第20話 本気の一騎打ち

 二人は学校近くのバスケットコートが併設されている公園に行くため、血相を変えて空き教室から飛び出した。


 昇降口で靴を履き替えていると、偶然咲絆が外からやってきた。


「あ、翔夢と圭佑君だ。今から帰るならやめといた方がいいよ」

「なんでだ?てか放課後なのにどうしてまた学校に?」


 咲絆の不可解な行動に翔夢は首を傾げながら尋ねた。


「私も今帰ろうとしてて校門辺りで天気予報見たの。そしたらもうすぐ通り雨が降るって予報だったから、傘ないし少し雨宿りしよっかなって」

「そういう事か。雨だってよ、今度にしとくか?」

「まさか翔夢、怖気付いたのか?」

「そんなわけねぇだろ。それじゃあ、俺達これから近くの運動公園でバスケの勝負をしなきゃいけないから」


 睨み合う二人は咲絆を置いて学校を出て行った。


「ふ、二人がバスケの勝負?!」


 それを聞いた咲絆はいても立ってもいられなくなり、紅音にも電話で伝えてあげた。

 すると、すぐに車で向かうと言って電話を切ってしまった。


「相変わらず圭佑君のことになると行動力がすごいなぁ」

 咲絆はやや苦笑いで紅音に運動公園の場所をメッセージで伝えて、二人の後をつけて運動公園に向かった。



 学校から徒歩十分ほどの土手沿いの河川敷にある運動公園。

 放課後になると学生がバスケットコートを譲り合い楽しくバスケをする場だ。


 だが二人が着くと、その場にいた学生全員がバスケットコートから退いた。


 それもそのはず、翔夢は高校生バスケプレイヤーのスターとしてこの地域では有名なのだ。


 そんなスターが間近で1on1をやるのだ。

 この場にいる誰もがそれを観戦したくて仕方がないとうずうずしている。


「観客が多いな。俺達はただ勝負をするだけなのに」


 圭佑が翔夢の人気ぶりに不満そうに呟いた。


「邪魔はされないはずだから一騎打ちに変わりはない」


 そう言って二人は制服を脱ぎ捨て、部活用に着ていたユニホームを顕にした。


 二人が向き合うと辺りは静寂の空気に包まれた。


 二人が試合を始める直前に咲絆と紅音は到着した。


「咲絆様、こんな大事なことを教えていただきありがとうございます」

「いえいえ。でも二人が――特に翔夢が誰かと1対1で勝負するのはすごく珍しいよ。だからそれほどこの勝負には、意味があると思う」


 咲絆と紅音は土手の上から二人の勝負の行く末を見届けることにした。


 バスケの1対1はディフェンスからオフェンスへパスされた時から試合が開始され、シュート、またはブロックされると攻守交替となる。


 通常のバスケの2ポイントエリアからのシュートは1点。

 3ポイントエリアからのシュートは2点となる。


 先取りの点数は地域や人によって異なる。


 今回はジャンケンで勝った圭佑が最初はオフェンスで、8点先取りで勝敗が決まる。


 睨み合う二人を横目に雨が降り始めてきた。


 それでも外野は誰一人帰る素振りを見せず、静寂で痺れるような空気の中、翔夢のパスによって想いがぶつかる勝負は始まった。



 ボールを手に取り、圭佑の得意とする速さで速攻勝負に出ようとしたが、翔夢と対峙するとまるで目の前に自分を取り囲むような壁が存在する錯覚を覚えた。


「こいつと対峙したやつはみんなこんな感じなのかよ」


 抜けっこない――圭佑はそう言いかけたがその言葉を口にした瞬間、この勝負に決着がつく気がし、寸前のところで飲み込んだ。


 圭佑はフェイントで翔夢の隙をつき、速さで抜こうとしたが為す術なくブロックされてしまった。


 そして攻守交替をし、圭佑が翔夢にボールをパスして試合が再開した。


 翔夢は前足を軸にして体を回転させ、圭佑が回転した方向に焦点を当てた瞬間に反対側から抜けて軽々しいステップでシュートを決めた。


「まだまだここからだからな。もう降参か?」

「言ってろ。翔夢のプレイスタイルがだんだん分かってきた」


 二人は不敵な笑み浮かべて試合を再開した。



 それから試合は続き、翔夢が4点で圭佑が0点だ。


 今は翔夢がオフェンスで圭佑がディフェンスのターンだ。


 翔夢がシーザスという前足に体重をかけてその方向に行くと思わせ、反対側から抜くという技で圭佑を抜きゴールまでボールを持って行きシュートを決めようとした時、圭佑がすぐに立て直し脅威的なジャンプ力で翔夢のシュートをブロックした。


「なんだよその脚力、どうやったら一メートル近くも跳べるんだよ」

「もうここからは簡単に点を取らせないぞ」


 ここから圭佑の逆転が始まった。


 フェイントと足の切り替えを素早く行い、翔夢の追いつけない速度で抜いてシュートを決めた。


 更にはレッグクロスという技で一瞬詰める素振りをして相手を引かせて自分と相手の間合いを広くし、翔夢のブロックできない高さまで跳んで3ポイントエリアからシュートを決めた。


「高校で翔夢に出会ってから今までどうやったらお前に勝てるか算段をつけてたんだ。未来のトッププレイヤー候補だかなんだか知らないけどな――俺はお前を超えるぞ」

「ライバル視してたのが自分だけだと思うなよ。俺はお前の速さについていき、力と磨いてきた技で完封する」


 有名な翔夢に並ぶ無名のプレイヤーに外野は騒いでいた。


 紅音と咲絆は二人がどんなプレイをしようと、動じることなくただ無言で行く末を見守っていた。


 翔夢の重心や軸を使った技は圭佑の速さに完封されて思うように得点を入れられずにいた。


 一方圭佑はさらに高く跳び、翔夢がブロックできないようにダンクシュートを決めた。



 圭佑の逆転で翔夢は5点で圭佑が6点となった。


「次で勝って俺の想いの方が強いことを証明する」

「もうお前は点も入れられないしブロックもできないようになる」


 翔夢は額の汗を拭い、心底楽しそうな顔で圭佑に忠告した。


 それから翔夢の動きは変わり、圭佑のような速さに重心を使った技で圭佑を翻弄した。


 圭佑は負けじと高速で抜きにくるが、翔夢はフェイントにも引っかからずに圭佑の速さを無意味にした。



 それから翔夢が2ポイントシュートを、圭佑が1ポイントシュートを一回ずつ決め、点数はいよいよ同点の7対7になった。


 オフェンスは翔夢で圭佑は後がない状況だった。


 そんな中、翔夢はあえて重心も軸足も使わず、速さとフェイントで圭佑を抜いてダンクシュートを決めた。


 圭佑の得意の速さと脚力で勝負がついた。


 二人の熱戦に外野は大いに沸き上がり、翔夢よりも圭佑に喝采の声が多かった。


「得意なもので負けたら、認めるしかないな」

「ここまで追い詰められたのは高校に入って初めてだよ。これからも俺は俺を超えようとするお前を常に超えていく」

「翔夢はすげぇよ。こんなすごいことは天賦の才能なんて安っぽいものじゃ絶対にできない。なのにお前と向き合った奴らはみんな言い訳のために努力を才能っていう便利な言葉で丸めちまう。翔夢の努力には勝てなかったよ」


 小学生時代の血眼な努力は、家族と咲絆以外には天賦の才能と言われ続けていた。

 そんな時、初めて何も知らないのに翔夢の力を努力と見抜いたのが圭佑だった。


 翔夢が圭佑に気を許し、信頼しているのはそれが一番の理由だった。


 土砂降りの雨は止み、青空が垣間見える空の下で全力で闘った二人はやり切った顔でコートに崩れ落ちるように寝転んだ。


 そんな二人の元に紅音と咲絆が駆けつけた。


「なんだ、紅音さんと咲絆も見てたのか。これから俺達は大事な話があるから」


 そういって翔夢はどこか二人になれるところで教室の話の続きをしようとした時、紅音が二人の手を掴み引き止めた。


「今のお話からお二人がバスケで何を賭けて闘っていたのかはだいたいわかりました。殿方が大事な話をする時は裸の付き合いと相場が決まっています!なので明日から二人で温泉旅行に行ってきてください!」


「「え?」」


 二人はもちろん、咲絆も突然の言葉に隣であんぐりと口を開けていた。


 三人が驚いている間に紅音は爺を呼び、爺の手には草津温泉行きの切符が二枚あった。


 激闘を終え本気でぶつかり合った二人は、紅音の経済の暴力で温泉で身も心もさらけ出して話し合うことになった。



 ―次の日―


 二人は早朝から草津温泉行きの特急電車に揺られていた。


「「俺達どうしてこうなった」」

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