第15話 セレブな許嫁
許嫁――その言葉を聞いた翔夢は返す言葉も見つからなかった。
圭佑は固まっている翔夢をよそに早歩きで去って行った。
翔夢はすぐにはっとして、まずはこの事実を冬音に伝えた。
「私はこの目で見るまで信じないよ。今すぐそこに行くから待ってて。圭佑を尾行するよ!」
電話を切ってからものの数分で冬音は翔夢と合流した。
「お前、そんなにあいつのことが気になるのか?」
「だって許嫁だよ?圭佑だよ?これは同じクラスのよしみとして見過ごせないでしょ」
「たしかにそうだな。あんなバカなやつに許嫁なんて絶対何かあるな」
二人は圭佑が向かった方向に走っていった。
すぐ圭佑を見つけた二人は一定の間隔を取って尾行を開始した。
しばらく歩くと圭佑は駅に着き、電車に乗った。
二人も同じ電車に乗り、人混みを使って何とかバレないように圭佑を監視している。
数十分ほど電車に揺られ、やがて圭佑は電車を降りた。
後を追うように二人も電車を降りて圭佑を尾行すると、圭佑は駅近くのファミレスに入って行った。
「最寄り駅じゃなくてわざわざこんなところのファミレスに入るなんて妙ね。それに普通許嫁とファミレスで会う?」
「許嫁って偉い人の子どもとかだよな?そんな人がファミレスに来るか?」
二人は圭佑に疑いの目を向けながらファミレスに入り、圭佑の席が見えるギリギリの位置の席に座った。
そしてすぐに一人の女性と付き添いの老人がやって来て圭佑の席に座った。
女性は紅のロングの髪に純白のワンピース、白のつば広の帽子を被っていていかにもセレブな雰囲気を醸し出していた。
白髪の老人は黒のタキシードを着た長身の男だ。
「許嫁って本当かもな。でも圭佑とは接点もなさそうなセレブだぞ」
「少し引けるけど圭佑達の会話を聞いてみるしかないよ」
二人は圭佑と許嫁の会話に耳を傾けた。
「お久しぶりです、圭佑様。今日はわたくしの御要望をお聞きいただきありがとうございます」
「いえいえ。今日はお土産を渡すだけなので」
「爺はどこか近くの席にでも座っててちょうだい。少し二人っきりで話したいの」
その言葉に老人――爺はお辞儀をして二人から数席離れたところに座った。
「先日はどこへ行かれたのですか?」
「京都です。これがお土産です。お気に召すといいんですけど」
「圭佑様のお土産が嬉しくないわけありません。ありがとうございます。旅行は家族と行かれたのですか?」
「訳あって新幹線とホテルの宿泊チケットを友人がくれたのでその友人含めて六人で行きました」
「圭佑様のお友達ですか?!詳しく聞きたいです!」
女性は異様に圭佑の友達の話を聞きたがっていた。
「どこにでもいる普通の友人ですよ。それより何か頼みますか?ファミレス、初めてなんですよね」
そして何故か圭佑は自分のことを話そうとしなかった。
「上手く話を逸らさないでください。どうしていつもお話をお聞かせしてくれないのですか。もっと圭佑様のことを知りたいです。このふらいどぽてと?という物がわたくし気になります!ぽてと、ということはじゃがいもなのですか?このような長細いじゃがいも見たことがありません!」
「初ファミレスにいい物を選びましたね。山盛りにして二人でたべましょうか」
圭佑は山盛りポテトフライとドリンクバーを注文した。
圭佑は女性をエスコートしてドリンクバーを紹介した。
帰ってきた女性は自分がいれた飲み物をいろいろな角度からキラキラした目で見ていた。
「あんな小さな機械に沢山の種類のお飲み物が入っていて自分で入れられるなんてすごいですわ!」
そして二人はしばらくして運ばれてきた山盛りポテトを仲良く平らげた。
「なんかあいつが敬語使ってるとむず痒いんだが」
「私もよ。それにしても圭佑はなんで自分のことを話さないの?あのお嬢様の一方的な話だけなのが引っかかるわ」
二人も同じく山盛りポテトを注文してつまみながら話に耳を傾けていた。
やがて二人は爺が会計を済ませた後に出て行った。
それを追うように二人もファミレスを出たが、圭佑達の姿はなかった。
「見失ったな。まぁ会話を聞けただけでもいい収穫か。明日学校で圭佑に思い切って聞いてみるか」
二人が諦めて帰ろうとした時、黒のリムジンが二人の前に止まった。
「今圭佑様のお名前を口にしましたね?先程から私達を観察していたようなので不審者かと警戒していましたが、まさか圭佑様のお友達でしたか」
盗み聞きがバレていたとは思わず二人は何度も顔を下げて謝った。
「「ごめんなさい!ごめんなさい!」」
「叱っているわけではありませんのでどうかお顔をお上げください。私達の話を聞いていた代わりといってはなんですが、圭佑様のお話を聞かせてください」
「もちろんです。あいつの事は何でも話すので」
翔夢の言葉に女性は満面の笑みを浮かべてリムジンのドアを開けた。
「私のお気に入りのカフェにご案内するのでお乗りください。そこでゆっくりと聞かせてください」
二人は言われるがままリムジンに乗った。
しばらくすると女性のお気に入りのカフェに到着した。
そこは表参道にある高級カフェで、店内にはシャンデリアなどがあり、高貴な婦人やセレブなお嬢様のような人がほとんどだった。
二人は席に案内されると場違いなことに気づき萎縮していた。
「そんなに固くならないでください。ここは私の知っている中では一般的な雰囲気とお値段だと思いますよ。あ、もちろんここでの物は全て爺が払うので気を遣わないでくださいね」
二人は爺に何度もお辞儀をすると恐る恐るメニューを見た。
「知らない名前のコーヒーばかりだ」
「しかもコーヒーが一杯千円ってどこが一般的ななの。セレブ怖い」
二人は遠慮して一番安いラテだけを注文しようとした。
「ここのケーキはどれも絶品なんですよ。お二人もどれか選んでください」
言われた手前、選ばざるを得なく、二人はまた爺に深くお辞儀をしてケーキを頼んだ。
「申し遅れました。わたくし――
二人も律儀に自己紹介すると冬音だけが遅れて驚いた。
「もしかして円城寺ってあの円城寺財閥の円城寺ですか?」
「はい。わたくし円城寺財閥の長女なんですよ」
冬音はセレブなことに納得していて、翔夢はピンときていないようだが、何となく偉いことは分かったらしい。
しばらくして頼んだラテとケーキが運ばれてきた。
翔夢がチーズケーキ、冬音と紅音がチョコケーキだ。
「どうぞ召し上がってください。食べ終わったら圭佑様のお話を沢山聞かせてくださいね」
「もちろん。ケーキと飲み物の元は取れるくらいお話しますよ」
翔夢はそう言ってケーキを一口食べた。
チーズの芳醇な味が絶品で、ラテの苦味とよく合った。
冬音の頼んだケーキはチョコスポンジの苦味とチョコクリームの甘みの相性が抜群だ。
二人は味わって食べた後、圭佑のありとあらゆる話をした。
普段はバカでお調子者なこと。
だが、常に場の空気を読んでいて人との接する距離を見極めていること。
その話をすると紅音はとても驚いていた。
「わたくしが会っている圭佑様とはかなり印象が違うので驚きました」
「それは私達も二人の会話を聞いていて思いました。礼儀正しくする以前に何か、圭佑に思いがあるのかもしれないです」
「そうですよね。圭佑様にはこのことはくれぐれも秘密でお願いします」
二人は深く頷くと、紅音の後ろにやってきた一人の男に気がついた。
「誰にくれぐれも秘密なんですか、円城寺さん?それになんでお前らが一緒にいるんだ……」
圭佑と紅音はそれぞれ違う意味で頭を抱えていた。
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