08 工廠
メトロ上空を飛ぶ小型トラック。
その荷台にオスカーとアビス、カノンは居た。
「本当に空飛ぶトラックだったなんて。どういう仕組みで飛んでるんだろう」
「アイレムリアクターという装置がこの世界の多くのマシンに積まれている。混界に満たされたケイオス粒子を圧縮して表世界を構築するアイレム粒子へと変換して、またそのアイレム粒子をケイオス粒子に分解する時に莫大なエネルギーを発生させるといった仕組みだ。そのエネルギーで混術演算装置を駆動させて物体を飛ばしているんだ」
「……?えっと、よく分からなかったけど……この世界には魔法があるっていう事なのか?」
「ふむ、魔法とは少し違うな」
上空を飛んでると言っても、空を覆うビル群のせいでそこまで高い場所を飛んでいる訳ではない。
地上にもそれなりに高層建築物が立ち並んでおり、それらの隙間を縫うようにしてトラックや他の車両は走っている。
時には傾いた建造物や崩れかけのビルに接触しそうでヒヤッとする事もあるが、ゲンジイの荒い運転に揺さぶられていてはもはや気にする暇さえ無かった。
「この世界には知っての通り、多種多様な技術が流入し混在している。そのままだと技術同士の規格が合わずインフラが混乱するだろう?その為に中枢管理組織のユグドはこのメトロ全域における技術の統一規格を制定した。それが『
「言語統合サービスみたいな……あ、言語統合サービスも混術を用いてるのか」
「そう。混術はその名の通り複数の技術体系を混合させてその相互関係で成り立たせている技術だが、大別して『科学』と『魔術』を組み合わせて完成されたモノだ」
あんなに高く見えたはずの天井も近付いてみるとその詳細が垣間見える。
高度に発達した文明を思わせる装置によってビル群は浮遊しており、この一枚隔てた上では同じヒトビトが確かに生活しているのだろうという気配も感じ取れた。
「アイレム粒子は世界によっては『魔素』や『マナ』と呼ばれ、魔術の基礎的なエネルギーとして扱われる物質だ。その性質を一定の周波……例えば術者の脳波などに呼応して如何様にも変える事が出来る。その周波数をマシンや装置によって再現し、機械的かつ科学的に制御された魔術を確実に発生させる。それがこの世界における『混術』の仕組みだ」
科学と魔術によって支えられる街。
何もかもが複雑に混ざり合ったこの都市を映す影のようだ、とオスカーは思った。
「要するに、このトラックも、あのビル群も、機械によって制御された魔術によって空を飛んでるという事になるのか」
「そういうことだ。まぁ、話半分程度に頭に入れておけばいいさ」
「おぉい!そろそろ着くぞ!」
ゲンジイの声と共に、トラックが降下を始める。
その振動に不意を突かれた居眠り中だったアビスがコテンと荷台の床に転がった。
ーーーーー
「おぉら!お客さん連れて来たぞ~!」
「おっ!オンジお帰り!」
ガラクタと油で散らかった工場内に響き渡る溌剌とした少女の声。
オスカー達を迎え入れたのは、作業服を身に纏いオレンジ色の髪をもみ上げの辺りで三つ編みにした女の子だった。
その身長はオスカーとさほど変わりないが、女性にしては高い方と言える。
「孫娘のナグリじゃ。ワチとこの工場を切り盛りしとる」
「お客さんこんにちは!キミがドリフのオスカーとアビスだね!」
「こんにちは。よろしく」
お互い手袋を嵌めた手で握手をするオスカーとナグリ。
顔を近くで見たオスカーは彼女の顔の両側に垂れる二つの三つ編みが髪ではなく、髭を綺麗に整えて結んだものだと気付いた。
今しがた握り締めた手も自分より一回り大きく、彼女もまたミゼルグという種族なのかと疑問に思う。
「ナグリはミゼルグとギガス……巨人族のハイドラだ。結果としてお前さんたちのようなロイド族と似た見た目になったのは面白いな!」
「ハイドラにロイド……いろんな種族の呼び方があるんですね」
「ワチシのようなハーフはここではハイドラって言うんだ!オスカーくんみたいなのはロイド族って言われる事が多いと思うよ!慣れないと思うけど、正直みんな生まれ持った種族なんて関係なく生きてるから気にする必要ないと思う!」
そばかす顔を笑ませながら喋るナグリの言葉は祖父のゲンジイとよく似たモノに感じられた。
「それらをひっくるめた『人類』って言い方がある以上、それがワチ達って事だからな……さぁてお客さんの様子を見るとするかな!」
「よっ!待ってました!」
「……」
「なかなか新しい事ばかりで、その上こんなに騒がしいと疲れるだろう」
「カノンさん……いや、大丈夫だよ」
『人類』。
この世界では、獣のような種族やゲンジイのように小さな種族、話によれば巨人のような種族もいる。
もちろん、自分のような『
しかし結局は全てが一纏めにされて『人類』と呼ばれるのなら、その判断基準は一体何なのか。
そして、人類同士が争うのは結局どの世界も同じ。
それらの疑問が頭をよぎり、オスカーは表情を曇らせた。
改めて、この世界が多種多様な者達を……『ヒトビト』を受け入れ生きられる環境でありながら、その結果はユートピアなどではなく、ディストピアに成り果てていると再認識したのだ。
元の世界では自分の性質によって社会に馴染む事が難しかったオスカーにとってこの世界はひとつの求めているカタチであって欲しいと何処かで思っていたが、そのような『望み』だったからこそ、このような『疑問』へと姿を変えてしまった。
「……まぁ難しく考える必要はないさ。大勢のヒト達が、自分の求める事を好きなようにやって好きなように生きていくと、何処かで干渉して、削れてしまう部分が出てくる。精密に噛み合う歯車でさえ、実際は少しずつ削れてしまうものだ。デコボコとした私達が何とか組み合わさってこの街を作り上げている以上、摩耗していくのは仕方がない。だから、このシステムをどうにかする事も、歯車のひとつである私達には変えられない。この街で大切なのは、混沌の渦に吞み込まれても自分を見失わず、自分らしく生きていくこと、ただそれだけなんだ」
「自分らしく、か……」
カノンの言葉に、オスカーは自身が旅人であったことを思い出した。
空っぽな自分に、旅はいくつもの埋め合わせをしてくれた。
複雑に絡み合った『縁』の糸が、一筋の『自分』を編み出してくれた。
「ナグリ!このエンジンまるごと小型リアクターととっかえるぞ!」
「オーケイ!やっぱり外の世界のモノは面白いねぇ!」
「――オスカー、この世界はヒトとヒト同士の関係によって成り立っている。良い事も悪い事も。この混沌の中に一人きりでは、生きていけないんだ。旅人だった君なら分かるはずだ。ただそれだけを忘れなければいいんだ。何より、もう私やゲンジイ達、それにアビス。たくさんの繋がりが出来ているだろう?まぁこの言葉も私の友人の受け売りなんだがな」
「……そうだな」
ならば、この世界でもそうしていこう。
仮に旅と言える程の大きな冒険を、足を動かして何処までも歩くような事をせずとも、旅人としての自分の生き方を忘れないでいよう。
自分らしさを、この混沌の渦の中で見失わない為に。
そうしみじみとオスカーは心の中で自身の意志を再確認していた――その時。
「……っ!ゲンジイ!ナグリ!危ない!」
「な、なんじゃあ!?」
ガガガガガと鳴り響く異常な騒音。
崩れ落ちる工場の天井を支えていた鉄骨。
「天井が!」
「鉄骨、止める」
咄嗟に動いたアビスが降り注いできた鉄骨を触手で受け止め、何とかゲンジイとナグリが潰されるのを防いだ。
『ここか!やっと見つけたぞ目標地点!今から任務を開始する!』
正面から聞こえる無線を通したような声。
オスカーが顔を向けるとそこには、壁を突き破り現れた巨人……否、二足歩行の巨大なロボットがその紅く光る一つ目のカメラセンサーをぐりぐりと動かしながら工場内を物色していた。
「サブダイバーだと……!?」
機械仕掛けの巨人を見たカノンは、驚愕の表情と共にそう言い放った。
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