

 普通クッキーは平べったい形をしているが、これは全てが丸い球体だ。

「形が変わったからなんなのよ」

 メルト姫は丸いクッキーを一つ頬張った。

「……! 美味しい」

「「やった!」」

 姫の賞賛にビターとモッタレラはハイタッチ。

「ホロホロとして、さっぱりしてあとをひかない清清しい口溶け……ただのクッキーじゃないわ!」

「姫様そいつは“ボーロ”って言うんだぜ」

「“ボーロ”?」

「見目はクッキーに似ていますが、卵と牛乳、かたくり粉など少量の素材で作れちゃうんです!」

 モッタレラが興奮気味に答える。

「私のお菓子は姫様が認めてくれるものをと豪華なものをふんだんにと調理してきました。でも、それはお互いの良さを相殺してしまっていたんです」

「姫様の部屋にはズッシリとした濃厚なお菓子ばかりが残してあった。もたれるお菓子に飽きた姫様には、さっぱりした食感のものが美味しく感じられる状態だとボーロを作ったわけさ」

 シンプル・イズ・ベスト! 

 どや顔をするビターを見て、メルト姫は「……その発想はなかったわ」と小さく微笑んだ。

 ビターは小さい頃、貧しい自分たちにもお菓子が食べられるようにと母親がボーロを振る舞ってくれたのを思い出す。

 あの頃の記憶から作ったお菓子で別の誰かを笑顔にすることに成功した。


 それからメルト姫はご機嫌でボーロを完食した。

 初めて見る姫の笑顔にモッタレラも嬉しそうだ。

 二人でキッチンの片付けをすると、ビターもお菓子作りの余韻に浸っていた。

「なんだかんだ俺もお菓子作りエンジョイしてたな」

「ビターさんも正式にパティシエに認めて貰えばいいのに~」

「馬鹿言え。そんなこと元ゴロツキが許可されるわけないだろ」


「いいえ。許可するわ!」


 後ろを振り向くと、そこにはメルト姫が立っていた。狭めのキッチンとは不釣り合いな豪奢なドレスが対照的すぎてシュールに見える。


「姫様!? こんな所までどうしたんですっ?」

「二人にお礼を言いにね。ところでビター。あんた私の専属パティシエになりなさい」

「「ええっ!?」」

 二人して驚愕の展開に口をあんぐりと開ける。

「私もお菓子のことをもっと知りたくなったわ。それに、思ったの。《最高のお菓子は自分で見つけだすこと》って」

 だからそれまで私のお目付け役兼パティシエを申しつけるわなんて言うからモッタレラは涙目になってしまった。

「わ、私クビですかぁ~。確かに今回役に立ってないけどそんなぁ」

 うわーん、と号泣する彼女にメルト姫は「違う違う」と否定。

「あなたにはこれからもお城でパティシエを続けて貰います。私はね、これからビターと旅に出るから」

「はあぁ!?」

「最高の材料はこの国以外にもある筈よ。見聞広めて何が悪いの?」

「そういう問題じゃねーだろ! 旅なんて危険だし、王様だって許さんだろッ」

「パパは厄介払いで私にあんたをお目付け役にしたぐらいよ。いなくなって清々するんじゃない?」

「う……」

 それはそれで悲しい台詞だ。

 だがワガママお姫様はそんなことよりも目の前の冒険にわくわくで気にしていない。

「あんたもこんな所で人生終わるより自由に生きた方が有意義でしょ? ねっ」

「あっ、おい!」

 メルト姫はビターの手を引いて「仕度よし・た・くッ!」キッチンを飛び出した。

 置いてかれたモッタレラは今日起きた目まぐるしい出来事を忘れることはないだろうと皿を洗いながら思っていた。


「珍道中の始まりかぁ~」


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