第12話 京都旅行

 早朝の朝七時半、誰一人遅れることなく改札前に集合した。


「みんなおはよー。昨日全然寝れなかったからすごい眠いよ」


 咲絆の覇気の無い言葉に全員が激しく頷いていた。


「おい、翔夢。俺はこんな夢みたいな空間にいていいのか?」

「何が夢なんだ?」

「お前ってやつは……。一年生から三年生までの美女揃いじゃねぇか!いつの間にこんな羨ましい状況になってたんだよ」


 一人興奮する圭佑は、彩花と真姫とは初対面なので驚きが隠せなかった。


「どうも、翔夢と同じ二年生でバスケ部の早海圭佑です。どうぞよろしく」

「私は三年の白川真姫よ。よろしく」

「一年の須賀彩花です。よろしくお願いします」


 何としてでも仲良くなろうとしている圭佑の必死な姿を見て、翔夢と冬音は苦笑いで呆れていた。


 新幹線の乗車時間まで各自で朝食やお菓子を買った。


 時間になり、改札を通っていよいよ新幹線に乗車した。

 新幹線の席は二人一列で、翔夢と圭佑、咲絆と真姫、彩花と冬音という席の組み合わせになった。


「黒崎、彩花とは初対面だけど大丈夫か?」

「さっき少しだけ話したけど歳の近い妹みたいで可愛かったよ」


 翔夢の心配も杞憂に終わり、二人は席で仲睦まじく話していた。


 新幹線が動き出すと翔夢と圭佑はバスケのスマホゲームで遊び始め、咲絆と真姫は旅行の計画を練り始め、冬音が新幹線に興奮して彩花が終始笑顔で話に付き合っていた。


「彩花ちゃん、あれって富士山だよね!五月なのに山頂に雪が積もってるよ!そうだ、写真を撮らないと」


 どっちが妹みたいなのか分からなくなってきた。


「冬音先輩って新幹線初めてなんですよね?新幹線は飲み物とかアイスとかを売ってくれる人がたまに来るんですよ」

「え、電車なのに?!新幹線ってすごい」


 その話の後、すぐに車内販売がやってきて冬音はアイスを買っていた。


 あっという間に二時間が経過し、京都に到着した。


 ホテルのチェックインは三時以降なので、最低限の荷物以外を全員コインロッカーに預けた。


「よし。じゃあまずはどこに行く?」

 翔夢がみんなに尋ねると、咲絆が袖を引っ張って何か言いたそうにしていた。


「さっき私と真姫で大体の計画は練ったの。まずは三十三間堂に行こう」

 みんなもそれに了承して最初の観光は三十三間堂に決まった。



 京都での主な移動手段はバスと地下鉄になるので案内所で一日乗車券を買った。


 三十三間堂は千体以上の千手観音像が並んでいる有名な寺院だ。


 駅からバスで十分ほどなのでアクセスもよく、すぐに着いた。


 一行は三十三間堂の中に入ると、想像以上の雰囲気で声も出さずに驚愕した。


 一つ一つ顔や見た目が少し違う千手観音像が綺麗に並ぶ姿はまさに厳かで、観光客は誰一人声を出さず中には拝む人までいる静寂も相まって、とても神聖な空間になっていた。


 千体の千手観音像の前に一際目立つ像が何体かあった。


「おい、あれってよくゲームとかにでる風神・雷神、降三世明王、阿修羅だよな」

 圭佑が翔夢の耳元で小声で呟いた。


 一際目立つ像は二十八部衆といい、後ろの千体の千手観音の眷属と言われている。


 名前が有名な神が多く、ソシャゲや神話などでよく名前を聞く像が多かった。


 神という存在に翔夢と圭佑はソワソワしていた。


 ゲームやアニメに出てくる神や神話の人物に高揚感を抱いてしまう男子あるあるだ。


 一通り見た一行は寺院を出て感想を話しながらバス停に向かった。


「厳かな雰囲気がとても気に入ったわ」

「写真が撮れないのが残念だったなぁ。紗楽と春樹にも見せたかったのに」


 三十三間堂の中は国宝が展示されているため、写真撮影は禁止されていた。


「他にも映える場所いっぱいあるんで大丈夫ですよ。あと、今度冬音先輩の弟さんと妹さんに会ってみたいです」

「いいよ。二人とも絶対喜ぶと思うよ」


 話す度に距離が縮まっている二人を見て翔夢は安堵の笑みを浮かべた。



 三十三間堂からバスで五分ほどで清水寺へ続く坂に着いた。


 坂は徒歩十五分ほどで登り終え、清水寺の鳥居が見えた。


 鳥居をくぐり、本堂を通過するとすぐに有名な京都を一望できる場所にたどり着いた。


「ここが清水寺のあの有名な場所か。京都全部が見渡せるぞ」


 翔夢は身を乗り出して京都を眺めた。

 手前には登ってきた山の自然、奥には京都タワーなどの街並みが見える。


 それぞれは思い思いに写真を撮って山を降りた。


 みんなが進み始めた時、翔夢は咲絆に手を引かれた。


「一緒に、写真撮らない?せっかく景色が綺麗だからさ」


 頬を赤らめてお願いする咲絆に、不覚にも翔夢はドキッとしてしまった。


「おう、いいぞ。自撮りでいいよな」

 咲絆は小さく頷いて目いっぱい手を伸ばしてスマホの内カメラで写真を撮った。


 そんなぎこちない幼なじみのやり取りを真姫だけが見ていた。



 清水寺を後にした一行はバスで祇園近くの鴨ひつまぶしが食べられるお店にやってきた。


 路地裏でひっそりとやっているお店だが、そこには行列ができるほどの人気がある。


 ようやく翔夢達の順番になり、お店に入れた。

 全員鴨ひつまぶしの生卵トッピングで注文した。


 しばらく待つとひつまぶしが運ばれてきた。

 

 器には脂が煌びやかに光る鴨肉が下の白米が見えないほど乗っていて、オレンジ色の生卵が鴨肉の真ん中に鎮座している。


 このひつまぶしには食べ方があり、まず小さいしゃもじで四等分にして一切れを小さい取り皿に移す。


 まずはそのまま食べ、次に卵を溶いて二切れ目を取り皿に移す。


 卵を溶いただけで最初とは大きく味が変わり、鴨肉の分厚い食感と生卵の甘さ、白米に染み込んだだしの味が口の中に広がっていた。


「何これすごい美味しい」

 彩花の頬はひつまぶしを食べながらとろけていた。


「鴨肉うめぇ!白飯も最高だな」

 圭佑は取り皿を持って口にかき込んでいた。


 三切れ目は取り皿に乗せたあと、別のお皿で付いてきた柚子胡椒、わさび、海苔、塩を自分好みにアレンジするようにトッピングする。


 わさびや柚子胡椒をトッピングすると少量の辛味も味わうことができ、絶品だった。


 海苔や塩はひつまぶしをさらにあっさりとした味わいにすることができる。


 そして最後の四切れ目は温かいだし汁をかけてお茶漬けにして食べる。


 一つのひつまぶしで四回も美味しい食べ方ができて大いに満足した。



 そこから電車を使い、少し離れた渡月橋と嵐山の竹林に向かった。


 渡月橋は木造の橋で流れる川と付近の山々と一緒に写真に収めると、とても風情のある写真が撮れる。


 嵐山の竹林はドラマやアニメでよく使われる場所でとても有名だ。


 自然を感じたあと、一行は金閣寺に向かった。


 金閣寺がある庭園に着き、拝観料を払って庭園に入るとすぐに金閣寺があった。


 金閣寺は池に隣接していて二階と三階が全て金色でとても美しい建物だ。


「すげぇ、本当に金色なんだな。俺ここに住みたい」

「圭佑先輩って数時間一緒にいるだけでわかりましたけどバカですよね」

「でもこんな美しいお寺の中で一度は小説を書いてみたいわ」


 誰しもが金閣寺の美しさに見惚れていた。


 庭園を一周して、出口近くにあった茶屋でみたらし団子を食べた。

 できたてで温かく、甘しょっぱいタレともちもちの食感が美味しさを引き立てた。


 小腹を満たしていると既に日は暮れ始め、時刻は六時過ぎだった。


「そろそろ京都駅に戻って荷物を持ってホテルに行くか」

「そうだな!もちろん部屋は男女混合だよな?!」

「「別に決まってるだろ」」

 

 圭佑の淡い期待は全員の冷たい言葉によって一刀両断された。



 金閣寺からバスで京都駅に戻り、荷物を持って徒歩でホテルまで向かった。


 ホテルもただなのでビジネスホテルだが、部屋は十分な広さで清潔感があった。


 部屋は翔夢と圭佑、咲絆と真姫、彩花と冬音になった。


 一行は荷物を置いてすぐに夕食のため外に出た。


 全員で話し合った結果、近くに大阪があることから粉物が食べたいと意見が一致したので鉄板物がメインのお店を選んだ。


 テーブルに鉄板が設置されていて注文はタッチパネルでするお店のようだ。


 まずはお店で一番人気の牛すじ焼きと全員分のライスとドリンク、京都の名物の湯豆腐を注文した。


 注文した物が運ばれてくると翔夢が乾杯の音頭をとった。


「それじゃあ京都旅行一日目お疲れ様。乾杯!」

「「乾杯!」」


 グラスをぶつけて乾杯すると早速翔夢は牛すじを取り皿にとってひと口食べた。


 噛めば噛むほど肉汁が溢れ出し、予めお酒やライスがすすむように濃い味になっている。


「これやばいぞ。米が止まらない」

 翔夢に便乗して圭佑もひと口試したが、すぐに虜になってしまった。


 夢中で牛すじとライスをかき込む二人をよそに女子達は湯豆腐を食べていた。

 柚子ポン酢で味付けされた豆腐は表面が少し焼かれている。


「外はしっかり、中はとろっとした食感になっていて美味しい。今度春樹達にも作ってあげよっと」

「小説で京都を舞台にした時使えそうだわ」


 京都名物の九条ネギをトッピングして食べるとより美味しく、これぞ京都の料理だった。


 そしてメインのお好み焼きの牛すじ玉とねぎ焼きを注文した。


 お好み焼きとねぎ焼きの違いは生地にキャベツではなく刻んだ青ネギを混ぜていることと、ソースではなくだし醤油をかけるところだ。


「このお好み焼きすごい生地がふわっとしていて、ソースと牛すじがよく合います。冬音先輩はもう食べました?」

「私はねぎ焼きを食べたよ。お好み焼きと比べてあっさりしててねぎの味がすごく美味しいから彩花も食べてみて。はい、あーん」


 今日一日で食べさせ合いをするほど仲が良くなるとは誰も思わなかった。


 特に彩花の方がデレデレだった。

 おそらく冬音の姉属性に惹かれたのだろう。


 みんなでお好み焼きとねぎ焼きをつつくとあっという間に食べ終わってしまった。



 お腹も膨れて満足気にホテルまでの道のりを歩く一行は、京都タワーの近くにやってきた。


「ねぇ翔夢、せっかくだし京都タワー登ってみたい」

「そうだな。京都の夜景も見てみたいし」


 咲絆の提案により閉館ギリギリの京都タワーに登った。


 京都タワーからの景色は絶景で、京都を一望できた。


 清水寺からの景色とは違い、京都タワーは360度京都を見渡せるようになっている。


「すごく綺麗な景色。幼なじみなのにこうして一緒に旅行に行くのは初めてだよね」

「たしかにそうだな。咲絆は今年受験生だし俺は高校を卒業したらアメリカに行く予定だから、なかなかこういう機会はないし明日も楽しもうな」

「そう……だね」


 咲絆にとってあまりにも辛いことだが純然たる事実で、咲絆は受け入れるしかなかった。


 楽しい旅行で辛い顔を見せたくはなかったので何とか笑顔を保った。


 その後、二人は分かれて翔夢はガラスに張り付く冬音を見つけた。


「だいぶゲージ溜まってきたな。旅行で疲れはとれたか?」


 ゲージは八割ほどまで溜まっていて満タンまであと少しだった。


「リラックスできたよ。でもね、私この旅行で思ったんだ。この旅行でいっぱい写真を撮ってお土産を買って春樹と紗楽に話してあげるんだ。そしたら今度は私がバイトも、家事も、勉強も頑張って二人を旅行に連れていく。だから疲れている暇なんてこれからはない。いつか、この景色を家族全員で見に行くために」


 そう決意した冬音のゲージは淡い光と共に砕け散って消滅した。


 新たな目標を立てた冬音にはもう、疲れているという無意識な悩みはなかったのだ。


 冬音の精神具現化現象は疲労を無くすのではなく、新たな目標で疲労の悩みを消すことで解決した。


「黒崎は目標だけを見据えて突っ走って、疲労も悩みも吹っ飛ばしそうだな。でも無茶すんなよ。何かあったらもう黒崎には俺達がいるんだから」


 冬音は京都の夜景に劣らないほどの爽やかな満面の笑みで頷いた。

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