09 サブダイバー


「ロ、ロボット!?」


 工場の壁を突き破り現れた巨大な二足歩行ロボットはその手にこれまた巨大なブレードを握っており、手当たり次第に目に付く設備を破壊し始めた。


「な、なぁにをするんじゃ!ワチの大切な仕事場を荒らすんじゃない!」

『黙れジジイ!これはレイフー社から正式に受領した依頼だ!貴様らごとこの工場を潰してやる!』

「なんでレイフーがワチシ達のちっぽけな工場なんて壊す必要があるのよ!」

「ちっぽけは余計じゃ!」


 止めに入ろうにも暴れ散らかす巨大なロボットには手も足も出せず、ゲンジイとナグリは声を張り上げる事しか出来ない。

 アビスはオスカーの体内へと戻り、様子を伺っている、


「あのロボット……何者なんだ?」

「恐らくランナーの一人だろう、何故かは分からないがこの工場を破壊する依頼の為にここに来ているんだ」

「それじゃあ……ここに何か重要なモノが?」

「ワ、ワチは知らんぞそんなの!チェッカーボード社の工場なら知らんがこんな場所で何か隠してコソコソ作れるものか!」

『ん?ジジイ、今なんて言った?』


 ゲンジイの言葉に耳を傾けようとカメラを向けるロボット。

 攻撃の手が一時止まり、静寂が流れる。


『ここはボード社の工場じゃないのか?』

「どこからどう見てもそうでしょ!あんな大企業がこんな所でちまちまサブダイバー造ってると思ったの?」

『な、なんという事だ……散々道に迷った挙句、ここは目的の場所ですらないのか……』

「……カノンさん、さっきから皆が言ってるサブダイバーっていうのは?」

「メトロにおける汎用作業艇で人型に変形する物が主にそう言われている。今目の前に居るこのアホ面もサブダイバーに分類されるロボットだ」

「なるほど……」


 暫く大人しくしていたかと思われたロボット改め、サブダイバーだったが、突如痺れを切らしたように再び動き出し、手に装備したブレードで設備を叩き潰し始めた。


「ちょちょちょ、何をしとるんじゃ!?」

「ここ壊してもしょうがないでしょ!?」

『うるせぇぞ!どうせ企業の上層連中なんざこの辺りの事情なんて露程も知らねぇんだ!適当にぶっ壊して成果をでっち上げちまえばこっちのモンだろ!』

「……横暴すぎる」


 轟音が施設内に反響し、鼓膜を震わせる。

 そんな中、オスカーはサブダイバーの頭上にクレーンが天井からぶら下がっているのを発見した。

 自らのヘアバンドに宿っているであろうアビスに聞こえるように、彼は囁く。


「あの触手を伸ばす奴……アレであのクレーンを引っ張ってサブダイバーにぶつけられないか?」

『ワタシだけじゃ難しい。さっきので少し消耗したから。でも、オスカーの体を貸してくれれば、なんとか』

「……分かった、やってみよう!」


 アビスの言葉を聞き、鋭く右手を天井に向けたオスカー。


「アビー、頼んだ!」


 直後、オスカーの腕から湧きだす無数の黒い触手。


「げっ!?なんだアレ!?」

『おいそこのバンダナ!なんのつもりで――』


 異様な姿に隙を突かれたサブダイバーの上部を触手達が通り過ぎ、クレーンを縛り上げる。

 自らの腕から伸びた触手を握り締め、綱引きのようにぐいと引っ張るオスカー。

 ギシギシと金属の悲鳴が響き渡ったその直後、何かの箍が外れたかのようにクレーンが落下した。


『うぉっ!?これが狙いでぇ!?』


 咄嗟にブレードを頭上に掲げ、落下するクレーンを受け止めようとしたサブダイバーだったが、その重量と勢いは防げず、鋼鉄の刃はひしゃげてへし折れた。

 折れた刀身が地面に突き刺さり、落下したクレーンはサブダイバーの頭部に直撃。

 衝撃が加わった頭部とカメラは潰れ、よたよたとバランスを失っている。


『くそっ何なんだ!高かったんだぞそのパーツ!』

「オンジ!」

「っしゃらああ!お客さんだけに任せてられんわぁああ!」

「ナグリ!?ゲンジイ!?」


 機体の制御に気を取られているサブダイバーの足元に向けてゲンジイを肩車したナグリが突撃していき、装甲と装甲の隙間にゲンジイがワイヤーカッターのような大型の工具を突っ込み、ケーブルをねじ切る。

 直後、煙を大量に吐き出しながらサブダイバーが膝を地面に突いた。


『なっ!?』

「アイレム伝達系統のケーブルを切った!」

「アビー!あの刃を!」

『わかった』


 再びオスカーの腕から現れたぬらりとした触手が、地面に突き刺さっていたブレードの刀身に巻き付き、ギチギチと音を立てながら持ち上げようとする。

 それを見たカノンは長く頑丈な鉄パイプを拾い上げ、僅かにブレードの下に出来た隙間に差し込み、てこの原理で地面と刀身を引き離す。


『ちくしょう!こんな工場ぶっ壊して――』

「ぶっ壊されるのはお前だ!」


 地面から解き放たれたブレードを持ち上げたオスカーとアビス。

 強烈な重量の鋼鉄の塊を地面に引き摺らせ、火花を撒き散らしながらサブダイバーへと接近する。


『てめぇ他人のモノ勝手に使いやがって!クソが!こんな負傷すぐにリペアして……』

「オスカー!サブダイバーに自己修復の隙を与えるな!一気に叩き壊せ!」

「あぁっ!」


 グンと遠心力を利用してブレードを振り回し、その勢いを利用して振り被る。


『なっ、待て!待ってくれ!』

「待てない!」


 空気を切り裂き、振り下ろされた鋼鉄の刃。

 それはサブダイバーの胴体を叩き潰し、鈍い音を響かせた。


「やった!」

「うぉい手を離すな!」


 ガッツポーズをするナグリと、手を離されバランスを崩したゲンジイ。

 一瞬の油断がその場の空気を支配したその時、バコン!という騒音と共にサブダイバーの背面が勢いよく開き、弾き飛ばされたオスカーの体が地面に転がる。


「痛っ!」

「大丈夫かオスカー!」

『クソが!癪だけどこのまま言いなりになるのも気に食わねぇ!』


 開いた背面の中から現れたのはカプセルのような形状をした小型の飛行物体。

 一目でそれが脱出用のポッドだとオスカーは理解した。


『ここは修理工場なんだろ!?俺の相棒を変な使い方したらぶっ殺してやるからな!』

「知るか!こんなスクラップ、何の足しにもならんわ!」


 飛び去るポッドに向けてゲンジイは怒鳴り続けたが、やがてビル群の中に紛れ見えなくなる頃には落ち着いた様子で工場内を見回していた。


「すまないゲンジイ……私がもっと早く対応出来ていれば」

「大丈夫大丈夫!ここはいつもこんな感じでボロだし、サイコ共に荒らされるのも慣れてるから!」

「そうじゃな。いつもボロは余計やけど!しかし……」


 完全に機能停止したサブダイバーの残骸を見つめるゲンジイ。

 胴体の装甲はひしゃげ、脱出ポッドを兼任しているコクピットが飛んで行ってしまった為もう使い物にはならないようだ。


「脚のケーブルも切っちまったし、動力源のアイレムリアクターは脱出ポッドに内蔵されているからコイツはもう空っぽじゃ。下手にリペアするより買い直した方が安く済むのう」

「捨てちゃうんですか?」

「ん?オスカーよ、お前さんの世界じゃ壊れたモノはすぐ捨てちまうくらい裕福だったんかい?」


 ゲンジイの言葉に、オスカーは首を左右に振った。


「コイツのパーツ、バラせばいくつかオスカーくんのバイクの改造に使えるよ!」

「いやでも勝手に……」

「いいんじゃよ。ヤツにはあぁ言ったが、ここでは奪った者、勝ち取った者が自分の好きにしていいんじゃ。その優しい気持ちも大事じゃが、皆生きる為には目の前にあるモノを必死で活用するしかないんじゃ。ま、もちろん全部新品で直してやっても良いがな!値は張るがワチ達の工場修理費だと思って――」

「じゃあお願いします……コイツもこのまま捨てられるくらいだったら、動けた方が良いだろうし」

「そうだねそうだね!オスカーくんもそこが分かればここでも生きていけるよ!」


 オスカーの背中をバン!と平手打ちするナグリ。

 その勢いに弾き飛ばされるようにしてオスカーの中からアビスがはみ出した。


「そうだな……では私もこの街のルールに則るとするかな。オスカーの装備もそろそろ調達したい頃だったしな」

「カノンさん?」


 地面に横たわる鋼鉄の刃の残骸に目を落とすカノン。

 主を失っても尚、その刀身は重々しく、そして鈍く輝いていた。

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