第26話 光によって伸びる影

 今日は咲絆の提案により真姫が小説のことを一旦忘れてリフレッシュするため、お台場の室内型遊園地にやってきた。


 遊園地に奇数で行くのはアトラクションに乗る上で不便なので人数合わせで圭佑を連れてきた。


「珍しく翔夢が遊びに誘ってくれたかと思ったら、このメンツは明らかに人数合わせだよな?俺の場違い感が凄いんだけど」

「そんなことないぞ。真姫先輩が圭佑がいれば楽しくなるからってご指名してくれたんだ」


 突然翔夢の口から自分の名前が出たことに驚いた真姫だが、自分がだしに使われたと理解した。


「そういうことだから。早海君、今日はよろしくね」

「お任せください!早海圭佑、真姫先輩が楽しめるように全力を尽くします!」


 張り切る圭佑の後ろで真姫は翔夢を睨みつけた。


「それよりみんなは明後日からの期末テストは大丈夫なの?」


 入園前に真姫の口から不穏な単語が出てきて三人は硬直した。


 今日は七月に入ってから最初の土曜日であり、明後日から期末テストが始まる。


 テスト前に遊びに行くのは現実逃避であり、諦めでもあった。


 そして三人は揃って成績がよろしくない。

 咲絆に限っては今年が受験だというのに。


「やっぱりね……明日付け焼き刃だけどみんなで勉強しましょうか。私が教えてあげるわ」

「じゃあ今日は思いっきり遊ぼう!」


 本当に受験生なのか二年生の翔夢が疑うほど、咲絆はあっさりと勉強を忘れて遊びに専念することにした。


 テストのことを頭の片隅にしまい、四人は遊園地に入場した。



 まず始めに乗るのは遊園地の定番ジェットコースターだ。


「いきなりこれに乗るのね」

「どうせ乗ることになるんですから。それに室内のジェットコースターなんて大したことないっすよ」


 そう言った圭佑は大口を叩いて列に並んだ。


 やがて順番が来てジェットコースターに乗った圭佑は――


「気持ち悪い……まさか一回転するなんて」


 圭佑の並んでいた時の余裕はとっくに消えていて、今にも吐きそうな顔で座っていた。


「高低差がない代わりに回転と速度があって楽しかったわ」

「普通にスリルがあってよかったな」

「爽快で楽しかったね」


 圭佑以外はジェットコースターが大丈夫なので楽しそうに感想を言い合っていた。


 少し休んだ後、圭佑を引きずって次のアトラクションの列に並んだ。


 四人が並んだのは振り子のように揺れる二人組で乗るアトラクション。


 振り子のように横に揺れるのに加えて、揺れている時に中心でタイミングよく足元を踏むとその乗り物自体が回るというスリルあるアトラクションだ。


 最後にどれだけ回ったかの得点が出るようになっている。


 翔夢、圭佑ペアと咲絆、真姫ペアで乗ることになった。


「いっぱい回して一位目指そうぜ」

「これ以上回ったら、本当に吐くぞ……」


 ジェットコースターとこの乗り物がこの遊園地の二大巨頭らしく、四人の順番が来るまで一時間ほど並んだ。


 四人は二人組に分かれてアトラクションに乗った。

 動き始めると翔夢はタイミングよく足元を踏み、すぐに回転させた。


「お前回しすぎ!吐くからやめろー!」


 回転し続ける翔夢達が一番得点が高いと思いきや、隣の咲絆達も負けてはいなかった。


「この乗り物、二人でタイミングよく踏めば二倍回るみたいよ」

「じゃあ二人でいっぱい回そー!」

「ええ。翔夢君達に負けてられないわ」


 対抗心を燃やしつつアトラクションを楽しむ真姫の笑顔はとても自然だった。


 乗り物が止まり、四人が降りると得点が表示された。


 一位は真姫と咲絆のペアで、翔夢達は二位だった。


「やったね真姫!」

「すごく楽しかったわ」

「くそ、負けたか……でも楽しかったな。やっぱり二人で協力して踏まないと。圭佑踏んでなかっただろ」

「俺が踏んでなくてあんな回るのかよ!」


 圭佑は踏まなくてよかったと心から安堵していた。


 二つのアトラクションは列も長かったため、あっという間に昼になっていた。


 四人は昼食をとるために二階のフードエリアに向かった。


 フードエリアにはいくつもの店があり、四人はそれぞれ思い思いの物を食べ、休憩した。



 その後一行は車のジープの形をした乗り物に乗り、ジャングルツアーをするというアトラクションの列に並んだ。


 三十分ほどで四人の番が来た。


 ジャングルツアーの映像が大画面のスクリーンに映り、スクリーンの車の揺れなどに合わせてアトラクションも揺れるので想像以上に臨場感があった。


 中でも落下する場面では本当に落ちているかのような浮遊感が襲ってきた。


 前後の客と圭佑は「キャー!」と声を上げていて、さすがの翔夢も手に力を入れた。


 その時、自然と隣に座っていた咲絆の手が伸びてきたのだ。


 翔夢は一瞬躊躇ったが、二人はゆっくりと指を絡め、手を繋ぐと強く握りしめた。


 その時の咲絆がどんなことを思って、どんな顔で手を繋いだのかは翔夢も顔を背けていたため分からなかった。


 だが、その瞬間だけ二人には心臓の鼓動しか聞こえなかった。


「乗り物自体が落ちてたわけじゃないのにこれが一番ドキドキしたわ」

「そうすか?俺はやっと慣れてきたんで結構楽しかったっすよ」


 降りた後は四人とも胸を撫で下ろしていた。


「その割には女の子よりも声を出していたわね」

「ちょっ!それは忘れてくださいよー」


 真姫に笑われながらからかわれている圭佑は顔を真っ赤にしていた。


「咲絆さんもさすがにあれはドキドキしたわよね?」

「うん。ドキドキ……したかな」


 真姫に返事をする咲絆は一瞬翔夢と目を合わせていた。


 それを圭佑は見逃さなかった。


「俺は少し休憩してるから最後の方に緩い乗り物は残しといてくれ。後で合流するから」


 そう言ってみんなが返事をする前に圭佑は手を振ってその場を去った。


「私もハードなのは十分楽しんだわ。早海君とお茶でもしながら待ってるわ」


 真姫も二人が返事をする前に圭佑の後を追いかけて行ってしまった。


「行っちゃったな。まぁ真姫先輩が楽しめたって言うならそれでいいか」

「うん。今日の真姫はすごく笑顔が多かったから本当に楽しんでたよ。まだ時間はいっぱいあるから二人で回ろうよ」


 翔夢は「そうだな」と言って咲絆の歩幅に合わせながら隣同士で歩き、次に乗るアトラクションをあれでもない、これでもないと言い合いながら遊園地の人混みに消えていった。



 圭佑に追いついた真姫は圭佑を唯一の屋外であるテラスに誘い、自販機で飲み物を買ってから少し間を空けて座った。


「もう空気を読むのはやめたんじゃなかったの?」

「さすがに人並みは読みますよ。それにあいつらはああやって二人にしないと進展しないっすよ」


 圭佑は缶コーヒーを飲みながら「手間がかかるやつらめ」と、お台場の海に半分も思ってもない愚痴を投げ捨てた。


「本当にあの二人はお似合いよね。早く付き合っちゃえばいいのに」

「それ俺も思って翔夢に聞いたんすよ。そしたらあいつ――」


 圭佑はいとも簡単に翔夢が草津で話した――咲絆のことをいつから好きか分からないからまだダメだという、大事なことを真姫に話してしまった。


「これ、翔夢に言わないでくださいよ。俺がボコられます」

「分かってるわよ。でもそういうところが翔夢君らしいわね」


 翔夢が咲絆と付き合わない真相を知った真姫は、太陽が空を赤く染め始めるまでボーッと見つめていた。



 最後に四人は合流し、揺れなどがなく純粋に楽しめるアトラクションや併設されているゲームセンターの四人用のゲームで楽しみ、遊園地を後にした。


 四人が遊園地から出た時には夕日が目線の高さまで落ちていて、あと少しで夜が訪れそうだった。


 四人の影は落ちていく夕日によって目に見えるほど刻々と伸びていた。


 太陽が低く、そして遠くにあるほど影が伸びると、真姫は少し前を歩く翔夢と咲絆の影を見ながら授業で習ったことを思い出した。


 ――遠い存在の二人が私に近いところで輝けば輝くほど、私の影は色濃く伸びていく。ほんと、授業で習った通りね。


 今にも引き裂けそうな胸を抑える真姫の影は伸びていき、やがて――建物の影と重なり消えていった。



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