第11話 身辺調査?
「あのポーラという女は、何者だ?」
「え?」
「いや、言い方が良くなかったな。あの女とは、どういう関係だ?」
アンリエッタが驚くと、マーカスは視線を逸らした後に言い直した。が、どちらにせよ、どう返すべきか悩むような内容だった。
そもそもマーカスが、そこまでポーラを不審に思うのも、無理はなかった。
初対面でいきなり臨戦態勢を取られれば、誰だって怪しむし、あまり関わり合いになりたくはないだろう。
しかしそんな人物が、自身の勤め先を宛がい、さらには同居人と親密にしていれば、そうもいかない。故に、詮索したくもなる。訪問してきた目的は、まぁそんなところだろう。
「いきなり、どうと言われても、困るんだけど……。そうだなぁ。一言で言うと、頼りになるお姉さん的な、存在かな」
マーカスが聞きたいのは、そんなことではないのだろうが、一先ず言葉を濁した。
「まぁ、エヴァンが言っていたように、顔は広そうだな」
「うん。ギラーテに住んでいるわけじゃないのにね。この本だって、ポーラさんが学術院の先生に頼んでくれたものだし」
学術院と聞いて、マーカスは驚いた顔をした。
自警団に顔が利くというのは、実際に目の当たりにしているから分かるとして。恐らくエヴァン辺りから、冒険者ギルド。自警団の団員辺りから、それ以上のことまで聞いているのかもしれないが、どうやら学術院までは聞いていなかったようだ。
何者と問われたら、私の方が聞いてみたい。けど私の方も、秘密にしていることがあるから、安易に聞くことができない。神聖力のことも、結局こないだバレちゃったし。
「つまり、アンリエッタも詳しくは知らない、というわけだか」
「うん。私も始めの頃は気になって、エヴァンさんに聞いたんだけど、濁されて。ジェイクに至っては、逃げられて。だから最終的に、お客で来てくれる冒険者に聞いたんだけど、知らない方が良いって」
「……」
そういうことなんだよ、とマーカスに頷いて見せた。
「ポーラと知り合った経緯は、やはりエヴァンか?」
「勿論。少し話しただけでも分かると思うけど、基本人が良いんだよね、エヴァンさんは。ジェイクは問題児だけど」
そう言って、ふふふっと笑って見せた。
「それでエヴァンさんに、何かとお世話になっていると、パーティーを組んでいるポーラさんとも自然と、ね。知り合いにはならない方が、可笑しいんじゃないかな」
「じゃ、エヴァンとは?」
「え?」
何? まだ聞いてくるの?
「別に、可笑しくはないだろう? 妹が世話になっている相手を兄である俺が知ることは、変なことじゃない。むしろ、知っておくべきことだと思うが」
「その兄であるあなたのことを、私は何一つ知らないんだけど、それに対して、何か言うことはないの?」
いつまでも、やられてばかりじゃないんだから!
マーカスという小説『銀竜の乙女』の登場人物がここにいるのに、何一つ情報を得られていない。せめて現状が、小説のどの辺りなのか、それだけでも知っておきたいというのに、だ。
しかし、マーカスはキョトンとした表情をした後、ニヤリと笑った。
「俺のことを知りたい? 厄介者なんじゃなかったのか?」
「うっ。……や、厄介者だから、よ」
知りたいのは知りたいけど、どうしてそう言う言い方をするの。
アンリエッタは俯いて、本の上で両手を組んだ。
「……折角、縁あって一緒に住んでいるんだから、必要最低限のことくらい、知っていても良いんじゃないの?な、名前以外で」
変な屁理屈を言われないために、予防線を張るのも忘れなかった。すると、マーカスは少し間を置くと、神妙な顔をしてから口を開いた。
「聞いても態度を変えないと、約束してくれるなら、話しても構わない」
今度は、アンリエッタがキョトンとした。『銀竜の乙女』を読んでいるため、態度を変えるほどの内容があるとは思えなかったからだ。
それとも、私の知らないことなのかな。いや、むしろその知らない情報だったら、尚更聞きたい。……だけど、どうしてそんなに不安そうな顔をするの?
ただその態度が気になっただけだったのだが、気がついたらアンリエッタはそっと、マーカスを抱き締めていた。本当は孤児院の子供たちにしてあげたみたいに、あやすように抱き締めたかったのだが、アンリエッタよりもマーカスの体が大きかったため、首に左手をかけ、右手で頭を軽く触った。
「普段から図々しい態度を容認している私が、今更どうやって態度を変えるっていうの? らしくないよ」
「俺だって弱気になることはある」
「そうみたいね」
金色の髪の毛を優しく撫でると、背中に温もりを感じた。その瞬間、マーカスとの距離が少し縮んだ。
***
結局のところ、そうまでしてマーカスが言いづらそうにしていた内容は、“貴族”である、ということだった。
私はあまりの拍子抜けする回答に、思わず溜め息をついた。しかし、マーカスにとっては、大きな問題であったことも、よくよく考えれば分かる話だった。
ギラーテの学術院が、身分問わず生徒や教授を受け入れている関係のせいなのか、この街では身分によって、差別を受けることはあまりない。一応、必要最低限の礼儀などは、暗黙のルールでやり取りをされているおかげもあって、上の者も下の者も、それぞれ不快に思わない程度の関係を保っていた。
だから、アンリエッタも一人でお店を切り盛りしている中、お客に貴族らしい人がいたとしても、他のお客と同じような接客態度に、怒られるようなことはなかった。むしろ、相手の方も仰々しく扱って欲しくなかった、というのもあるのかもしれないが。
しかし、一般的にはそうではない場合が多い。平民の大半は、貴族と聞くだけで態度を変える。それは貴族のほとんどが、ほんの少しの粗相をしただけで、平気で罰するからだ。そんな連中と付き合おうとするのは、下心がある者くらいだった。
だからマーカスは、渋ったのかもしれない。すでに『銀竜の乙女』で、マーカスが貴族であることを知っている私からすれば、今更のことだったが、二年間という旅の中で、それに関した出会いと別れを、繰り返してきた可能性は大いにあった。
マーカスの望みは、このままであること。無論、私も態度を変えるつもりはさらさらない。
髪の毛をもう一度、撫でた。
「マーカスが貴族様だって言うなら、私も言わなきゃならないことがあるの」
そう前置きをすると、先ほど溜め息をついた時に肩の上に置かれていた、マーカスの頭が持ち上がった。その態度に、思わずクスリと笑った。
マーカスが心配することなんて、何一つないのに。逆に、私の方が緊張してきた。
「私はね、孤児なの」
平民の中でも、とりわけ底辺に位置するといっても過言じゃない、孤児である。本来なら、貴族であるマーカスと、こうして話すことも触れることも出来ない存在だ。軽視されても、おかしくはなかった。
それを知ったとしても、あなたは態度を変えないと、約束してくれる?
あれは、私が言うべき台詞だ。
「この街のではないけど、孤児院出身なの。だから――……」
言葉を続けようとしたら、強く抱き締められた。加減してくれているのか、苦しく感じることはなかった。
生憎、同情されたくないんだけど。
孤児院に来る貴族の中には、本当に善意で来る者、それに酔いしれる者がいる。あの時は院が助かれば、皆が少しでも良くなるなら、と思えば、同情でもなんでも構わなかった。
しかし、今の私は違う。私自身のことだけを、考えれば良いのだから。
可哀想だと思われるのは、構わない。ただ、そう感じてもいないのに、勝手に周りが判断するのが、嫌だった。
それは、前世がそうだったからだ。
両親が共働きだったのだが、ニュースのコメンテーターが知りもしないで勝手にそう言うことを言うのが、不愉快極まりなかった。私はあれで満足していたというのに。それを真に受ける連中が、勝手に可哀想だと決めつける。私の意見など、彼らには通用しない。
子供の意見など、真面目に取り合わないのだ。始めから。
だけど言いたい。可哀想か可哀想じゃないとかは、当事者が決めることであって、外野が決めることじゃないってことを。
「マーカス」
だから私は再び名前を呼びながら、髪を撫でた。
「これはね、ポーラさんやエヴァンさんにも話していないの。だから、秘密にしてくれると、ありがたいんだけど……」
私の背中に置かれた腕の力が弱まり、ようやくマーカスの顔を見ることができた。
「あいつらは知らないのか?」
「うん。だって、今の両親経由で知り合ったんだもの。言えるわけないよ」
そうか、と言うマーカスは、どこか嬉しそうだった。
良かった。態度を変えるわけでも、同情でもない、そんな表情に私は安心した。
「神聖力を持っていることも、秘密にしてほしい。ポーラさんは知っているから、それ以外には」
「孤……児……のことはしょうがないが、神聖力のことは、どうして?」
う~ん。どうしようかな。表面上の説明だけなら、しても良いと思った。けど、少し掘り下げても、大丈夫な気がした。まぁ、一緒に住んでいるわけだから、いざという時、動揺されても困るから。
「実は私、孤児院から脱走してきたの。隣のマーシェルから。多分知らないと思うけど、ゴールク孤児院ってとこ。理由は察しの通り、神聖力が原因でね。マーカスなら分かるでしょ、神聖力を持った孤児が辿る道を。だから逃げたの。まだ追手が来るかどうかは、分からないけど、念のため、髪も染めているのよ、これ」
マーカスの肩に置いていた手を、自分の茶色い髪の毛に持っていって見せた。すると、マーカスは受け取るように、私の髪に触った。
「何色?」
「銀色。目立つでしょ」
「確かに。かなり少なくはないが、俺みたいに多くはないからな。……見てみたいな」
茶色い髪の毛を弄びながら、恨めしそうに呟いた。
「それは無理よ。本当にそんな人たちが現れたら困るから、こうして話しているのに」
「大丈夫だ。そんな奴らは、俺が倒すから」
再び、マーカスとの距離が縮まる。先ほどのように抱き寄せられたわけではなく、マーカスの方から包み込むように抱き締められた。優しく、守られているような、そんな気持ちを抱かせてくれるような抱擁だった。
確かに、マーカスなら守ってくれるかもしれない。二年間も生き延びてこられたんだから。
お姫様のように、守られることが当たり前の存在、というのにも、憧れがないわけじゃない。でも彼は、常に傍にいる護衛じゃないし、私も何もしないお人形じゃない。
「ありがとう。でも、自分の身は自分で守るよ。そのために、神聖力の使い方を勉強しているんだから」
「俺じゃぁ、頼れないのか?」
「そんなんじゃないよ。最低限、護身術程度はできないと困るし……」
「今まで、どうやってきたんだ?」
困惑するマーカスの顔と向き合った。
まぁ当然の反応かな。逃げてきたのに、身を守る術を身に付けていないなんて、私がマーカスなら、冗談でしょって思うだろうから。
「……勘だよ」
そうすべて勘だった。危険を敏感に察知してくれる勘によって、生き延びてこられた。イズル夫妻と出会ったのも、その恩恵だった。
最近は、その勘を無視していることが多い気はするが……止むを得ない。
今度は、マーカスが溜め息をついて、アンリエッタが俯いた。
「独学で学んで、大丈夫なのか? 俺は魔法の類は、素養が全くないから、手伝えそうにもないんだが……」
馬鹿にもしないで、別の心配をしてくれるマーカスの優しさに、心が軽くなった。
「神聖力のことは、なるべく秘密にしたいから、独学が一番良いの。先生を付けて貰うと、学術院に通いそうだし。そうなると、お店が疎かになるから。……だけど、ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」
「あぁ。だが、もし必要になったら、いつでも言ってくれ。打たれ強い方だし、俺の訓練にもなる」
「怪我したら、私が治せるしね」
そうだ、とアンリエッタは、背筋を伸ばして、顔をマーカスに近づけた。頬に唇を寄せて、口付けた。
「……!」
「本に書いてあった、祝福をしてみたんだけど、どうかな。怪我とかを治すものとは、違った効果があるはずなんだけど……。マーカス?」
手伝ってくれるって、言っていたのに、反応が薄い。まぁ、すぐに効果が出るものでもないらしいから、仕方がないか。
「神聖力はないが、俺もやってみていいか?」
「え? 何を?」
祝福を、と耳元で囁かれ、頬にキスされた。そこでようやく、自分がマーカスに何をしたのかを自覚した。
「……っ!」
「できれば、明日も受けたいんだが」
「し、しない! やらない! 絶対にやらない‼」
というか、離れて!
にこにこ笑うマーカスを、押しのけようとした。が、なかなか解放してはくれなかった。
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