プロローグ
10 罪と罰の序文
排気ガスで澱み薄汚れた空気が籠る、さめざめとした雨空の都会。
咳き込む人々の間を縫うようにして、その少女は虚ろな瞳で地面に散らばるゴミを踏みしめながら傘も差さずに歩いていた。
「お願いします!身寄りのない子供達の為にどうかご協力を!」
そんな声が何処からともなく聞こえてくる。
ぼんやりと目線を向けると、一列になった子供達が雨合羽で身を包み、必死に声を張り上げていた。
首から下げた募金箱を抱えるその手は、やせ細り、鳥の足のようだ。
「……」
彼らは必死に生きている。
自らの信じるモノが正しく、そしていつかは報われると。
かつての自分自身のように。
「……そんな日は来ないのに」
そう零し目を背けようとした少女だったが、暫く考えた後、財布から幾何かの紙幣を取り出し、それを握り締めて少年少女達の前へと向かった。
暗い影を目に落とす少女の顔を子供達は不思議そうに見つめたが、募金箱に紙幣を捻じ込む彼女の首から折れたロザリオがぶら下がっているのを目にして、口を開いた。
「大切にしているんですね。きっとその心、主も見ていますよ」
「きっと、ね」
貧しくも明るい笑みを向ける子供に、少女も僅かにほほ笑みを返した。
しかし、顔を上げた彼女は一瞬にしてその笑みを凍り付かせた。
「お前、アコールか?」
「……」
小奇麗な正装に身を包んだ恰幅の良い男性。
子供達には明るく見せる笑みも、少女には途轍もなく下品で、下卑たモノだと感じさせた。
「いつの間に刑務所から出て来たんだね?もっとながーく看守の皆様に可愛がって貰う予定だったと思うんだが……」
「……っ」
「それとも、また『お祈り』をしに来たのかい?私と二人きりで」
「うっ……っ!」
強烈な不快感と共に胃の底から吹き上げてくる悍ましさ。
咄嗟に口を抑えた少女は街灯に凭れ掛かり、蹲る。
そんな彼女の背中を見て、男は薄汚い笑みを浮かべた。
「君が殺したあの浮浪者の魂も、背負った罪も、贖罪のつもりで善行を積んだ所で離れる事はない。もはや人の道を外れたお前は、主も見捨てるだろう。血の味を覚え人を辞めたケダモノよ、野垂れ死ぬ事こそが主が与えたお前への罰であり唯一の贖罪だ」
意地の悪い男の笑い声を背に受けながら、少女は震える脚で這いずるようにして雨の中を再び歩き出した。
「私は……人間だ……人として……独りでも生き続けてやる……っ!」
胸の奥底で芽生えた黒く燃え上がる、人道を外れようと貫こうとする意志に焚き付けられるようにして、怨嗟すらも超えた空虚な瞳で、少女は雨空を睨み、号哭した。
いずれ知る事となる、自身の運命に復讐の炎を燃やしながら。
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