16 鉄血の祭壇

「ぐ……うぅ……」

「……っ!ルコアさん!」


 空洞の中に反響するような自身を呼ぶ声に誘われて、ルコアは意識を呼び戻される。

 頭蓋骨が凹んだと思うほどの激痛と、美しい装飾が施された鋼鉄の床を染める赤い血。

 シェイクされた脳を奮い立たせるも、手足に力が入らず体を起こす事すらままならない。


「お目覚めですかルコアさん。ようこそ我がアマルガの心臓部、大聖堂へ」


 聞き覚えのある男の声。

 首だけを何とか動かしぼやける視界で周囲を見回す。

 豪勢な装飾が施された、鋼鉄の聖堂。

 ルコアはその祭壇らしき場所に横たわり、背後には黒くのっぺりとした十字架のようなシンボルが聳え立っている。

 薄暗い空間の中、司祭たるコンスタンは両手を仰ぎ、十字架を見上げていた。


「観光……名所にしては……随、分と……薄暗い、わね……」

「あれだけ脳を揺さぶったにも関わらずもう減らず口を叩けるとは、意外とガッツがあるようですねェ」

「ルコ、ア……さん……」

「……なっ!?」


 コンスタンの背後、そこには拘束されたシルとジュラルの姿があった。

 しかし彼らの様子は酷く、悍ましい状態だった。

 腰部から下を乱雑に切り離され、露出した脊椎と思われる骨格をぶら下げながら十字架に吊るされていたのだ。

 ジュラルは余程酷い仕打ちを受けたのか項垂れたまま動く事すら出来ていない。

 シルも顔面が半壊し服の役割をしていた外装を引き剥がされ内臓と思しき機官が露にされていた。

 余りにも凄惨たる仕打ちと、その原因を作り出してしまった自身に対して、ルコアは沸々と胸を苛立たせた。


「あぁ、彼らが気になりますか?なに、街の取り決めですよ。法の違反者なのですから、これくらいの刑罰は当然です」

「刑罰、ですって……私には、ただ、痛めつけてる……ようにしか……」

「えぇそうですとも。痛めつける、それがここでの正しき罰なのです」


 何ら可笑しな事ではない。

 そう表情で示すコンスタンに、ルコアは強い嫌悪感を抱いた。

 自身を蔑ろにしてきた、多くの人々と同じように。


「同胞を痛めつけて、平気だなんて……アンタ、イカれてるわよ」

「同胞、ですって?ハハ!ご冗談を」


 そう笑い飛ばすコンスタン。

 彼の発言にルコアとシルは耳を疑う。


「ど、どういう事なの……」

「ワタクシはこのような鉄クズ共とはまるで違う!ロイド族のアナタなら分かるでしょうルコア?神聖なる肉体と、純潔なる鋼鉄により構築されたワタクシが!このような被造物共と同じなどある訳無いのです!」

「コ、コンスタン様……あなた、は……そうか……」


 半壊した目でコンスタンを見つめるシル。

 無惨な彼女に振り返った司祭は、両手を仰ぎながら言葉を紡ぐ。


「ワタクシはアマルガム様から直々にこの体を頂いた!アロイ族の始祖たる者の一人!何故ワタクシがこのアマルガを治めるに価するか分かった事でしょう!」

「いつまで、も……ダラダラ生き続けた老い耄れジジイ、だったって訳ね……」

「フハハ、老人を敬うのは何処の世界でも共通の認識でしょう!」

「アロイの……始祖……つまりアナタが……この街を、壁で囲ませた……アマルガムの力と、この街を独占する為に……」


 シルの捻り出した言葉に目を見開くコンスタン。

 手には杖が握られ、天を刺すほど高く掲げられた。


「そう――」

「っ!シル!」


 そうして空を切り振り落とされた杖は、シルの顔を何度も強打した。


「大正解です!シルさん!やはりアナタは熱心な信仰心をお持ちだった!このアマルガムの奇跡に!このアマルガの街に!このワタクシ自身に!だからこそ、だからこそアナタはこのワタクシ自身が丹精込めてスクラップにした後アマルガの糧にして差し上げましょう!」

「うっ……うぅっ……」

「シ、ル……!このクズ鉄野郎……!」


 血が滴る頭を引き摺るように、ルコアは何とか這い蹲ってコンスタンに迫ろうとする。

 自身のせいで巻き込んでしまった哀れな親子に対する責任感と、それ以上に燃え盛る憎悪と怒りの力で。

 それでも肉体はまるで付いて来ず、この異世界で初めて出来た友人の顔がベコベコに潰され、破壊されて逝くのをただ歯を噛み締めて睨む事しか出来ない。

 その時。


「教、区長……」

「ほぉ?なんです……なぁっ!?」


 突如コンスタンの杖に飛び掛かる何者かの影。

 それはボロボロになったシルの父、ジュラルだった。


「ジュラルさん!」

「お父、さん……」

「教区長……随分と、娘が……世話になったなぁ」

「さ、流石守衛隊の隊長の一人ですねェジュラルさん!半身を失ってもなおその力、とは……っ!」


 上半身だけの状態になりながらも、杖を掴んだジュラルは自らを拘束していた鎖を支えに、コンスタンと杖を引き剥がそうとする。

 しかし十分な力が有り余っているコンスタンには敵わなかったか、そのまま杖を引かれジュラルの体は強引に地面に叩き付けられた。


「ぐはぁっ!」

「フ、フフ、娘の為に命を賭ける男の姿は何と逞しく――」

「や、やめて!お父さん!」

「――脆くて儚いのでしょう!」


 ジュラルの頭部に向けて突き立てられる、鋭い杖の先端。

 鈍い音を響かせて、優しく逞しかった父親の頭を貫いて水銀のような鈍色の液体を撒き散らす。

 引き抜かれた杖の末端には鋼鉄の肉体には似つかわしくない、生物的な液体や配線が絡みつき、その生々しい現実をレンズに焼き付けられたシルの表情が凍り付く。


「お父……さん……?」

「しっかりとその目でアナタ達の飼いネズミが死に絶え街の養分となる瞬間をご覧頂くつもりが、アナタが早とちりするせいでこのような結末になってしまいましたよ」

「ぐっ……くっ――!」


 杖を突き、肩で息をするコンスタンを睨むルコア。

 もはや今の彼女に、自身の傷を労わる余裕などなかった。


「あぁあああ!!!このクソジジイ!!!!」

「なっ、その状態で動くなどッ!?」


 これ以上衝撃を加えれば今にも崩れてしまいそうな頭を揺さぶり、乱暴に地面を蹴ったルコアがコンスタンの体に掴み掛る。

 満身創痍の状態だったはずのルコアの拳が老醜の顔を打ち、鋼鉄の地面へと打ち付けさせた。


「うごぉ!?どこに!?どこにそんな力がァッ!?」

「黙れ!黙れ!お前は、お前はァ!」


 鋼鉄の骨格を持つコンスタンの体は硬かった。

 しかしそれでも、ルコアはひたすら司祭の顔を拳を硬め、殴り続けた。

 自身のせいで失ってしまった命への責任を、戒めるかのように。


「い、今にもその傷口から脳みそが蕩け出そうだった貴様がァ!どうしてェ!?」

「そ、そうだ……ルコアさ、ん……アナタの手には……」


 握られたルコアの拳の傷口にめり込んだ、ひとつの小さな破片。

 それは宇宙を生み出す卵であるイドラの、エネルギーで造られた殻の破片であった。


「血液……流れ出てるんだ……溶け出したケイオスのエネルギーが……」

「そ、それはッ!そんな事がァッ!」

「テメェが潰れろ!クズ鉄ジジイが!」

「ごぷっ――」


 遂に振り落とされたルコアの拳と鋼鉄の地面に挟まれて、コンスタンの頭は潰された。

 沈黙した老い耄れをよそに何とか立ち上がったルコアは、ようやくハッキリとしてきた頭を揺さぶりながら、シルを拘束していた鎖を解き、抱えるようにして降ろした。

 もうその手に刺さっていた破片は完全に溶け、ルコアの体力をある程度治癒して消え去ってしまったようだった。


「ル、コアさん……ごめんなさい……隠し、きれなくて……私達の街が、あなたを、傷つけさせてしまって……」


 幾度となく顔を殴打されたシルの姿は無惨としか言いようも無く、露出した内部骨格や内臓の多くはもはや修復のしようがないようにすら見える。

 それでも彼女はキリキリと弱々しい機械音を鳴らしながら、ルコアの頬を撫で、謝罪の言葉を述べた。


「違う、違うわよシル……私が、あなたの家なんかに来なければ……あなたも、あなたのお父さんも……」

「死ななくて済んだのに、ですねェ」

「えぁ――?」


 突如意識外から聞こえてきたコンスタンの声と共に、目前から姿を消したシルの体。

 何が起きたか理解出来ずに周囲を見回したルコアの瞳に映ったのは、悍ましい「何か」の姿だった。


「コンスタン……な、んで……」

「さぁ――さぁ!我が神よ!かの生贄を喰らいたまえ!かの者を街へ受け入れたまえ!」


 乱雑に破壊されたシルの肉体をベキベキと音を立てながら飲み込むのは、ずるりとした白銀色の、ナメクジにも見紛う異形の姿をした竜のような何かだった。


「鋼鉄の神、アマルガムよ!」

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