第8話 深緑色の冒険者の気苦労(エヴァン視点)

 ジェイクには困ったものだ。

 そうは思うものの、俺はジェイクを切り捨てようと思ったことは一度もなかった。

 冒険者仲間に、それを何度か指摘されたことがあった。


『ジェイクがいなかったら、お前とパーティーを組みたいんだけどな』

『いつまで尻拭いするつもりだ』


 もっとストレートに言う奴もいたが、俺からしてみれば、どうして切り捨てようとするのか、理解できなかった。逆に目の届かないところにいって、大丈夫だろうか、問題を起こしていないだろうか、そればかり考えるよりかは、まだマシだった。何かあれば、手助け出来る位置にいた方が良いと思ったんだ。


 だが、今回は訳が違った。それはジェイクも理解してくれていたようで助かった。


 きっかけは、ポーラからアンリエッタについて頼まれたことだったが、今やジェイク同様、俺にとっては可愛い妹的存在だ。そこに突然現れた“兄”を名乗るマーカス。

 今まで兄がいるなんて話は、アンリエッタから聞いてはいない。けれど、しっかりしているが、時折末っ子のような甘え上手な側面を持っている。


 エヴァンは、横を歩くマーカスの横顔を一瞥した。


 似ているところがないからと言って、疑うのは良くないよな。うん。まるで俺が嫉妬しているみたいじゃないか。


 改めて気持ちに整理をつける為に、エヴァンは一つ息を吐いた。


「マーカス、そっちじゃない。こっちだ」


 つい先ほど、ジェイクが曲がっていった角を、マーカスも後を追うように曲がろうとした。


「あぁ、やはり自警団には、こちらの道ではないのですね」

「分かっているのなら、どうして曲がろうとしたんだ」

「いえ、冒険者ギルドと近いのかと思いまして。それに、気にはなりませんか?」

「何が?」


 言わんとすることが、分かっているものの、敢えてそう尋ねた。


「弟さんが本当に向かったのかどうかを、ですよ」

「……そこまで、ウチは過保護じゃない」

「……そうですか。ですが、冒険者ギルドの場所も分からないのも何なので、確認するために、近くまで行ってもらっても良いですか?」


 それが本心なのか、気遣われているのか分からなかったが、マーカスの提案に乗ることにした。



 ***



 マーカスの要求を受けている内に、いつの間にかギラーテの観光案内人にさせられていた。冒険者ギルドから始まり、アンリエッタが買い出しによく行く市場、街の中心にある時計塔とその後ろから見える学術院の説明までしたのだ。


 本当に、街に出たことがなかったんだな。


 マーカスを連れて歩き始めてから、数分経った辺りから、ふと違和感を覚えた。まるで、歩き慣れていないような印象を受けたのだ。

 露骨にキョロキョロしていた訳ではない。堂々としていて、物腰が柔らかいような態度に見えたが、周りを気にするような、警戒とまではいかないが、そんな素振りを時々していた。


 俺に案内させるより、アンリエッタに頼めば良いものを。……あぁ、そうか。兄として、そんなみっともない姿を、見せたくはないということか。


 そう思ったら、色々と案内したくなったが、そろそろ自警団に向かわなくてはならない。自警団に断られたら、商業ギルドに向かう必要があり、さらには冒険者ギルドにも寄る羽目になるかもしれないからだ。

 マーカスにその旨を伝え、向かうことにした。


 すると、自警団の建物の入口に、見知った人物の姿があった。先頭にいる赤毛の女性が、両手を縄で縛られた見知らぬ男を引っ張り、その後ろを茶髪の女性が所在なさげに歩いていた。


「あれは……」


 どうやらマーカスも、気がついたようだった。すぐさま駆け付けようとする仕草に、エヴァンは肩を掴んで止めた。

 マーカスは振り向き、何故と顔で問うと、エヴァンはただ首を横に振った。


「少し間を置いてから入ろう。その方が良い」

「何故?」


 今度は声に出して尋ねられた。


「アンリエッタの傍に、ポーラがいたからだ」

「ポーラ? ……あぁ、赤毛の女のこと……ですか?」

「ポーラ・フォーリーと言って、俺の仲間なんだ。ここに住んでいる訳じゃないんだが、顔が広くてアンリエッタも世話になっている」


 ギラーテに来ても、街に出歩かない程なのだから、アンリエッタの交友関係を把握できていないのも頷ける。現に、俺らとも今日が初対面なのだから、ポーラのことも知らないことだろう。

 当たり障りないポーラの情報を話すよりも、アンリエッタの名前を出した方が、信頼性が出ると思った。


「そうでしたか……」

「あぁ。だから、心配はいらない。むしろ、連れている男の方だな。普通に考えて、自警団に突き出しに入っていったと思って間違いないだろう。だから、事が終わった頃合いに行った方が良い」


 問題を起こしたと思われる人物を連行している時の心境は、怒りか疲労のどちらかだ。そこに、さらに怪しいと思い込んでいるマーカスを、その状態のポーラに引き合わせでもしたらと思うと、こっちの方が疲弊しそうだった。

 なら、いっそのこと、解決した後の解放感を味わっている最中の方が良いだろう。


 とばっちりに合わないことを祈りつつ、エヴァンはマーカスを連れて、ゆっくりと自警団の建物へと向かっていった。


「邪魔するぞ」


 ポーラたちが先に入っていったことなど、知らなかったような素振りで、エヴァンは自警団の建物の扉を開けた。

 中は、想定の範囲以内の光景が広がっていた。団員と話すポーラ、その近くにいるアンリエッタ、男を連行している団員。読みを間違えた箇所は、最後のみ。男の姿があるということは、ポーラの説明がまだ終わっていないことを意味していた。


「何かあったのか?」


 この状況で、話しかけないわけにはいかないだろう。マーカスは勿論、俺も詳細が気にならないわけがない。

 団員と話しているポーラではなく、アンリエッタに聞いた。


「えっ! 何でここにエヴァンさんが? マーカスまで。冒険者ギルドに行ったんじゃないんですか?」

「色々あってな。それより、アンリエッタたちが、自警団にいる方が気になるんだが……」

「実は、スリの煽動と少年への暴行容疑で、あの男を自警団に連れて来たんです」


 その言葉で何があったのか、容易に想像ができた。そして、団員に説明をするポーラの剣幕の意味も。


 やれやれと、視線をポーラに向けたまま息を吐いた。


「怪我はないか」


 だから気づけなかった。いつの間にかアンリエッタの傍に行ったのか、マーカスが心配そうに聞いていた。

 暴行と聞いて、アンリエッタも手を出されたのかと思ったんだろう。大丈夫だと言うアンリエッタを余所に、掠り傷一つないか確かめるように見ていた。


 自分も過保護の方なのかもしれないと心配したが、マーカスの様子にエヴァンは内心安堵した。


「まったく分からず屋なんだから!頭が固すぎるのよ!」


 粗っぽく前髪を掻き上げた手を後ろ髪へと流しながら、ポーラが近づいてきた。そんな姿でも様になっているポーラに見惚れていたエヴァンだったが、次の瞬間複雑な表情に様変わりした。

 それはアンリエッタの傍にいるマーカスを見た後、あら、あなたもいたの?何でいるわけ?とでも言いたげに、エヴァンを凝視したからだ。


「どうかしたんですか?」


 ここでポーラに話しかけられるのは自分しかいないと感じ取ってくれたのか、アンリエッタが尋ねた。


「あの男を一晩、牢に入れるだけの処置だと言うから、そんなの甘い! って文句を言ったのよ」

「いや、妥当な処置だろう。スリに暴行。相手もここにいる訳じゃないってことは、大した怪我じゃなかったってことだろう?」

「それは……まぁ……そうなんだけど。……相手の少年には、逃げられてしまったのよ」


 さっきの威勢はどうしたのか、ポーラは言い淀んだ。


「逃げられる程の怪我なら、男の方の処置は、自警団の判断で構わないんじゃないか」

「だけど……」

「いくら刑罰を重くしても、スリや暴行はなくなりませんよ。相手の少年も名乗り出てこられない以上、あなたに出来ることは、これ以上ないかと思うんですが」


 違いますか、とポーラに近づきながら、マーカスは微笑んだ。


「そうね。私が感情的になり過ぎたみたいだわ。それで、あなたはどちら様?」

「失礼しました。私はアンリエッタの兄のマーカスと言います」


 ポーラの口調が臨戦態勢に入ったことを感じたが、マーカスに怯む様子は全く窺えなかった。助けを出した方が良いか悩んだが、アンリエッタもまた口をつぐんだままだった。


「まぁ、あなたが、そう」


 遠慮なくポーラは、マーカスを値踏みするように見た。


「私はポーラよ。今後もよろしくね。……それで、ここには何のご用で?」

「簡単に言うと、職探しです」


 マーカスの返答が意外だったのか、ポーラが呆気にとられた顔をした。そのためエヴァンは、止むを得ずとばかりに、二人の間に割って入り説明をした。


「そっ、そうだったの。なら、そうねぇ。私が団長に話をつけてあげるわ」

「それはありがとうございます。けれど一つ、窺っても?」

「理由でしょ。勿論いいわよ。あなたに借りを作りたかった、それだけよ」


 クスッと笑うポーラに、マーカスは少し驚いた顔を見せた後、苦笑いした。


「ポ、ポーラさん……」

「大丈夫よ、アンリエッタ。あなたに迷惑をかけるつもりはないから」

「それは良かったです。私はその為に、この街に来たんですから」


 そう言うと、マーカスはアンリエッタの腰に手を回し、抱き寄せた。驚いたアンリエッタは、マーカスの手を外そうとしていたが、びくともしていなかった。むしろ気を良くしたのか、マーカスは空いた方の手で、アンリエッタの頭を撫で始めた。


「や、やめて!」


 顔を赤らめて言うと、マーカスはあっさりとアンリエッタを解放した。そしてどういうわけか、エヴァンの後ろに隠れるように移動してきたのだ。


「やり過ぎると嫌われるぞ」

「……分かっています」

「だ、そうだ」


 首だけ後ろを向いて言うと、知りません、とでも言いたげに、そっぽを向かれた。意外と猫みたいなところもあるのだ、と今度はエヴァンが苦笑いした。

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