第56話 黄色い騎士の鬱憤(マーカス視点)

 アンリエッタが攫われることは、想定の範囲内で、覚悟していたことだった。だが、いざ現実となると、ダメージが予想以上に大きかった。


 連絡が入った直後、怒りを抑え、なるべく冷静になるよう努めた。ここで冷静にならなければ、一つでも間違った選択をすれば、取り返しがつかなくなってしまう。それだけは、避けたかったからだ。


 ジャネットを責めなかったのも、それが理由だった。いや、俺がそこにいたとしても、同じようなことになっていた可能性が高いだけに、何も言えなかった。


「あそこです」


 ギラーテの郊外にある森の中に、男はいた。幸いにも、麻袋も担いだままだった。しかし、あの麻袋の中を、確認することは出来ない。


「フレッド。確実にあの中に、アンリエッタがいるのか。ダミーが入っている可能性は?」

「ありません。他の人ならともかく、アンリエッタは体の外にも神聖力が漂っていますので、替え玉を作ることは出来ません。ここからでも、麻袋から神聖力が出ているのを確認できますので、間違いないかと」


 まだ安堵する場面ではなかったが、一先ずフレッドの言葉に、胸を撫で下ろした。


「なら、手早く拘束しましょう。外部と連絡を取られる前に」

「あぁ」


 未だ男がギラーテにいたのは、仲間が拘束されたため、ジルエットのキッチンから逃げた時ように、亜空間を通ることが出来なかったからだ。

 聖職者の力量によるものなのか、亜空間を通っても、それほど移動距離を稼げないらしい。お陰で、団員たちの配置を上手く利用して、追い詰めることが出来た。恐らくそれは、向こうも気づいているだろう。


 さらにお荷物を抱えた状態では、いくら腕利きであっても、街の境目である高い塀を超えることは難しい。だから、あぁして考えるために、身動き一つしないのだ。


 マーカスは剣を抜き、土を蹴って、男へ向かって行った。わざと音を立てたのだから、男がマーカスを見るのは当然だった。舌打ちし、男も剣を抜いた。


「ちょいと待ってくれよ」


 慌てた物言いをしながらも、しっかりとマーカスの剣を受け止める。両手で打ちにいったマーカスの剣を、片手で受け止めているだけでも、相手の強さが分かる。だが、その剣もいつまで持ちこたえられるか。


「悠長に喋っていて良いのか」


 それはマーカスも同じだった。打ち合いになるか、と身構えた男とは裏腹に、マーカスは距離を取った。


「ヘイルストーン!」


 ジャネットが男の胴体を目掛けて、魔法を放った。雹ほどの大きさの氷の粒が、ジャネットの手から一直線に、男へと向かう。マーカスに集中していて、且つ、麻袋を担いでいた男は、瞬時に反応したものの、避け切れなかった。


 その隙に、マーカスは男から麻袋を奪い、ジャネットは紙を投げた。すると、男の足元に魔法陣が浮かび上がる。拘束しようと発動した途端、弾かれた。


「だから、待ってくれって言ったんだ」


 男の視線がマーカスへと向けられた。麻袋を取り返そうと、剣を構えた。


「あなたにそんな余裕は、ないはずですよ」


 その声と共に、いきなり現れた青白い鎖が、男を拘束した。


「魔法を無効化できても、同じ神聖力を無効化することまでは、出来ませんよね。拘束具を使用しない限り」

「き、聞いていないぞ。神聖力が使える奴が、いるってことを」

「安心しろ。これからは、聞く側じゃなく、話す側になるんだから」


 マーカスがそう言うと、観念したように、男は項垂れた。少し間を置かせたが、男が何か仕掛けてくることはなかった。さらに周辺を調べたが、仲間らしい人影もないことを確認した。


 残すは、麻袋だ。口の部分に括られた紐を解き、中を見た。


「アンリエッタ」


 そこでようやく、マーカスは安堵した声と表情をした。アンリエッタを麻袋から取り出し、怪我がした所がないか確かめる。すると、再び眉間に皺を寄せた。


「何かあったの?」


 アンリエッタを横たわらせたまま、マーカスがすぐさま行動に移さないのを、不審に思ったジャネットが、近づきながら尋ねた。アンリエッタの姿を見て安堵した次の瞬間、ジャネットもまた顔を顰めた。


「何、これ?」


 二人が不快感を表した原因は、アンリエッタの両足に付けられた足輪だった。手錠のように、繋がっているわけではないが、まるで囚人を連想させる姿に見えたのだ。


「やはり、これを付けられていましたか」


 男を拘束した後、近くにいた団員に引き渡したフレッドは、二人のような反応はしなかった。それよりも、予想していたかのような反応を見せた。


「フレッド、説明してくれ。いや、先に安全なところに移動させても、大丈夫だろうか」

「少し待ってください」


 そう言うと、フレッドはしゃがんで足輪に触れた。右と左を別々に、確認する。


「問題ありません。どういうわけか、壊れているようなので」

「壊れているのに、付けたままなのか?」

「恐らく、壊れたことに気づいていないんだと思います。だから、付けっぱなしに、なっているのではないでしょうか」


 飽く迄、予想ですが、と前置きをした後、フレッドは再び説明をした。


「右に付けられているのが、神聖力が使えなくなる拘束具。そして左は、逆に神聖力を使うと電流が流れる道具で、主にアンリエッタのように力の強い者に付けられる、拷問具です。この二つを付けたということは……」

「怯えさせて、言うことを聞かせようとしたのね。よくある常套手段だわ」

「けれど、この二つが壊れた、ということは、付けられても尚、神聖力を使ったのでしょう。アンリエッタほどの力の持ち主です。そうでなければ、壊れるはずはありませんから」


 マーカスは溜め息をつき、アンリエッタを抱き上げた。


 今はともかく、安全なところで休ませてあげたい。フレッドの話が本当なら、目に見えなくても、体は傷ついているだろうから。目を覚まさないのも、他に原因があるのかもしれない。


「それで、これはお前でも外せるのか」

「はい。私も付けられたことが、何度もありますので、問題ありません」

「……教会では、よく使われるものなの?」


 フレッドの言葉に、思わずジャネットが質問をした。しかし、フレッドは返答を避け、別のことを口にした。


「我々、神聖力を持つ者にしか効力のない道具です。そのため、厳重に管理されているんですよ。型番によって、どこの教会が所有しているのか、それさえも分かるように」

「反乱分子が出た場合を想定してか」


 教会は、上にいけばいくほど、神聖力の有無は勿論のこと、力量も多いというのが当たり前になる。その者らにとって、これらの道具は脅威となるのだ。だからこそ、拷問具となりえるのだが。


「つまり、立派な証拠になり得るものなのね」

「はい。なので、出来るだけ有効に使ってください」

「勿論。アンリエッタが、こんな目に合ってまで、手にした物ですもの。無駄にはしないわ」


 不敵に笑うジャネットに、敢えて声を掛けることはしなかった。発破をかけなくとも、こちらの望む結果が得られそうだったからだ。

 マーカスはアンリエッタを横抱きしたまま、安全な場所として用意した、学術院へと歩を進めた。



 ***



 学術院に来訪する王侯貴族の宿泊場所は、何もレニン伯爵の別邸だけではない。ちゃんと学術院の敷地内にも、用意されている。主に、使用人たちまで、大勢連れて来る場合や、宿泊費など捻出できない貴族に、使用されている建物だった。


 普段は、貴族の学生が、使用人を同伴している場合などは、その建物を使用したりしている。特別、用途に規定は設けられていない。故に、今回のように、パトリシアが使用していても、問題はなかった。


 そして今、アンリエッタもその一室で、寝かされていた。未だ、目を覚まさないのと、フレッドにより、足輪を外すためだった。


 目を覚まさない原因は、睡眠剤を投与されていたためだ。これは、アンリエッタ首元に、注射針の後があったことで分かった。


 首の裏に、痣が出来るほどの衝撃を与えて、気を失わせた後、念のためにしたことだろう。


 壁を背にしながら、マーカスは歯を食いしばった。すでにフレッドは、右足の足輪を外し終えていた。


「すべて、外し終えました」

「悪いが、それをジャネットに持って行ってもらえないか」

「分かりました。……それから、気を落とさないで下さい。慰めにもなりませんが、教会ではよくあることなので」

「本当に、慰めにもならないな」


 マーカスが苦笑いを見せると、フレッドは一度頭を下げた後、言われた通り足輪を持って、部屋から出て行った。


 アンリエッタと二人きりになってようやく、マーカスはベッドに近づいた。マーカスが毎日使っているベッドよりも広いが、見慣れたベッド。アンリエッタが一人で寝ていると、余計広く見えた。


 枕の近くに、腰かける。こうして、いつ目覚めるか分からないアンリエッタを見るのは、二度目だ。


 結果的に、収穫はあった。規模を大きくした割には、小さな収穫ではあったが、ジャネットとアルバートが上手く使えば、大きな収益になる。


 アンリエッタも、こうしてここにいる。それなのに、後悔が止めどなく押し寄せてくる。もっと良い方法あったんじゃないか、と。いっその事、目を覚ました直後、俺を責めて欲しいくらいだった。


 けれど、アンリエッタはそんなことはしないだろう。最初に計画を打ち明けた時、アンリエッタは文句も言わず、受け入れてくれたから。そうなることは、当然のように。


 髪を撫でた。フレッドの神聖力によって、体は癒えている。アンリエッタほどの神聖力の持ち主だと、怪我や病は治りが早いらしい。代わりに、薬などは効き辛い。


 だから、多く投与された恐れがあるため、目覚めるのも遅くなるだろう、とフレッドが言っていた。改めて、フレッドをアンリエッタの護衛に雇って、正解だったと実感した。


 俺だけだったら、今頃あの集団に何をしていたか、分からない。折角の取引のカードだというのに、台無しにしていたかもしれない。


 今日、何度もついた、溜め息を吐いた。立ち上がり、ベッドの端に座り直す。そして、布団を少しだけ捲った。


「アンリエッタ」


 先ほどまでフレッドが触れていた両足が現れた。左足に触れて摩った。


「無茶をして……」


 電流が流れる、と脅してきたに違いない。それなのにも関わらず、力を使うとは。お陰で、解除が容易だったと聞いた。


 壊れていない状態で、解除させることなく、外部から壊すと、爆破する仕組みになっていたらしい。実際、それで足を失った者もいたと言う。


 仮に付けたままだと、居場所が突き止められる。アンリエッタが最も嫌うものの一つだ。


 自分のことじゃないのに、一定の範囲内に入ると、俺の居場所が分かるようになる、と言ってきた時、物凄く申し訳なそうに謝られた。ちょっとくらい束縛してくれても、構わないというのに。


 マーカスはそっと、アンリエッタの左足の甲に口付けを落とした。

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