第5話:バウムの森
「いきなり迷ったな……」
「あんたが方向音痴だから悪いのよ」
「お前だって同じだろうが」
ビターとメルトは王国を出てすぐ近くの森『バウムの森』へ来ていた。
デコレート王国は四方をバウムの森で囲まれている為、王国の外の世界へ出るにはこの森を抜けなければならない。
デコレート王国へ訪問する旅人も多いため、旅人用の安全ルートも設けられていたが、当のビターたちは早速迷子になってしまった為もはや今歩いている道が安全ルートなのかもわからない。
「遭難とか笑えないぞ……」
「食料だってそんなに持って来てないのにどうするのよー!」
「だから遠足気分でやたら食い摘まむの止めろって言ったろ!」
不満爆発中のメルトにビターが頭をはたく。姫だろうが関係ない。
「最悪ここで野宿だから、寝られる所と食べられる物を確保しなくちゃいかん」
「ここで!? あんた私が姫だってこと忘れてない?」
「その自分が姫だからってことは忘れろ。旅に出てる以上お前は旅人。特別扱いなんてしねーから」
「……あんたに限っては王国にいた時から無礼だったけどね」
反論しつつも、それ以上メルトは文句を言わなかった。一時的なものかもしれないが、静かにしていれば只の小綺麗な女の子だ。
さてと、寝るところは其処らの木にハンモック(王室からくすねてきた)を付けて寝るとして、食べ物か……。
ビターが辺りを見渡すと、メルトも同じことを思ったのか彼の袖をくい、と引っ張る。
「ねぇ、この切り株って食べられるのかしら」
「ああ、あきらかにこれって、『あれ』だよな……」
ゴクリ、と二人は唾を嚥下する。
目線の先には大量に生えた木の切り株。
森なのだから当たり前の光景だろう。
しかしこの切り株、どう見てもあの有名なお菓子にしか見えないのだ。
柔らかい黄色の生地に甘い風味、渦巻き状で切り株の形をしたスイーツ。この森の名前からして間違いないだろう。
これが食べられるとしたらまず食料には困らない。食べ放題という夢のような案件だ。
しかし、森に生えているようなものを何の恐れもなく食べるというのも抵抗がある。
昔亡き父が森からキノコを採ってきて思いきり「あたって」いたのを思い出す。
「いただきまーす」
「ってオイ!」
迷わずいったメルトに思わずツッコむ。
「何いきなり食ってんだお前、大丈夫か!?」
「あ、これほんとお菓子だわ」
もりもりと切り株に噛みつくメルト。そのシュールで間抜けな光景にビターは「姫って要素ゼロだな……」なんて呑気に考えてしまう。無知って怖ぇ。
といいつつ、男らしくないが食べて平気そうなメルトを確認してからビターも切り株試食会に参加する。
「!? うめえッ。市販と変わらないクオリティーだぞこれ!」
「まぁ、及第点ってところかしら」
メルトは二個目の切り株にありついていた。
「なんかお腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった。ビターあんた寝床作んなさい」
「ふざけんな子供かよ!」
「ふぁ~あ。おやすみぃ」
その場でごろんと土の上に平気で眠るわがまま姫だが、幼い少女を地べたに寝かせたまま放っておくのもビターの良心が傷む。
仕方なくビターは木にハンモックを取り付ける作業を開始した。
「お。切り株だけじゃなく、木もお菓子になってんのか」
ハンモックを取り付ける際、丈夫な木を選定しなければならない。
ビターが選んだ木は大分丈夫そうだったが、少し木の表面が抉れていた。その抉れた部分から覗く面は切り株のお菓子と同じ渦巻き状の美味しそうな生地になっていた。
「切り株は木を切って出来たものだから当然っちゃ当然だけど」
そう考えるとこの森お菓子の宝庫じゃないか!
いや、一種類しかないけれど。それにしたって凄い。
デコレート王国にいてもこんな森があるって知らなかった。商人とかが黙っちゃいないと思うのだが。
「それにこの森、そんなに人がいないんだよなぁ」
それは自分たちが間違ったルートを歩いているからというのもあるが、それにしてもすれ違う人にも出会わないのはおかしい。
それに不自然な点がもう一つある。
気にしないようにしていたが、辺りの木を見ると抉られている部分がいやに多い気がする。
ナイフ等で切り取ったような痕ではなく、何か噛みついたような痕……。
「まさか全部メルトってわけじゃないよな」
それにメルトは今夢の世界に入っている。
メルトじゃないとすると……
クキキ。
キーッ。
背後から不気味な声が聞こえてくる。
こういう時、嫌な予感ほど的中するのは何故だろうか。
脳裏で余裕なことを考えてしまうが状況はかなりヤバい。
ビターは後ろを振り返る。
そこには人くらいの大きさの焼き菓子に省略したような丸い手足がついた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます