第10話 普通への憧れ

 二人が出かけた次の日。


 咲絆は冬音の家で半日ゲージを観察していた。

 その結果、ゲージの増減する条件が判明した。


 咲絆は翔夢が来ると詳しく説明した。


「ゲージが増えるのは冬音ちゃんが何もしていない時――つまりリラックスしてる時で、減るのは家事や宿題――疲れが溜まることをしている時なんだよ」

「たしかにそれならこの前寝ている時に増えたのも納得だ。じゃあ黒崎のゲージを満タンにしたらこの現象は解決するかもな」


 やっと解決の糸口を見つけ、冬音はほっとしている。


「でも私、そこまで疲れてない気がするけど。家事も宿題もやらなきゃいけないことだからこの現象が解決しても続けるし」

「最近、特別家事や宿題をやらずに休みたいって思ったことはないのか?」


 冬音には心当たりがあった。


 ゴールデンウィークに入る直前の放課後、冬音は友達に遊びに誘われていたが家事を理由に全て断ってしまった。

 本当は遊びたいが、長女の冬音が家事をほっぽり出すわけにはいかなかった。


「私だって、普通の高校生みたいに友達と遊びたい。友達の家に泊まったり、旅行に行ったりしてみたい。普通に……ごく普通に遊びたい」


 普通の高校生とは冬音にとって憧れだった。


 中学生ではできないバイトができるようになった高校生は限りなく自由だ。


 授業中突然どこかに行きたいと思ったのなら、放課後友達を誘って行ってしまう。


 そんな行動力と自由がある普通の高校生に、冬音はなりたいのだ。


 小学生から変わらないお小遣い制度、滅多に遊びに行けない日々。


 そんな仕方ない不自由な自分と自由な高校生をいつしか比べて、劣等感すら抱いていた。


 それでも妹と弟のため、女手一つで育ててくれた母親のためと、冬音は我慢して今まで過ごしてきた。


 それがゴールデンウィークで爆発してしまい、精神具現化現象を引き起こした。


「じゃあこのゴールデンウィークで普通の高校生になればいい。沢山遊べばいい」

「それができたらやってるよ!私は家事をしなきゃいけないの」


 簡単に言葉を並べる翔夢に思わず冬音は怒鳴ってしまった。


 そんな不穏な空気が漂う中、咲絆がある提案をした。


「じゃあ家事は紗楽ちゃんと春樹くん、冬音ちゃんで交代制にすれば?そうしたら二日に一回は遊びに行けるよ」

「でも二人はまだちゃんと家事なんてしたことないですし……」

「今まで家事をしてきたお前が教えてやればいいんじゃないか?」


 洗濯や風呂掃除くらいならすぐにできるようになるが、料理は包丁を使うので冬音はその提案を受け入れられずにいた。


 その時、隣の部屋から紗楽と春樹が飛び出してきた。


「さら、この前家庭科の授業でお料理できたよ。家事もちゃんとできるもん」

「俺もさら姉ちゃんのお手伝いできるよ。姉ちゃんよりも力持ちだからお使いも行けるよ」


 二人の遊ぶ時間が減るにも関わらず、今まで自分の時間を削って家事をしてくれた姉のために必死にアピールし、頼み込んでいた。


「しょうがないなぁ。二人で助け合って家事するんだよ。包丁は危ないんだからね」

「「うん!」」


 不安は拭い切れないが、冬音は笑顔で二人の頭を撫でた。


「みんな、ありがとね」


 喜びが溢れる笑顔で冬音は涙を浮かべていた。



 その日は洗濯、掃除、料理の仕方などを二人に教えた。


 早速明日、冬音は一日中友達と遊ぶことにした。


 約束をしただけで冬音のゲージは増えていた。


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