第13話 赤井翔夢は主人公
京都タワーを降りてホテルに着き、ホテルに併設されている人工温泉に向かった。
「一応聞いておこう。混浴はあるか?」
「バカなこと言ってると水風呂に沈めるぞ」
「だよなぁ……隣に楽園が広がってるっていうのによ。お前はなんでそんなに平然としてるんだ。まさか、見たのか?幼なじみの特権を利用して咲絆先輩の裸をみたのか?!」
「見るわけないだろ!そんなに見たいなら女湯に行ってこい」
そう言うと圭佑は黙って男湯に入っていった。
一方その頃、女湯では――
「うそ、彩花ちゃん大きすぎじゃない?」
「冬音先輩は平均的ですけど形が整ってていいですねぇ。いいコスプレイヤーになれますよ」
「やめて!私の前で胸の話をしないで!」
「真姫も十分大きいと思うけどね」
圭佑が想像してた通りの楽園のような光景が広がっていた。
彩花は冬音の裸体を隅々まで観察してどのコスプレが似合うか想像し、いつもは冷静な真姫が狂ったように咲絆の巨乳を揉みほぐしていた。
十分に温まり、お風呂から出た女性陣は部屋の前で解散した。
「いやー楽しかったね。受験前にいいリフレッシュになったよ」
ベランダに出た咲絆は火照った身体を夜風で冷やしながら今日のことを振り返った。
「ええ。いい思い出になったわ。ところで翔夢君とは今日の旅行で距離を近づけられたのかしら?」
その言葉を聞いて咲絆は体を震わせた。
「一緒に写真を撮った……だけです」
「なんでそこまで距離が縮まらないのか逆に気になるわ。というか、あなた今までアタックしてこなかったでしょ?」
核心を突かれてしまった咲絆はバツが悪そうに頷いた。
「やっぱり。どうして長年恋をしている幼なじみに全くアタックしないの?」
「私が翔夢と付き合ったら、翔夢は夢を追いかけられなくなる。翔夢のプロのバスケ選手になる夢は絶対邪魔したくないの」
自分の恋よりも人の夢を選んだ咲絆の目は本気だった。
「あなたの恋が誰よりも本気なのは分かるわ。なのに、どうしてそこまで翔夢君の夢を率先できるの?」
「翔夢は元々――バスケが得意じゃなかったの」
翔夢の衝撃的な物語が咲絆の口から放たれた。
それは翔夢が小学六年生の春だった。
学校行事でクラス対抗のバスケの大会があった。
そこで親がプロのバスケ選手という適当な理由から、翔夢がチームのエースに選ばれてしまった。
バスケが得意じゃなかった翔夢は案の定試合でミスを連発してしまい、翔夢のクラスは初戦敗退だった。
翔夢が責任感と劣等感でうずくまっていると、三人組の男子が詰め寄ってきた。
「お前のせいでクラスが負けたんだ!」
「父ちゃんはプロなのにお前は下手くそなんだな」
「実は養子だったりして」
翔夢は自分が下手なのを誰よりも分かっていたので一切反論できなかった。
だが、この時の絶望的な思い出が翔夢をアスリートの卵に育てた。
家に帰った翔夢は日本育ちの外国人の母――
「お父さんならまだ市民体育館にいるんじゃない?」
翔夢の父はプロのバスケ選手を引退した後、バスケのコーチになり、市民体育館でバスケを自分のチームに教えている。
翔夢はバスケが生まれつき下手で苦手意識があったため、一度も父の教える市民体育館に行ったことがなかった。
「じゃあちょっと市民体育館に行ってくる」
そう言って出て行った翔夢の背中を見て、亜梨沙は優しく微笑んだ。
「やっぱりあなたはお父さんの子どもね」
市民体育館に着くと、ちょうど授業を終えた父――
「と、父さん。話があるんだ」
「お、翔夢か。ここに来るなんて初めてじゃないか?」
翔夢は目を泳がせて恥ずかしそうに頷いた。
「実は父さんにお願いがあって……」
翔夢は大きく深呼吸した後に、深く頭を下げた。
「僕に、バスケを教えてください!」
下を向いて大粒の涙を流す翔夢の頭を春彦は髪が崩れてしまうほど撫でた。
「どのくらい上手くなりたいんだ?」
優しく頭を撫でながらも、声色は強く真剣だった。
頭を上げて涙を拭いた翔夢は体育館に響くような大声で叫んだ。
「誰にも負けないくらい強く、上手くなりたいんだ!」
想像を超える決意を聞いた春彦は一瞬驚くが、笑顔で翔夢の肩を強く叩いた。
「何もかもを捨ててでも強くなる覚悟はあるな?」
「ある」
「分かった。父さんも本気でお前に教える」
ここから翔夢の地獄のような修行が始まった。
学校を休み、毎日早朝から夕方まで体作りに基礎トレーニングを繰り返した。
家に帰り風呂に入って夕食を食べるとすぐに寝てしまい、早朝に起きてすぐトレーニングを半年間続けた。
半年でバスケができる体を作り上げ、残りの半年で技術を叩き込まれた。
家にいる時間よりもバスケットコートにいる時間の方が長かった。
そんな常人には耐えられない日々を翔夢が送っていることを、咲絆はただ一人だけ知っていた。
毎日学校に行く前と帰ってきた後に翔夢の修行を覗いていた。
だからこそ、咲絆は翔夢の夢を邪魔したくなかった。
少しでも気の迷いを与えたくなかった。
血も、涙も、汗も全てを全力で注いだ一年間の修行を積んだ翔夢は中学生になり、バスケ部に入った。
そこで初めて同学年と試合をして自分が既に中学生の域を超えていることに気がついた。
同学年どころかバスケ部全員を圧倒した翔夢はすぐにレギュラーになった。
ある日、他校と練習試合があり他校のチームにはあの日酷いことを言ってきた男子達がいた。
「あいつ翔夢じゃね?」
「バスケが下手で不登校になったくせにまだバスケしてるのかよ」
「もう二度とバスケができないように心をズタボロにしてやろうぜ」
試合が始まると三人は息の合ったプレイでここぞとばかりに翔夢を妨害した。
だが、翔夢には初めから三人がいないかのように圧倒的な力の差で点数を稼いだ。
一切の隙もなく、試合中何もできなかった三人は試合後部長に叱られていた。
その時の三人に翔夢は昔の自分と三人を重ねた。
そして翔夢は無言で三人の前をゆっくりと通った。
過去の自分に打ち勝った翔夢に怖いものはなく、急速に成長して今に至る。
「だから私から翔夢に想いは伝えない。私の恋が叶わないことと翔夢の夢が叶わないこととは重みが違うの」
翔夢の全てを知った真姫にはもう何も言うことができなかった。
「翔夢君はもう、絶望を自分の力で乗り越えた主人公だったのね」
乾いた夜風が咲絆の涙を彼方へ運んだ。
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