第25話 消えない夢
新たに半透明になるという精神具現化現象を発症した真姫から話を聞くために家に入れてもらった。
真姫の家は住宅街にある一戸建てで、この住宅街には同じ形の家が何件も建っていた。
翔夢の中で真姫は高嶺の花のようなイメージがあるので、勝手に豪邸に住んでいるのだと思っていた。
「案外普通の一戸建てでしょ。よく同級生にもイメージと合わないって言われたことがあるわ」
「いや、そんなことないです」
顔に出ていたのか、翔夢は心の中を読まれて慌てて首を横に振った。
「この家を買ったのは両親だもの。私がラノベ作家をしているだけで、別にお金持ちってわけでもないから私って普通なのよ」
成績優秀で落ち着いた性格、加えて作家の真姫は周りから高嶺の花のような存在と思われていることは重々承知なのだろう。
二人はリビングに通され、真姫は冷蔵庫からお茶を出した。
「今飲み物出すから座ってて」
二人は促されるままに隣同士でリビングの椅子に座った。
お茶を持ってきた真姫はテーブルにお茶を置くと咲絆の正面に座った。
「今日は真姫先輩が長く学校に来ないから様子を見に来たんだけど……まさか精神具現化現象を発症してるとは」
「それが原因で学校に来なかったの?」
「まぁ精神具現化現象が原因ってこともあるけど……その、これの原因が原因というか……」
真姫はバツが悪そうに歯切れの悪い返事をした。
「つまりもう透明化の原因は分かってるのか?」
「そうよ。でもそれは今解決できそうにないの」
初めから精神具現化現象の原因が分かっているのはいいことだが、真姫は一向に原因の詳細を言わない。
「それって真姫が新刊を出せなかったこと?学校を休んでたのもギリギリまで小説を書こうとしていたんでしょ?」
真姫の気持ちもお構い無しに咲絆は原因の答え合わせをした。
「……そうよ。私は今スランプで小説が書けないの。スランプと精神具現化現象の発症は同時期だし、悩みはこれくらいしかないからスランプが原因なのはほぼ確定よ」
真姫は諦めたのかため息をついて白状した。
「たしかにスランプ解決が難しいかもな。俺達じゃ作家のスランプはわからないしな」
「でも今は足だけが半透明だけど、冬音ちゃんみたいに心境によって変化するタイプだったら最悪全身半透明になっちゃうよ。作家じゃない私達が出しゃばりなのは分かってるけど何かできることがあれば協力するよ」
いつもより解決に協力的で真剣な眼差しの咲絆を翔夢は横目で見ていた。
「ありがとうね。もし何かあればその時は二人に頼るわ」
真姫は微笑んで咲絆に感謝した。
解決方法を各自で考えることにして今日は解散した。
その日の夜。
咲絆は夕食の時間にラノベ作家である父の慧にスランプについて尋ねた。
「スランプか……作家によって原因も違えば解決方法も違うから一概には何とも言えないな。俺は一旦小説を忘れるくらい遊んで気分をリフレッシュさせることがほとんどだけど」
「真姫ちゃんがスランプになるのはこれが初めてだからね。スランプに慣れてない初めが一番立ち直りにくいのよねぇ」
真姫の担当編集者で母の唯衣は食器を洗いながら曇った表情を浮かべていた。
「新刊の延期が決まるギリギリまで粘ってたけど全くダメだったみたいだし、二人で話し合って私はあまり関与しないことにしてるわ。真姫ちゃんなら大丈夫だって信じてるしね」
「小説を忘れるくらい遊ぶかぁ。やっぱり出かけるのが無難かな」
咲絆は慧の解決方法を参考に一度真姫にリフレッシュしてもらうことにした。
早速咲絆は近場で楽しめるところを探し始めた。
咲絆の目を引いたのは室内型の遊園地だった。
室内でジェットコースターもあり、遊ぶにはもってこいな場所だった。
咲絆は二人にこの遊園地に行かないかと提案した。
探しているうちに深夜になっていたが二人からはすぐに返信がきて、週末に行くことが決まった。
人のいないスクランブル交差点。
どれだけ経っても変わらないコスモクロック21。
漂白されたかのような脱色した風景。
見覚えのある公園のベンチに座る一人の女性。
そんな虚ろな景色がコマ送りのように流れていく。
そして気がつくと――朝日が差す翔夢の部屋だった。
「今のは、夢か?」
目もろくに開かない翔夢は、夢とは少し違うという感覚に襲われた。
そしてその記憶は夢とは違い、数日経った週末の今日までもはっきりと脳裏に焼き付いていた。
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