静謐のアマルガ
14 アマルガ
「なるほどね……私が今まで暮らしていたのは、本当に狭くてちっぽけな視野の中だったのね」
冷たい椅子に腰かけて、機械仕掛けの親子から「メトロ」という世界がどういった場所なのか、その仕組みを語り聞かされたルコアは頭をぼんやりとさせていた。
自身が路頭に迷い、その広さに溺れそうなほど喘ぎ苦しんでいたあの世界も、このメトロを末端とした宇宙規模で考えると恐ろしい程に小さな存在だったのだ。
「私達はこのメトロが故郷だからあまり感じないけれど、そう思うのも無理ないわ」
「まぁ、もう戻る気も無いし別にいいわ。メトロの事は大体分かった、それで……この街の事は?ジュラルさん」
「あぁ、アマルガについてだな」
鉄の髭を伸ばした父親、ジュラルは娘のシルからバトンを預かるようにして、この街について語り始めた。
「この街『アマルガ』はメトロの下層においても、中心部から離れた僻地にある。かつてとある神族とその信者によって造り出され、見ての通り金属と機械のみで構成されている。住人である我々までもな」
「神、ねぇ……それで、こんな寒くて仕方ない場所で、しかも壁に囲まれて隔離されてるのは何が原因なの?」
「本来この場所は上層から漏れ出す排出冷気によって冷え切った荒れ地だった。誰も寄り付かないその場所を、邪教として疎まれていたかつての信者達が隠れ蓑として利用するにはうってつけで、そのままこの場所に街が造り出されたのだ」
人工的な寒冷によって冷え切ったこの街は何処までも肌寒く、屋内だと言うのにルコアの息は依然として白かった。
「我々『アロイ族』の祖先もこの街と共に産み出された。しかしメトロを管理する中枢組織『ユグド』は神が独自に編み出したその混術を嫌い、『禁術』に指定した」
「それで、その神の技術と、それによって造り出されたこの街やアロイ族を外の世界に広まらせない為に壁を造らせ、ここを禁足地とした、って所ね」
「そうだ。我々からしても、自分達が崇める神の神秘を外の世界に持ち出されないように守り続ける事は異論無く、利害の一致とも言えた為に、我々の祖先はこの処遇を受け入れたらしい。そういった経緯があり、この街はその神を崇める教えを中心とした文化が形成されているのだ」
「なるほどね……それで、その神や禁止された混術ってどんな物なの?」
「それは……」
言葉を詰まらせる父親の肩を軽く叩いたシルが、変わって口を開いた。
何処か悲壮的な、宿命めいたモノを感じさせる表情で。
「『アマルガム』。それが神の名前。金属と機械を自在に操る神とされ、テクノロジーと魔術によって発展を遂げたこのメトロの根底の一端を成す神として一部の者達に崇められていた。この世界において神を信じること自体ある種の矛盾を抱えているから、本当にごく僅かな者だけだったみたいだけど」
「金属と機械の神、なかなか面白そうね」
「でもその力の正体はあまり面白いモノじゃなかった。ある時、まだ荒野だったこの地に集まった信者達の前に、アマルガム自身がその姿を顕し、自らの混術を発動させた。『生体を金属や機械に造り換える混術』を、ね」
「それって……」
シルの言葉に、ルコアはその背筋を凍らせた。
寒さのせいではなく、自らが座っているこの椅子や、この建物のせいだ。
「信者達の肉体を触媒に鉄と機械のみで構成された街を造り出し、残った魂を同じく鉄と機械で出来た肉体に植え込み、私達の始祖を造り出した。それがアマルガムの力……『錬禁術』の正体なの」
「確かにユグドが嫌がる意味も分かるわ……肉体を犠牲に街や新しい種族まで創造出来てしまうとしたら、企業達が黙っちゃいないもの」
「そうして、アマルガムとその錬禁術の原盤はこの街の中心、教会に御神体として封印されている訳だ。面白い話だろう?」
「はは、全くもってその通りね、相変わらず……」
『何かを妄信するのはバカらしくて仕方ない』、といった言葉をルコアは静かに飲み込んだ。
一時的に匿うだけでなくこの世界の事情まで説明してくれた親子に、その生活の意味を疑うような事は言えなかった。
「とにかくそういう事だ。この地に入るのはおろか出る事もユグドは許していないし、我々アロイも神秘の為に侵入者は排除する。そういった文化で出来ているのだ、この街は」
「幸いにも飲食も睡眠も呼吸も必要としない、寒さも感じない私達には外の世界と交流する意味もないしね」
「そう、ね……ふぅん……」
「どうかしたの?」
「いや、何でもないわ」
ここまでの話を聞いて、ルコアはひとつの疑問を覚えていた。
アマルガムとは一体何者なのか。
文明が発展したからこそ発生した宗教の信者達の前に後付けのように姿を顕し、あろう事かその文明によって生み出された『混術』を前提とした神秘を使ってみせた。
大体、神を自称するモノにロクな存在はいない。
彼女はアマルガムの正体を暴きたいという好奇心を胸に抱き始めていた。
「まぁ君の事は例外だ、我々が壁の外に送るから心配はしないでくれ。む……ルコアさん、少し隠れていて貰えるだろうか。街の者が訪ねてくるようだ、隣の部屋なら見つからないだろう」
「え、えぇ。分かったわ」
ジュラルに言われたルコアはシルに案内され隣の部屋に一人で身を潜める事となった。
そんな彼女は息を押し殺し、玄関の方へ耳を傾ける。
「ジュラルさん、お変わりありませんか」
「クルップ、今日は何の用だ」
「今週の礼拝の件でですね、お話がありまして」
訪ねて来たのはクルップと名乗る男性のようだった。
妙に高い声が印象的で、盗み聞きをしているだけでも耳につく。
「何か予定外の事でもあったのか」
「コンスタン様が週末急用で予定を変更しなければならなくなったそうでして。急なのですが明日の午前に行う事になったみたいなんですよ。それで街の者達に伝えるように、と言われて来たのです。もちろん予定が合わない者は無理せずとのことですが」
「なるほど、コンスタン様がそう仰られるなら仕方ない。特に目立った異変も無いしな、明日は予定を合わせるとしよう」
「毎度、守衛のお仕事お疲れ様です。休暇にまでお尋ねして申し訳ない。シルさんもお体にはお気をつけて」
「えぇ、ありがとう。クルップ」
軽く談笑を終えたクルップと名乗る男は玄関を後にしたようだ。
ジュラルに声をかけられ、やっとルコアは部屋から顔を出す。
「彼はクルップ。脚が速くてな、あぁやってちょっとした教会の伝令係を任されているのだ」
「いろんな役割があるのね……ねぇジュラルさん、シル、いろいろ迷惑かけてる中で恐縮なんだけど、ちょっとお願いがあって……」
「なんだ?」
改まった表情をするルコアに、二人が目線を向ける。
「明日の午前に礼拝があって、皆教会に集まるんでしょ?無理なお願いかもしれないけど、その……ちょっと見学してみたいの」
「ふぅむ、見学か……しかし他の者にバレると危険なうえ、ルコアさんを疑っている訳ではないのだが、街の秘密が外部の者に知れてしまうのは……」
「私は良いと思うのだけれど、でも他の住人が許さないでしょうし、隠れて行くには少し難易度が高いわね」
「ま、まぁそうよね……分かったわ、私は留守番しておく」
「すまないな、期待に応えられなくて」
ジュラルの言葉に、ルコアは首を横に振った。
窓際に近づいた彼女は、呆然と街を眺める。
今まで見た事も無いその光景は、やはり自分がそこに居るという実感を得ても尚、不思議に感じられた。
「明日の日暮れ頃になれば壁の警備も緩むだろう、その隙に外へ送り出す。ある程度中心地に近い地域へ向かう為の地図も用意しておくから、我々が戻るまでに準備をしておいてくれると助かる」
「えぇ分かったわ。何から何まで、よそ者の私にありがとう」
「いきなり迷い込んだのだもの、それで見捨てるなんて私達には出来ないわ」
「……本当にありがとう」
そう言うルコアに、初めてシルは表情を笑ませてみせた。
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