第55話 赤い王女の後悔(ジャネット視点)

 バン!


 勢い良く開けられた裏口から、フレッドが急いで中に入ってきた。


「何?」


 驚いたジャネットを無視して、ずかずかと歩いて行き、フレッドはあるところへ向かっていた。


「どうしたというの?」


 ジャネットが後をついて来ても尚、フレッドは答えなかった。


 一応、今回の作戦で、二人は顔合わせをしていたため、ジャネットがフレッドを不審者だとは思っていない。むしろ、アンリエッタの護衛であるフレッドの尋常じゃない行動に、何かがあったのだと察した。


 そして、ジルエットのキッチンのドアに辿り着くと、フレッドは人差し指を口元に置き、ジャネットに静かにするよう合図を送った。


 ジャネットは神妙な面持ちで頷く。


 さっき物音が聞こえて、声をかけたけど、まさかあの時に何かあったというの⁉


 歯を食いしばり、フレッドがドアを開けるのを待った。すると、ドアに耳を当てていたフレッドが、突然表情を変えた。それ同時に、一気にドアを開けた。


「―――かるぞ」

「待て!」


 ドアの先には、見知らぬ人相の悪い男がいた。その肩には、人一人の大きさの麻袋が抱えられていた。


 まさか――……‼


「アイスニードル!」


 ジャネットが魔法で、鋭い氷の塊を飛ばしたが、男に当たることはなく、床に出来た亜空間へと消えてしまった。


「くっ!」


 男がどこに消えたのか、どうやって男が現れたことを知ったのか、などフレッドに聞きたいことは山ほどあったが、ジャネットには別に、すぐに動かなければならないことがあった。


 フレッドは、男が消えた床に這いつくばって、何かを調べている様子だった。が、ジャネットは急いで、キッチンから出て、魔法で魔術師たちに連絡を入れた。


「アンリエッタが攫われたわ。急いで、宿屋にいる一団を拘束して。理由は何でもいいわ。上手くでっち上げて、足止めをしなさい」


 あとは、アンリエッタの居場所ね。恐らくさっきの亜空間を作り出したのは、一団の中にいた聖職者か聖騎士だろうから、奴らを押さえれば、遠くへは逃げられないはず。


 私は神聖力を感じ取れないから、いつあの男がキッチンに現れたのか、分からなかったんだわ。家の方には、侵入者が入れば、ユルーゲルが作った魔法陣で、私でも分かるはずだから。


 何よりの決定打は、フレッドだ。彼は元司祭。神聖力を持っていても可笑しくはなかった。そのフレッドが反応したのだから、間違いはないだろう。


「これで向こうは、大丈夫なはず。ユルーゲル」

『はい、ジャネット様』


 名前を呼ぶと、遠隔魔法でユルーゲルと繋がった。


「アンリエッタが攫われたのは聞いたわね」

『聞きました。他の魔術師たちが、ジャネット様の命で、すでに動いております』

「わかったわ。それとは別に、マーカスにも連絡を入れてちょうだい。自警団にアンリエッタの捜索をお願いしたいから」


 そう言った後、アンリエッタを連れ去った男の特徴を伝えた。アンリエッタが、麻袋に入れられたことも含めて。


『分かりました』


 ユルーゲルにも緊急が伝わったのか、それだけ言って接続を切った。


 私のミスだわ。アンリエッタが攫われたのは。あの時、もっと踏み込んでいれば……!


「迅速な行動、さすがです」


 頭を抱えていると、後ろからフレッドに声を掛けられた。


「いいえ。私がもっと気をつけていれば、こんなことにはならなかったはずだわ」

「相手も、こちらの出方を予想して、裏を掻いたんです。それに魔術師であるあなた様には、仕方がないことですから」

「慰めは結構よ。それで、何か分かって声を掛けたのでしょう」


 フレッドを促すと、一度頷いた後、口を開いた。


「はい。万が一のことに備えて、アンリエッタには追跡できるように、こちらに神聖力を込めてもらいました」


 握りしめた手を差し出し、ジャネットの前で開いて見せた。手のひらには、青い宝石が付けられたペンダントが乗っていた。


「これで追跡できるのね」

「ただ、相手も追ってくることは、想定内のはずです。こちらも出来るだけ万全の人数で、追った方がよろしいかと」

「でも、こっちが聖職者を押さえていても、ギラーテの外にいるかもしれない、別の聖職者が手引きをしたら? 手遅れになってしまうわ」


 そう、それが最悪のシナリオだ。ギラーテの中にいる内なら、こっちに分がある。今のうちに手を打たなければならない。


 ジャネットとフレッドが話していると、また裏口からドアを勢い良く開ける音がした。


「居場所は掴めたのか」


 即座に言うということは、フレッドが持っているペンダントのことを、すでに知っているのだろう。息を切らせたマーカスが、フレッドに聞いた。


「はい。ギラーテの門に向かっているようです」

「馬鹿正直にか。仲間とも合流しないところを見ると、向こうのことは織り込み済みか」

「街の外に、仲間がいる可能性がある、ということね」

「念のため、街の外へ出られる場所には、団員を配置してもらうようにしておいたから、俺たちはこのまま、犯人を追うぞ」


 案内しろ、とマーカスはフレッドを促した。


「私たちだけですか?」

「団員たちは、神聖力が使えない。だから何かあれば、ユルーゲルが魔法陣を使って、呼び出せるわ。それと連絡係にもなるし」

「問題はあるか?」


 そこまで言われ、フレッドは首を横に振った。


「ジャネット様。念のため、拘束した聖職者と聖騎士に、神聖力を使うような隙を与えないように、魔術師様に頼めないでしょうか」

「魔力で体を包み込ませれば、使用したのが分かるかしら」

「そうですね。反発しますので。それで大丈夫かと。拘束する意味でも」

「分かったわ。そう伝えておきましょう」


 保険はかけておいて、損はないものね。


 ジャネットはすぐさま連絡をして、先を行くマーカスとフレッドの後を追った。

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