第19話 譲れぬ想い

 紅音から話を聞いた次の日の放課後。


 翔夢は一人帰ろうとする圭佑を呼び止めた。


「少しお前に話がある。ここじゃ話しにくいから空き教室に行こう」

「話って円城寺さんのことだろ?お前に話すことはなにもないし、俺に精神具現化現象が起こるような悩みもない」


 そう言って立ち去ろうとする圭佑の腕を、翔夢は掴んで離そうとしなかった。


「紅音さんから二人の出会いを聞いてわかったことがある。それだけでも聞いてくれ」

「いつからあの人とそんなに仲良くなったんだ」


 圭佑は諦めたかのように肩を落とし、翔夢の後をついて行った。



 空き教室の静寂な空気の中、二人は互いを睨み合っていた。


「円城寺さんから話を聞いて何がわかったっていうんだよ」


 圭佑は食い気味に翔夢に尋ねる。


「どんな理由があってかは知らないが、お前は自分から望んで紅音さんの許嫁になったわけじゃないだろ。それは紅音さんも気づいていると思うぞ」

「仮にそうでもそれが俺のメガネの形をした精神具現化現象とどう関係があるんだ?」


 そこで、翔夢がパズルのように紐解いて見つけた一つの仮説を説明した。


「圭佑は人一倍空気を読むのが上手いから、空気を読んで許嫁になったんだ。空気を読んで性格を使い分けている。そんな自分が嫌で、空気を読めないようになりたいと望んでいる。だから空気を読んでいるそのメガネを壊せば空気を読めなくなり、お前の悩みは解決する」


 誰にも見られたくなかった心の底を隅から隅まで見透かされ、圭佑の怒りは最高潮に達した。


 翔夢より背が小さい圭佑は下から喉を食いちぎるような目つきで睨みつけ、心に土足で踏み込んだ翔夢を追い出そうと威嚇していた。


 だが翔夢は一歩も臆することなく、圭佑の心の核に一歩ずつ近づいていった。


「空気を読んで、その場の空気に流されて、周りの大人は喜ぶかもしれないけどな――圭佑自身が腐っていくだけだぞ!」

「翔夢に何が分かるんだよ!お前はいいよな、好きな人と好きなだけ一緒にいられるんだから。付き合う人も、結婚する人も自分で選べるんだぞ。お前は何でも自分の長所にしちまう主人公気質の超人だから――持って生まれるべき家で、何も持たずに生まれた凡人以下の人の気持ちなんて分からないんだよ!」


 言い合いは歯止めが効かずに加速していき、とても口では解決できないと本人達でさえ自覚していた。


「なんで空気を読まないといけないのか、本当に話す気はないんだな」

「もちろんだ。翔夢こそ、なんで付き合わないのか、本当に言わないんだな」

「絶対に言わないな」


 二人は一瞬、息を吸い込み同じ言葉を叫んだ。


「「じゃあバスケで決めるしかねぇよなぁ?!」」


 譲れぬ想いがぶつかる二人は、お互いの本音を賭けた真剣勝負を持ちかけた。

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