第14話 澄み切った笑顔と景色

 まだ街が活気づいていない早朝に、翔夢達はホテル前に集合した。


「新幹線は一時だからそれまでに残りの場所を回るわよ」


 目に大きな隈を作っている真姫が今日の旅行の予定を立てていた。


「真姫先輩、その目どうしたの?」

「昨日のことを小説に書いていたら朝になってたわ」

「相変わらず小説バカですね」


 真姫の小説に対する熱意は異常なほどで、余裕で睡眠や食事、学校すらも忘れてしまうほどだ。

 翔夢はそんな真姫を見て苦笑するが、昔の自分のようで呆れることはなかった。


「真姫さん、今日はどこに行くの?」

 彩花と手を繋いでいる冬音が真姫に尋ねた。


「今日は稲荷大社と祇園、それからわらび餅と抹茶のかき氷を食べる予定よ」

「わー美味しそう!冬音先輩、一緒に食べようね」

「もちろん。またあーんして食べさせてあげるね」

「あのー、二人とも昨日の夜何かあったのか?」


 切り出しづらい話を圭佑は躊躇いながらも恐る恐る尋ねた。


「昨日、冬音先輩が耳かきとかアイロンとかやってくれたんです。本当のお姉ちゃんみたいだったので私、妹になることに決めました!」

「そ、そうか。もう好きにやってくれ」


 圭佑は唖然としてこれ以上追求するのを諦めた。


 そんな自由奔放な六人は京都駅から電車で稲荷大社に向かった。


 稲荷大社は参道にたくさんの鳥居があることで有名で、その鳥居は山のふもとから頂上まで続いている。


 一行は稲荷大社に着くとまず、本堂で参拝をしてから参道に向かった。


 参道にたどり着くと、一行は林立する無数の鳥居に言葉が出なかった。


 三十三間堂の禍々しい雰囲気とは違い、風情ある厳かな雰囲気に心地良さを感じた。


「鳥居と鳥居の間から零れる朝日が風情があっていいわ」

「本当に神でも出るんじゃないかってくらい神聖だな。っておい、翔夢あれ見ろよ」

「なんだ?!本当に神でもいたのか?」

「何もいねぇよ、ばーか」

「ここじゃなかったらシバいてたからな。後で覚えてろよ」


 雰囲気を壊すまいと咲絆達は必死に息を潜めてクスクスと笑った。


 山の中腹まで差し掛かり、時間の都合で別の道を通って下山した。


「まだ中腹なのに鳥居の数すごかったね。いつか山頂まで登ってみたいな」

 咲絆が名残惜しそうに山の頂上を見つめていた。



 次は電車で京都駅に戻り、バスで祇園に向かった。


 祇園は京都の花道で、木造の建物や和風の建物が多く並ぶ通りだ。


 そこにわらび餅が食べられる和菓子の店があるので、一行は祇園の街並みを観光しながらお店に向かった。


 お店に着いて中に入るとそこは、全席座敷で中庭があり和風の高級店のようだった。


「おいおい、こんな高そうなお店に高校生って大丈夫か?」

「早海君、落ち着いて。値段はそこそこだから大丈夫よ」


 辺りをキョロキョロして落ち着かない様子の圭佑に真姫は共感羞恥で恥ずかしくなり顔を赤くしていた。


 わらび餅は抹茶ときな粉の二種類あり、真姫、翔夢、彩花は抹茶を、圭佑、咲絆、冬音はきな粉を頼んだ。


 しばらくするとわらび餅が運ばれてきた。


「ふわふわなきな粉がかかってて形もきれいですごく美味しそう」

 冬音はスマホで色々な角度からわらび餅を撮影した。


 七個の丸いわらび餅が綺麗に六角形に並べられていてどこから撮っても映えるだろう。


「じゃあ早速、いただきまーす」

 待ちきれなかった咲絆は誰よりも早くわらび餅を頬張った。


「口の中でわらび餅がとろける。こんなに柔らかいわらび餅初めて」

「本当だわ。抹茶のほのかな苦味とも合うし、口どけがまるで水だわ」


 咲絆と真姫はわらび餅の美味しさで表情もとろけさせていた。


「彩花ちゃん、私のきな粉のわらび餅一個あげるよ」

「やったー。じゃあ私の抹茶もどうぞ」


 例の如く二人はわらび餅を食べさせあった。


「交換か、頭いいな。咲絆のわらび餅一つくれよ」

「いいよ。じゃあ翔夢のは二つ貰うね」

「おい、ふざけんな!」


 二人の無自覚なイチャイチャを圭佑と真姫はニヤニヤしながら見つめていた。


「じゃあ白川先輩、俺達も交換しましょう」

「いや、遠慮するわ。あ、咲絆さんのわらび餅一つ貰えるかしら?」

「いいよ。真姫のも一つ貰うねー」

「そんな……」


 圭佑だけが泣きながらきな粉のわらび餅のみを一人で食べていた。



 あっという間に時間が経過し、新幹線に乗るまであと一時間半しか残っていなかった。


 バスで京都駅まで戻りそれぞれお土産を買うことにした。


 まず目についたのは京都といえばの八ツ橋だ。


「八ツ橋は伝統的な和菓子ってイメージなのにイマドキ風の味が沢山あるぞ」


 ラムネ、夏みかん、レモン、青リンゴ、いちごなどのイマドキ風の味の八ツ橋を翔夢は物珍しそうに見ていた。


「私いちご買う!パパとママには普通のニッキを買って行ってあげようかな」


 咲絆はいちごとニッキの八ツ橋をカゴに入れた。


 翔夢はラムネと青リンゴを自分用に、ニッキと抹茶を両親に買って行くことにした。



 小一時間ほど各自でお土産を見て回り、それぞれが思い思いの物を買った。


 翔夢は八ツ橋の他に京ばあむと言う名前の抹茶バームクーヘンと、ラー油ふりかけに九条ネギ味噌といった京都ならではのご飯のお供を購入した。


「圭佑、お前お土産買いすぎじゃないか?そんなに大人数の家族だったか?」


 圭佑以外は一袋で収まっているが、圭佑は二袋抱えていた。


「家族はそんなに多くないけどあげる人がいるんだよ」

「圭佑先輩ってバカなところが男ウケよくて友達多そうですよね」

「男ウケなんていらねぇよ!」

「まぁ場の和ませ方や空気の読み方はすごいと思うわ」


 真姫の言葉で調子に乗ると思っていたが、圭佑は何故か険しい顔をしていた。


「あとは抹茶のかき氷だけだな。駅にあるのか?」

「うん。お土産屋のすぐ上だよ。じゃあ行こっか」


 咲絆に案内され、一行はお土産屋の上の喫茶店に向かった。


 この喫茶店は和モダンでカジュアルな店内でかき氷とパフェが人気だ。


 かき氷が想像以上に大きく、二郎系ラーメン並に山盛りだった。


 パフェも気になっていたが、一人でかき氷を食べると恐らくお腹いっぱいになってしまうので全員抹茶かき氷だけ頼むことにした。


 しばらくすると抹茶かき氷とウェルカムドリンクの温かいお茶が運ばれてきた。


 かき氷には抹茶と練乳がかかっていて、脇につぶあんと白玉が乗っている。


「五月って割と暑いのになんで温かいお茶なんだ?俺は冷たいお茶が飲みたいぜ」


 ウェルカムドリンクに不満を漏らす圭佑だったが、数分後態度が豹変した。


「まさかかき氷でこんなに体が冷えるなんて……温かいお茶うめぇ」

「さっきの態度をウェルカムドリンクに謝れ」

「ごめんなさい」


 圭佑と翔夢のやり取りにみんなは大爆笑していた。



 山盛りのかき氷を完食して一行は新幹線の改札に向かった。


「抹茶のほろ苦さと練乳の甘さがちょうど良くて美味しかったわ」

「まさかかき氷でお腹が膨れるなんて思わなかったぜ」


 圭佑が山盛りかき氷で膨れたお腹を満足そうに抱えている。


「楽しかった京都ともこれでお別れかぁ」

「また来ましょうよ。今度は弟さんと妹さんも連れて」


 名残惜しそうに撮った写真を眺める冬音の手を握り、彩花は優しい笑みを浮かべた。


「そうだね。いつか彩花ちゃんと二人で旅行にも行こっか」

「ぜひ!どこにします?!やっぱり北海道とか沖縄とか定番なところですか?それともゆっくり休める箱根とか!それとも――」


 気が早く興奮してる彩花を冬音が必死に宥めた。


 そして時間になり、一行は新幹線に乗った。


 席は行きとほとんど変わらないが、真姫と翔夢が入れ替わった。


「私、早海君の隣がいいから変わってくれる?」

「いいですけどなんで圭佑と?」

「特に理由はないわ。私にはね」


 翔夢は真姫の真意を理解できなかったが変わることにした。


 圭佑は真姫が自分に気があると勘違いしていた。


「冬音先輩、精神具現化現象が解決してよかったですね」

「うん。彩花ちゃんが用意してくれた旅行のおかげだよ、ありがとう」

「私はきっかけを作っただけですよ。本当の功労者の先輩にお礼を言ってあげてください」


 冬音が翔夢にお礼を言おうと後ろを向くと、そこにはにやけてしまいそうなほどの仲睦まじい光景が広がっていた。


「今お取り込み中らしいから後で言うことにする」

「本当にこの二人お似合いですよね。早く付き合っちゃえばいいのに」


 翔夢の肩に咲絆が頭を預け、そこに翔夢が頭を預けて寝ていた。


 幸そうな二人の寝顔を冬音と彩花はニヤニヤしながら写真に収めた。


 こうして京都旅行は幕を閉じた。



 冬音は二日ぶりに家に帰った。


「ただいま。二人とも何もなかった?」

「おかえり!ちゃんと家事できたよ」


 出迎えてくれた春樹と紗楽の頭を「えらいえらい」と言って優しく撫でた。


 冬音は二人にお土産を渡し、京都で撮った写真を見せた。


「今度は家族みんなで行こうね。お姉ちゃん頑張るから」

「うん!でもお姉ちゃん本当に楽しそうだね。景色よりもお姉ちゃんの笑顔の方が目立ってる」


 二人に見せた写真に映っている冬音の笑顔は景色よりも澄み切っていた。



 ゴールデンウィークが終わり、数日後の休日。


 翔夢は外で偶然、お土産袋を持つ圭佑に出会った。

 圭佑は珍しく似合わない知的なメガネをかけていた。


「お、圭佑じゃん。今から誰かにお土産渡しに行くのか?」

「うん。俺の許嫁に」

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