第11話 狭い世間
ゴールデンウィークの長きに渡る練習を経て、部活の大会は優勝の美を飾り幕を閉じた。
大会の帰りに彩花から一件の着信があった。
「急に呼び出してどうした?」
理由も聞かされないまま、近くのファミレスに翔夢は呼ばれた。
「お久しぶりです先輩。今日は渡したい物がありまして」
彩花はカバンから七枚のチケットのような紙を取り出した。
「なんだこれ」
「京都行きの新幹線往復チケット六枚とホテル一泊分のチケット一枚です」
「どうしてそんなものを?」
翔夢は彩花がそんなものを見せてくる理由が分からなかった。
「この前、友達とコスプレのコンテストに出たんです。そこでなんと優勝して、賞品が人数分のチケットだったんです。でもみんな泊まりの旅行の許可が下りなくて」
「じゃあこのチケット換金するのか?」
「いえ、友達がコスプレにハマるきっかけをくれた先輩にあげようって話になったんです。だから受け取ってください」
「そんな大事なもの本当にいいのか?しかも六人分って」
六人分の旅費を普通に全額出せば数十万になるので簡単には受け取れなかった。
「みんなで話し合ったので大丈夫ですよ。それに期限が……三日後までなんですよね」
彩花自身も苦笑しながら話している。
三日後はゴールデンウィーク最終日で京都に行くとしても最低でも一泊二日。
つまり明後日には出発しないといけないのだ。
「コスプレの大会で随分豪華な賞品だなと思ったらそういうことか。彩花と友達の合意の上なら有難く貰っておくよ」
そう言って翔夢はチケットを受け取った。
「じゃあ明後日京都行くから準備しとけよ。六人だからあとは咲絆と真姫先輩、あと二人は誰にしようか」
翔夢の予想外な発言に彩花は目を丸くしてキョトンとしていた。
「え、私も行っていいんですか?」
「チケットくれた本人だぞ、当たり前だろ。だって旅行の許可が降りなかったのは友達だから彩花は行けるんだろ?」
「えぇ、まぁ、そうですけど」
「じゃあ決まりな」
「あ、はい」
彩花にも思わぬ展開になり、気の抜けた返事で京都旅行が決定した。
その後二人はついでに食事をして解散した。
その日のうちに咲絆と真姫に連絡をして、許可をもらった。
あとの二人は冬音と圭佑に決定した。
冬音の精神具現化現象はリラックスすることで解決するので、この旅行で家事を忘れて楽しみ、精神具現化現象を解決させる予定だ。
これでメンバーが決まり、明日みんなにチケットを渡しに行くことにした。
―次の日―
まずは一番近所の咲絆にチケットを渡すことにし、咲絆の家に訪れた。
呼び鈴を押し、出てきたのは咲絆の父――
慧もラノベ作家で担当編集者が咲絆の母――加隈唯衣なのだ。
慧は白髪混じりの短髪黒髪にメガネをかけている。
「翔夢が家に来るなんて久しぶりだな。咲絆に用か?」
「はい。これを咲絆に渡してもらえると助かります」
翔夢はチケットを取り出した。
家には上がらず慧に渡し、すぐ帰る予定だった。
「そういえば丁度今、翔夢の友達が家に来てるから上がっていきなよ」
慧に肩を押されながら家に招かれ、気づいた時には玄関は閉まっていた。
急ぎの用があるわけでもないので上がることにした。
「俺の友達?誰だろ……」
翔夢と咲絆の共通の友達は数少ないので候補は何人か挙げられるがリビングに入るまで誰かは分からなかった。
リビングに案内されるとそこには、ソファーでくつろぐ咲絆とテーブルで話し合っている咲絆の母と真姫の姿がそこにあった。
「翔夢、チケット持ってきてくれたの?ありがと」
「おう。これお前の分な」
ソファーで寝っ転がりながらスマホをいじるだらけきった咲絆が足をバタバタさせながらお礼を言った。
「あ、翔夢君。久しぶりね」
「お久しぶりです、おばさん。というかなんで真姫先輩がここに?」
「そういえばあなたには言ってなかったわね。私の担当編集者は唯衣さんなのよ」
よく見ればテーブルには何冊か真姫の小説が置いてある。
「真姫先輩が作家になったのって咲絆と仲良くなる前だよな?」
「ええ、そうよ。私の憧れの作家はあなたの叔父だし、本当世間って狭いわね」
この場の全員に自覚があるのか、首を縦に振った。
翔夢は真姫にチケットを渡し、しばらく話した後咲絆の家を出た。
圭佑の家に行き、最後に冬音の家に向かった。
呼び鈴を押すとすぐに冬音が出てきた。
「本当にチケット貰っちゃっていいの?」
「俺も貰い物だから大丈夫だ。それに京都でリラックスすれば精神具現化現象も解決できるかもだしな」
冬音は目を輝かせながら、受け取ったチケットを色んな角度から覗いていた。
「もしかして旅行って初めてか?」
「う、うん。今まで神奈川、千葉、埼玉しか行ったことなくて。だからすごく楽しみ」
冬音の見たこともない希望の眼差しと笑顔に、翔夢も釣られて笑顔になった。
「全部隣接県じゃねぇか。楽しみでもちゃんと寝ろよ」
「私はそんな子どもじゃありません。じゃあまた明日、東京駅でね」
翔夢は冬音の家を後にし、帰路についた。
その日は皆、夜遅くまで荷物の準備をして、ベッドに入っても楽しみでなかなか寝付けずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます