第23話 それぞれの決断

 ―次の日―


 二人は朝風呂に入り、最後の温泉を堪能して朝食を食べてからホテルのチェックアウトをした。


 その後、草津名物の湯もみを見ることにした。


 湯もみとは草津で江戸時代から伝わるもので、源泉を冷ますために編み出された入浴方だ。


 二人は湯もみが見れる場所に到着し、チケットを買って待機した。


 時間になると、数人の女性が自分の身長よりも大きい板を持って出てきた。


 その板を湯に入れてもむ姿は圧巻だった。


「自分の身長よりも大きい板を大きく振れるなんてすごいな」

「温泉から出る熱気がここまで伝わってくる。近くで湯もみしてる人達は相当熱いんだろうな」


 男子高校生でも驚くほど湯もみは迫力があり、力がいるものだった。


 湯もみは草津の伝統的な民謡と共に数分間行われた。


 終わった後も圭佑は耳に残る民謡を口ずさんでいた。



 二人はお土産用の温泉饅頭を大量に買ってバスターミナルに向かった。


「バスが来るまで時間あるし外の足湯に入って待ってようぜ」


 そう言って圭佑はバスターミナルの外にある足湯に小走りで向かった。


 翔夢も後を追いかけ、足湯に入ると予想以上に温度が高く足が焼けるようだった。


「めちゃくちゃ熱いんだが!翔夢、湯もみしてくれ」

「無茶言うな。でも慣れてくるといい感じだぞ」

「これで草津旅行も終わりかぁ。めっちゃ楽しかったな」

「だな。俺さ、昨日の話をしてから決めたことがあるんだ」


 翔夢は突然真剣な顔をし、深呼吸をして予想外の言葉を放った。


「夏休みオープンキャンパスに付き合ってくれ」

「お前……いいのか?アメリカに行かなくて」

「いいんだ。俺の本当の夢を見つけたんだ」


 翔夢の覚悟を決めた顔を見て、それ以上圭佑は何も言わなかった。


 いつの間にかにバスの時間になり、二人はバスに乗り草津をあとにした。


 特急に乗り、二人にとって実りある一泊二日の旅行はこうして幕を閉じた。



 ―次の日―


 放課後、圭佑は紅音の待つカフェに向かった。

 お土産を渡し、決断したことを伝えるためだった。


 いつもは紅音より早く来ることを心がけている圭佑だが、圭佑が到着すると紅音は既に席に座っていた。


「お待たせしてしまいすみません。あ、これお土産です。旅行のプレゼントありがとうございました」

「いえいえ。わざわざお土産までありがとうございます。翔夢様とは有意義なお話をできましたか?」


 圭佑は昨日から何度も心の中で反芻はんすうした言葉を言おうとしたが、喉の奥で詰まってしまった。


 会話が止まり静寂が続いていると、圭佑の頭にふと、昨日の翔夢の言葉が浮かんだ。


(俺の本当の夢を見つけたんだ)


 ――あいつも決断をして前に進もうとしてるんだ。

 友達として、ライバルとして俺だけ逃げるわけにはいかないんだ。


 翔夢の勇気が圭佑の詰まっていた言葉を押し出した。


「紅音さん、自分勝手で悪いとは思っているのですが、許嫁の関係はもう、終わりにしませんか?」


 その言葉を聞いた紅音はスっと心が晴れたかのようににこやかに笑った。


「いいですよ。これでやっとになれますね」

「対等?」

「だって許嫁の関係が終わった私達は今日から友達ですよ?家柄なんて関係ないんです」


 圭佑は紅音の予想外の反応に困惑の表情を浮かべた。


「じゃあ、僕達は今日から友達?ということで……」

「はい!なので圭佑様は学校のお友達と同じように私に接してください」


 紅音の真の狙いは偽りの関係をやめ、友達になることだった。


 紅音にとって友達になることは関係が白紙になることではなく、関係が進展することだった。


 その事に気がついた圭佑は紅音と接していた時の礼儀正しさ、二人の前に敷いていた線を全て取払った。


「わかった。これからもよろしくな、紅音」

「はい!私達は今日からお友達です!」


 二人の関係は二人が満足する最高の形に変化した。


 その日、許嫁をやめたことを親に伝えた圭佑は予想通り勘当されたが、後悔はしていなかった。


 だが、行き場を失った圭佑の居候を許してしまった翔夢は若干後悔していた。



 何はともあれ精神具現化現象が解決し、翔夢の日常に平和が訪れてから二週間後。


 翔夢の日常は――否。翔夢と圭佑の日常は一人の転校生によって少しだけ波乱を迎えることになった。


「今日から転入いたしました――円城寺紅音です。皆様よろしくお願いします」


 紅音のウインクで教室の男子は盛り上がっているが、翔夢と圭佑は頭を抱えていた。


「「これだからお金持ちは!!」」

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