第21話 身も心もさらけ出して
電車からバスへと乗り継ぎ、二人は草津にたどり着いた。
「やっと着いたな。紅音さんの気遣いを無駄にしないために今日は楽しむぞ」
「円城寺さんは本当にどこまで見越していたんだか。でも、たまには男だけで旅行っていうのも悪くないな」
二人はまず、バスターミナルから草津名物の湯畑へと歩いて向かった。
湯畑のある大通りに出ると二人はその光景に感嘆の声を漏らした。
江戸時代に来たかのような木造の建物に、大量の湯気を放つ湯畑と硫黄の香りは二人の日本人の心を揺さぶった。
「京都とか草津って改めてここが日本だって再認識させられるよな」
「わかる気がする。なんか、こう……日本人魂がビビッとくるような感じだろ?」
「まぁそうだけど、お前一応アメリカ人とのハーフだけどな」
二人は景観を眺めながらゆっくり湯畑を一周した。
「これからどうする?草津って温泉以外何があるんだ?」
「さっき電車の中で調べたら草津って食べ歩きで美味いものがいっぱいあるらしいぞ」
翔夢はそう言ってスマホに出ている草津の食べ歩きグルメを圭佑に見せた。
「じゃあ昼は食べ歩きできまりだな!」
こうして昼食の代わりに食べ歩きをすることが決まった。
まず二人が向かったのはゴマソフトとゴマ団子が食べられるゴマ専門店だ。
ご飯のお供や調味料、さらにはお菓子までもがゴマでできていてとても魅力的だ。
二人はそのお店でゴマソフトとゴマ団子を買った。
ゴマソフトは牛乳と卵を使っていないのでゴマ本来の味を楽しめる。
「ソフトクリームなのにゴマの香ばしい味がしてすげぇ!」
「本当だ。牛乳も卵も使わないでどうやって作ってるんだ?」
圭佑はひたすら関心しながらゴマソフトを頬張り、翔夢は作り方などを気にしていた。
ゴマ団子は団子にゴマがまぶしてあるだけのシンプルな物だが、ゴマの香ばしさが団子と相性抜群なのだ。
「白ゴマうめぇ。俺の白ゴマやるから翔夢の黒ゴマも一口くれよ」
「いいぞ。どっちもゴマなのにここまで味が変わるんだな」
ゴマを満喫した二人は次のお店に向かった。
次に二人がやってきたのは草津名物の温泉饅頭が有名なお店だ。
二人は温泉饅頭を二個ずつ買い、歩きながら食べた。
「あんこが溢れそうなくらい詰まってるし、皮もしっとりしていてすごく美味しいな」
あっという間に二個を平らげた圭佑が満足気に頬を押さえている。
「黒糖の味もして甘さがちょうどいいな」
翔夢もあっという間に二個食べ終えてしまった。
次は何を食べようかと迷いながら歩いていると、驚きの物が二人の目の前に現れた。
「おい、翔夢。ぬれおかきだってよ。すごい気になるんだが」
「俺もだ。これ食べようぜ」
興味津々な二人はぬれおかきを一つずつ購入した。
二人は醤油味を買ったが、他にもマヨネーズや黒胡椒、七味などの味もある。
ぬれおかきは焼き鳥のように四つほどが串に刺さっている。
二人は勢いよく一つを丸ごと食べた。
普段のおかきからは想像もつかないような食感と味で二人は驚きの表情を浮かべている。
「あの固いおかきがすごく柔らかいぞ!」
「味も砂糖がかかっててほんのり甘い」
二人は新鮮ぬれおかきを驚きながらも満足気に食べ終えた。
次に二人が訪れたのは、本物の温泉で作る温泉卵が売っているお店だ。
店前には家庭用の子供プール程度の大きさの石造りの水溜めがあり、そこには温泉が湧いていて卵が入った籠が浸かっている。
二人は一つずつ買って、すぐ隣に殻を剥く用のテーブルがあったのでそこで剥いて食べることにした。
「スーパーに売ってる温泉卵よりも黄身が濃厚だ。やっぱり本物の温泉が染み込んでいるのかな」
「全然剥けないんだけど。俺も早く食いたいのに」
翔夢が食べ終わった頃に不器用な圭佑は殻を剥き終わり食べ始めた。
十分に食べ歩きをして腹も膨れたので二人は湯畑の方に戻った。
すると、湯畑の近くに行列を作る焼き鳥屋を見つけた。
「最後にあそこだけ寄ろうぜ。あんな並んでたらどんな焼き鳥か気になるよな」
「たしかに。まだ時間には余裕あるしいいよ」
圭佑の提案により最後に焼き鳥を食べることにした。
三十分ほど並び、ようやく二人の番がやってきた。
二人はネギまとつくねを二本ずつ購入した。
すぐそこにベンチがあったので二人は座って食べることにした。
「焼き鳥に三十分並ぶって相当美味しいんだろうな」
圭佑は期待を膨らませてネギまから食べた。
「すげぇホクホクしてるしタレも美味い」
翔夢はつくねから食べることにした。
「つくねなんて肉汁が出てくるぞ。目の前で炭火焼きされた焼き鳥ってこんなに美味しいのか」
二人は三十分並んだ甲斐があったと口を揃えて言った。
気づけばホテルのチェックインの時間になっていた。
急遽ホテルを予約したので、一流旅館は埋まっていたと紅音は申し訳なさそうにしていた。
二人はチェックインをして部屋に入った。
部屋はビジネスホテルのようなシンプルな色合いだが、温泉街だからなのか持ち運びできる籠に浴衣とタオルが入っていた。
清潔感もあり、アメニティグッズも充実している。
「紅音さんはああ言ってたがいい部屋だよな」
「あの人は感覚が貴族過ぎるからな。そうだ、そろそろ草津と言えばの温泉に行こうぜ」
「そうだな。このホテルにも温泉があるらしいから行ってみようか」
二人は温泉セットが入っている籠を持って温泉に向かった。
ホテルの温泉は室内と外に大きい温泉が一種類ずつとサウナがある。
夜と朝は人がいるらしいが夕方前のこの時間帯には二人以外には誰もいなかった。
二人は体を洗い、露天風呂に向かった。
「この温泉の白色って天然らしいぞ。本当に色んな効果がありそうだよな」
「しかも源泉が近いからめっちゃ熱いらしいぞ」
二人は恐る恐る片足ずつ温泉に入った。
「たしかに熱いな。でも……」
「「気持ちいぃ……」」
二人は疲れが口から抜けていくように大きな吐息を吐いた。
体の力は抜けていき、芯から確かな癒しを感じた。
普通の温泉より温度が高く、長風呂はできそうにないので翔夢は早速この旅行の最大の目的である本題に入った。
「なぁ、圭佑は紅音さんをどう思っててこれから紅音さんとどうしたいんだ?」
「俺は……円城寺さんには感謝してる。でも、恋愛的な意味では好きじゃないんだ」
それは翔夢が予想してた答えだった。
「じゃあなんで許嫁に?」
「俺の家は代々男が功績を残さないといけない家訓があるんだ。祖父は一流大工の棟梁。父は学者で論文が世界に認められた。兄は一流IT企業の社長候補。でも俺には何もなかった。運動でも勉強でも功績を残せるほどじゃなかった。そんな俺は最後の望みとして有名な財閥の人の許嫁になり、結婚しろって親に決められたんだ」
息苦しい家に生まれ、才能のない圭佑は空気を読むことでギリギリ家族だと思われていた。
だが、空気を読めば読むほど自分と紅音への罪悪感が強まり、罪悪感と家族の中でも居場所ができる安堵は比例するように大きくなっていった。
対照的な感情の比例で心は限界を迎え、精神具現化現象を引き起こした。
そんな現状に親友の翔夢ですら、圭佑の本音を聞いて初めて気がついた。
それほどまでに圭佑の空気を読む力は凄まじいものだった。
「じゃあこれからどうする?自分の居場所のために紅音さんを欺いて結婚して、生涯空気を読み続けるのか?」
翔夢は圭佑がどれだけ辛くて限界でも、決して優しい言葉はかけなかった。
それは、今が最初で最後の決断の時だからだ。
今日を逃せば圭佑は二度と分岐できなくなり、その道を生涯歩き続けることになる。
だから同情はせず、決断を迫る。
「前の俺ならそうするはずだった。でもみんなと旅行に行って、翔夢とバスケで勝負して思ったんだ。俺には家族の中で居場所がなくても、楽しく過ごせる友達がいて、こんな自分を慕ってくれる人がいて、自分のこと以上に本気になってぶつかってくれる親友がいるって。空気を読んで居場所を作るんじゃなくて、ありのままの自分を認めてくれる人と居場所を作ることにするよ。円城寺さんには悪いがもう空気も読まない。許嫁もやめる。家も出ていく」
圭佑は決断をした。
今後の生涯にも影響する大きな決断を周りの人達の温かさに触れて決断した。
圭佑の悩みは周りの人達――友達にしか解決できないことだったのだ。
その瞬間、圭佑の精神具現化現象で現れていた眼鏡はガラスが割れる音と共にバラバラになり、空気に溶け込んだ。
「そうだよ。お前には俺達がついてる。俺達は圭佑が空気なんて読まなくても一緒にいたいと思ってる」
「そっか。翔夢、ありがとうな」
「じゃあ話すことも話したし、のぼせる前にそろそろ出るか」
温泉から出ようとしていた翔夢を圭佑は引き止めた。
「俺だけ心を丸裸にするのは不公平ってものだろ。翔夢だって言ってないことが沢山あるんだから全部話してもらうぞ」
「わかったよ。でも本当にのぼせるから部屋でな」
圭佑は納得して二人は温泉を出た。
ホテルのロビーでアイスと牛乳を買って部屋に戻った。
「なぁ、翔夢は咲絆先輩のこといつから好きなんだ?やっぱり幼なじみだから物心ついた時からみたいな感じか?」
「いや、それはない。だって咲絆は――初恋じゃないから」
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