第9話 黄色い騎士の事情(マーカス視点)

 あれから二年が経った。

 家を出て、二年。……初めてアンリエッタを見てから、二年経っていた。


 騎士の国であるマーシェルに生まれた俺は、何事もなければ今頃は、何処かの騎士団に所属する騎士となっていただろう。ましてや、ザヴェル侯爵家の次男。跡取りではない俺に制約はなく、貴族としての身分なら国所属の騎士団、実力を伴いさえすれば民間の傭兵団から教会の聖騎士団まで、どこにだって入団できていたはずだ。

 五年前、一つ上の姉であるパトリシアの秘密を知るまでは。


 パトリシアが生贄の証を持って生まれてきたが、幸いにもマーシェルの民の間では、その伝承が薄れ、語り継がれていなかった。そのため、両親はあまり悲観に思うこともなく、ただの迷信だ、時代錯誤だの言い、パトリシアを俺や兄のアイザック同様に扱い、育ててくれた。

 ただ一つ用心したのは、証の存在を家族にも家内の者たちにも、けして外部に漏らさないように、箝口令を敷いたくらいだった。


 だから五年前までは、俺も気に止めなかった。そもそもパトリシアの証は、右腕に蔦のような模様が刻まれていて、半袖を着用しない限り、人目に付くことはない。常にパトリシアの世話をするメイド以外、普段から目にすることはなかったため、皆いつの間にか、最初から無いものとして接していた。


 しかし、当の本人であるパトリシアは、そこまでの精神を持ち合わせてはいなかったのだろう。成長するのに合わせて、屋敷にある書斎から、市街地の本屋、国が運営すら図書館まで通い詰めて、生贄の伝承について調べ始めていた。


 いつ・何処で・誰が・どんな目的で・どのように食われる(どのような最後な)のか、分かったのは、たった二つだけだった。

“何処で”は、マーシェルの西側にあるソマイアに隣接しているカザルド山脈内にある何処かの洞窟で。“誰が”は、銀色の鱗を持つ竜であること。


 そこまで調べたパトリシアは、こっそり家を抜け出し、事実かどうか確かめようと準備をし始めていた。

 それに気づいた俺は、ひとまずパトリシアを説得し、思い止まらせようとした。


「何を考えているんだ、パトリシア! 剣も魔法も使えないのに護衛も連れず、カザルド山脈に行くとは正気か⁉」


 大事おおごとにしたくはなかったパトリシアのメイドと侍従たちが、まず先に俺に知らせた。


 マーシェルには勿論、女の騎士はいるが、パトリシアは剣を習うことはしなかった。周りがいくら気にしなくても、パトリシア本人はいずれ生贄になると思っていたのだろう。外で活発に駆け回る姿は幼い頃だけで、成長すると深窓の令嬢という言葉が似合う女性になっていた。


「私は本気よ、マーカス。こればかりはきちんと、私の目で見たいの。ただの伝承なのか、それとも本当なのか。これから生きていく上で、とても重要なことなの。この証が、ただの痣なのか、それとも生贄の証なのか。カザルド山脈に、本当に竜がいるのか、今分かっているものだけでもいい。確かめに行きたい。それの何がいけないの! 私はこれからも、怯え続けて生きていたくないだけなのに……」

「……なら、せめて護衛だけでも連れて行かせてやってくれ」

「死に逝く者のために、護衛は必要?」


 まだそうと確定したわけでもないのに、否定することができなかった。


「時間を、くれないか。その間にパトリシアも、自分を守る術を学ぶんだ。……そうしたら、俺も協力する」

「結末は変わらないのに?」

「周りにいる者のためだと思えばいい。あいつらに辛い思いをさせるより、安心させる方が良いだろ? 俺に知らせたのが、何よりの証だと思わないのか?」


 そこでようやく、パトリシアは折れて、鞄を床に置いた。


 パトリシアにはあぁ言ったものの、次に俺のとった行動は、真逆のものだった。

 協力すると言って、パトリシアから調査書を貰い、それをすぐさま読み終えると、旅支度をして家を出た。家の者には、武者修行と嘘をついて。


 これこそ、時代錯誤だと言われかねないが、騎士の国であるマーシェルでは、今でもやっている者もいるし、パトリシアも疑うことはないと判断した。


 向かう先は、カザルド山脈。


 幸いにも、いや残念とも言うのか、そこまで男前の容姿をしているわけではなかった俺は、女装をすると、なんとパトリシアによく似ていた。年子としごというのもあり、幼い頃はそれで悪ふざけをしたものだった。


 そして、対面してしまった。

 銀色の竜に。


 ヴァリエと名乗った竜は、俺の望みを叶えてくれると言った。しかし、ある人物を連れて来ることを条件に。


 それが、アンリエッタだった。


 ヴァリエから見せられたアンリエッタの姿と名前を頼りに、二年間旅をした。無論、挫けそうになることなど、一度や二度ではなかった。

 その度に、ヴァリエから貰った鱗でアンリエッタの姿を確認した。目に焼き付けるように、何度も見た。街ですれ違っても、分かるほどに。


 だからだったのだろう。

 当人を目の前にした時、気持ちが高ぶって、思わず手の甲にキスをした。向こうは嫌がったが、そんなものは関係なかった。


 会いたかった人に、ようやく会えたのだから。

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