第6話 一難去ってまた一難

 四月二十六日。


 帰りのHR後の教室はいつも以上に騒がしかった。


 明日からゴールデンウィークで友達と遊ぶ予定を立てている者が教室に残っているからだ。


 今週掃除当番である翔夢からしたら早く帰ってほしかった。


 ほうきを手に、壁に寄りかかりながら退屈そうに人がいなくなるのを待っていると、一人の女子に話しかけられた。


「ごめん!この後どうしても早く帰らないと行けない用事があるから先に帰ってもいいかな?」


 切羽詰まった様子でお願いをしてきたのは黒髪ショートでクラス委員の黒崎冬音くろさきねねだ。


 掃除当番は翔夢と冬音の二人で冬音がいなくなると仕事が二倍になってしまうが、普段クラスをまとめて――否。クラスの大半の人のお世話をしている冬音の頼み事なので断らなかった。


「いいよ。今日で掃除当番も最後だしな」

「ありがとう!」

 冬音は走って教室を出て行った。



 掃除が終わり、いつもより遅く部活に行くと既に練習は始まっていた。


 バスケ部の空気はいつもと比べて少し暗かった。

 それは一週間後に試合が控えており、試合が終わるまでのゴールデンウィークはほとんどが一日練習だからだ。


 部員の大半が態度に出ていて翔夢は苦笑いせざるを得なかった。



 部活が終わり、数少ない友達の一人、圭佑と学校を後にした。


「なぁ翔夢、ゴールデンウィークが始まったら一日中ゲーセンに逃げないか?一日練習なら初めてじゃないからいいけどよぉ、ゴールデンウィークに被せるのはおかしいよな!」

「いいじゃん。ゴールデンウィークも体が鈍らなくて」

「体じゃなくて心にくるんだわ。あと鈍る通り越してぶっ壊れるわ。このバスケバカが」

「そう言って結局ゴールデンウィークも来るんだろ?」

「そりゃ、一人だけ逃げるのは罪悪感があるからな。翔夢が行くなら行くよ」


 圭佑は項垂れながら現実を受け入れた。



 圭佑と別れてしばらくすると、小学生くらいの小さな女の子が重そうな袋を抱えて動けないでいた。

 翔夢は心配になり話しかけた。


「君、その荷物持てる?重いなら手伝ってあげようか?」


 話しかけると女の子は安心したのか泣き出してしまった。

 翔夢が慌てて宥めると少しずつ落ち着いてくれた。


「手伝って、ほしい……です」

「分かった。ほれ、袋貸してみ」


 女の子から受け取った袋には野菜にお肉、飲み物などスーパーで買い物したと思われるものが入ってた。


 翔夢は女の子に家を案内してもらいながら話題を出した。


「今日はおつかいし過ぎたのか?」

「うん。お姉ちゃんがどうしても行けなくて。代わりにさらが行ったの」

「名前、さらって言うんだ。俺は赤井翔夢。よろしくな」

黒崎紗楽くろさきさら小学四年生です。お兄ちゃん高校生?」


 紗楽が部活のバックを指して尋ねた。


「そうだよ。すぐそこの鈴原高校の二年生」

「お姉ちゃんと同じ高校だ」


 そんな話をしているとすぐに紗楽の家に着いた。


 翔夢はこのまま紗楽に袋を渡して帰る予定だったが、紗楽の家から思わぬ人物が出てきた。


「え、翔夢君じゃん。もしかして妹のおつかい手伝ってくれた?」


 出てきたのは先程掃除を任された冬音だった。


「そういえば紗楽の苗字は黒崎か」


 紗楽の名前を聞いた時は何とも思っていなかったが、改めて考えたらすぐに気づくことだった。


「兄ちゃん熱治った?」

 紗楽が心配そうに冬音の裾を引っ張って尋ねた。


「あと二、三日は治らないかも」

「用事って弟が熱だったのか?」

「うん。昼間は学校を休んで妹が看病してくれたんだけど、ご飯作ったり洗濯物もしなきゃいけないから今日はどうしても早く帰らないといけなくて」

「そうか。じゃあ家事とか手伝うよ。俺は部活あるからそんなに来れないけど」


 家庭の事情は分からないが翔夢は困っている冬音を放っておけなかった。


「いいよそんな。迷惑かけちゃうし」

 冬音は翔夢を傷つけまいと、優しい笑顔で断った。


「紗楽は俺が手伝いに来てもいいか?」

「うん!翔夢お兄ちゃん優しいから」

「だってさ」

「分かったよー。弟の熱が治るまでで本当にいいからね」


 翔夢は紗楽を味方にして半ば強引に手伝うことにした。



 翔夢は家に案内されるとリビングで寝込んでいる冬音の弟を見かけた。


「今寝込んでいるのが小学五年生の弟の春樹はるき

「両親は仕事?」

「お母さんは夜遅くまで仕事。お父さんは私が小学生の時に家を出て行っちゃった」

「そうか。それで俺は何すればいい?」


 翔夢は暗い話を切り替えるように冬音に尋ねた。


「じゃあご飯作るの手伝ってほしいな」


 翔夢は夕飯作りと洗濯を手伝った。

 紗楽も風呂掃除をしてくれて冬音の家事の負担は少なくなった。



「今日は本当にありがとね」

「おう。明日も部活終わったら来るわ」

「バイバイ翔夢お兄ちゃん」

 翔夢は紗楽に手を振って帰宅した。



 ―次の日―


 ゴールデンウィーク初日の一日練習を終え、一旦自分の家に帰ってシャワーを浴びてから冬音の家に向かった。


 呼び鈴を押すとしばらくして冬音が出てきた。


「悪い、少し遅く――」


 翔夢は途中から言葉が出なくなった。


 それは冬音の頭上にゲームのHPバーのようなものが存在するからだ。


「翔夢君、もしかしてこれ、見えるの?」

「もしかして妹には見えてないのか?」

「う、うん。朝起きたら突然頭の上にあって。鏡には映るのに紗楽にも春樹にも見えなくて……」


 翔夢は心底重いため息をついて

「それ、精神具現化現象だよ」

 と、死んだような目で答えた。

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