第9話 ただのお出かけ

 部活が終わり、急いで出かける準備をした。


 いつもはファッションにこだわりがないため適当な服を直感で取って着ていたが、今日はクローゼットの服を吟味し、髪型にもこだわった。


 物心ついた時からの付き合いでも、咲絆と出かける時の緊張や準備の量は初デートを控えた彼氏のようだった。


 強ばった顔で家を出て、隣の咲絆の家の呼び鈴を押した。


 しばらくすると静かにドアが開いた。


「お、おまたせ。髪型何にするか迷ってたら遅れちゃった」


 出てきた咲絆は翔夢の反応を待っているのか頬を赤らめ、モジモジしていた。


 普段髪を下ろしている咲絆だが、今日はハーフツインテールで、髪をヘアアイロンで巻いている。

 ふわっとした髪型が咲絆の可愛さを現している。


「髪型、すごい似合ってるぞ。かわいいな」


 翔夢は照れ隠しで頬を掻きながら咲絆の髪型を絶賛した。


 まさかかわいいと言ってくれるとは思ってもいなかったのか、咲絆は頬だけではなく顔を真っ赤にして翔夢を叩いた。


「もー!そういうのはいいから!……でも、ありがと」

「何照れてんだよ」

「照れてないもん!ていうか翔夢もかわいいって言う時照れてたでしょ」

「そ、そんなわけないだろ。ほら、時間ないし早く行くぞ」


 翔夢は照れていたことを悟らせまいと話を逸らして駅に向かった。



 二人が向かったのは池袋の有名な水族館だ。


 この水族館は主に屋外と屋内に分かれていて、屋内では魚を、屋外ではペンギンやアシカ、カワウソなどの動物を見ることができる。


 二人は屋内から見ることにした。


 入ってすぐのところに目を引く水槽があり、咲絆は釘付けになっていた。


「これってイワシだよね?みんなぐるぐる回って泳いでる」


 それはマイワシというイワシの水槽で、数百匹のマイワシが真ん中の岩を軸に回転するように泳いでいる。


「みんな同じ方向に泳ぐんだな」

「見て!何匹か逆走してるよ」


 咲絆は逆走するイワシを長い時間水槽に張り付き、目で追っていた。

 あまりにも長いので咲絆を水槽から剥がして移動した。


 次に目に止まったのは色とりどりの魚が泳いでいる水槽だ。


「あ、ドリーだ」

 咲絆が有名なカクレクマノミが主人公の映画に出てくる魚を見つけて指を指した。


「正式名称はナンヨウハギって言うらしいぞ」

「ドリーはドリーだもん」


 ドリーがいる水槽には他にもハナゴイという紫色の魚や、キイロハギという黄色の魚が泳いでいる。


「なんかこの魚達カラフルでパリピみたい」

「あぁ、これじゃあクラブだな」


 パリピな魚が沢山いた水槽の隣にはメバルという、水中で止まって一定の場所を見つめている魚がいた。


「この魚は虚無ってるね」

「きっと水族館勤めも楽じゃないんだろう。お隣さんがパリピだしな」


 二人は魚を見てくだらない感想を残しつつも終始笑顔で楽しんでいた。

 屋内を一通り見終えて、次に屋外に移動した。



 屋外には頭上にアシカの水槽があり、空を飛ぶようにアシカが泳いでいる。


 他にもカワウソやペンギン、ペリカンもいて屋内よりも賑やかさがあった。


 二人がカワウソを見ていた時ちょうど飼育員がカワウソの部屋を掃除していて、カワウソが構ってほしいのか飼育員の掃除を邪魔していた。


「カワウソって犬みたいでかわいいよね。キューキューって鳴くのもいいよね」

「もし飼ったら咲絆はカワウソに懐かれるんじゃなくて、舐められて掃除とかの邪魔をされてそう」

「なんでカワウソに舐められるの!」

「カワウソよりバカだから」


 そんなやりとりをしながらカワウソを見ているとすっかり日が暮れていた。


「もうこんな時間か。室内の魚をじっくり見過ぎてたからあっという間だったな」

「そろそろ行こっか。お腹空いたー」

「そうだな。何か食べたいものある?」

「うん。この前SNSで見つけて行きたかったところあるの」


 翔夢は咲絆に案内されるがまま、ついて行った。



 電車に乗り、着いたところは原宿の有名チェーン店の回転寿司だった。


「この店ならどこにでもあるのに、なんでわざわざ原宿なんだ?それと水族館の後に寿司って」

「水族館の後のお寿司は定番でしょ。ここのお店はそこらの回転寿司とは内装とかメニューが違うんだよ」


 二人がやってきた回転寿司のお店はどこにでもあるチェーン店だが、ここ原宿店は和風の内装でカウンターやテーブル席にのれんがついている。


 そして一部のテーブル席にはふすまがついていて個室になっているのだ。


 入ってすぐのところにカラフルな提灯が並んでいて、原宿感を引き立てている。


 さらにレジの近くにはクレープ機があり、出来たてのクレープが食べられる。


 二人は運良く個室に入ることができた。


「内装はオシャレで個室もあるのに値段は回転寿司ってすごいな」

「でしょ!さっきの提灯とかインスタ映えのことも考えてるところがさすが原宿だよね」


 さっき撮った写真を早速SNSにアップしながらタッチパネルで寿司を注文した。


 寿司は他のチェーン店と変わらないはずだが、雰囲気も相まって美味しさがいつもより増していた。


 最後のデザートに二人はクレープを注文した。

 回転寿司のクレープなのにとても本格的でボリュームもあり、見た目も鮮やかで二人は思わず驚きの声を漏らした。



 帰りの電車で二人は今日のことを振り返っていた。


「水族館も回転寿司も凄かったな」

「また行こうね」

「お、おう」


 咲絆の屈託のない笑顔に翔夢はしどろもどろになってしまった。


 二人の友達以上恋人未満の関係はまだ続いていく。

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