第7話 黄色い騎士の職探し(マーカス視点)

 ギラーテの街中を歩きながら、ふと二年前の俺だったら、こんな光景はあり得なかっただろうな、と思ってしまった。

 それは、隣を歩く男と数歩後ろにいる男が、冒険者という点だった。


 マーシェルで、いやザヴェル侯爵家の次男として生まれた俺は、兄のアイザックとは違い、いずれ近衛騎士団に入るため、騎士となるべく訓練していた。そのプライド故に、冒険者を見下しているところがあったのだろう。

 家を出た時、まず先にそのことに気づかされた。いかに自分が、狭い世界にいたのかということを。


 旅をしている時にも、何度か冒険者に出会い、行動も共にした。しかし、俺は冒険者とは名乗らなかった。騎士を目指していたせいか、それだけは譲れなかった。


 けれどこうして、冒険者ギルドに行くことに抵抗はない。ましてや、ギラーテに滞在するのだから、尚更だった。


 ようやく見つけたんだから、アンリエッタを。


「マーカスは、ギラーテは初めてか」


 印象の良さそうな表情と穏やかな声音に、エヴァンがただ単に思ったことを、口にしたことが窺えた。


 朝の店仕舞いを手伝ってから、昼の開店も手伝うとアンリエッタに言ったのだが、体よく断られた。エヴァンと冒険者ギルドに行かなければならないのだから、と。


 そんなもの、これからここに住むのだから、いくらだって都合がつけられる。エヴァンとて、すぐに俺の都合に合わせることはできないだろう。と、言い訳したものの、そのエヴァン自身からあっさり承諾を得てしまった。


 そのため昼の開店の最中、俺を睨んできたガキ――……もとい、ジェイクも一緒に向かっている、というわけである。


「いや、そんなことはないか」


 設定上、アンリエッタの兄となっている俺が、両親と妹が訪れたことがある街に、来たことがないなんてことが、あり得ないということに、どうやら途中で気がついたようだった。

 けれど、実際はエヴァンの言う通り、初めてだった。


 気づかれないように振る舞っていたつもりだったが、勘づかれたか。


「実は、あまり街中を歩いたことはないんですよ。いつもギラーテに着くと、家で寝るか手伝いをするか、していたもので」


 まぁ、嘘は言っていない。

 ギラーテに入った時、大きな外傷はなかったが、怪我の他に打撲などもあって、体は疲弊していた。宿屋を探す気力もなかったため、目についた林の中へ入り、休んでいたのだ。だから、街中などほとんど見ていなかった。


「確か、護衛も兼任していたんだったか。それじゃ、無理もないな。ジェイクも依頼報告した後は、よく家で寝ていたからな」

「一緒にするな!」


 同感だ。


「護衛なら、定期的に依頼がギルドに入ってくる。まず、ギルドで登録をしてから、俺らと数回依頼をこなせば、あとは大丈夫だろう。だけど、依頼を受ける前に、マーカスの実力を確認しないとな」


 エヴァンがマーカスのために考えてくれた段取りは、まさに初心者に向けた模範的なものだった。

 初めての依頼は、相手の経験を参考にして、ベテランと組ませる。有難い申し出だったが、難点があった。


「私の実力を見るのは構いませんが、護衛となると、やはり何日もかかりますよね」

「何当たりま――……」

「勿論、そういった依頼が多い。その、何か問題な点でもあったか?」


 明らかに発言の時差があったが、エヴァンの気にしない様子に、マーカスもそのままの調子で答えようとした。そして、敢えてマーカスは笑みを作った。


「ギラーテに来てそうそう、何日もアンリエッタと離れるのは、少し困るんですよ……。ここに来たのも、妹を一人にしておくのが心配だったからで」

「あぁ、そうだったな。うん。だがそうなると、あまり稼げないぞ」


 護衛は人命がかかっている分、それなりに稼げる。逆に一日で終える依頼は、魔物退治や素材集めといったもので、安値が多い。


「アンリエッタに楽させたいのなら、護衛の方を俺は薦める」


 やはりコイツも、俺を疑っているんだろうな。だから敢えて、アンリエッタから遠ざけようとしているんじゃないだろうか。

 いや、逆に試しているのか。本当の兄なら、より多く稼げる方にするはずだと。だが、わざわざそれに乗ってやる必要はない。


 マーカスは口角を上げた。


「ギラーテには、商業ギルドはないんですか? もしくは、自警団とか。そう言ったものも、すべて冒険者ギルドが仕切っている、というわけではありませんよね」

「えっ、あぁ。それは勿論。商業ギルドも自警団も、両方あるぞ」

「では、そちらの方への伝手は?」


 急な方向転換にエヴァンが戸惑っていると、後ろからジェイクが吠えた。


「おい! それが、人にものを頼む態度かよ! そもそも、アンリエッタに言われなきゃ、こんなヤツ――……」

「ジェイク」


 お前がそれを言うのか、とでも言いたげな顔で、エヴァンはジェイクを窘めた。そして、一つ息を吐き、マーカスと向き合った。


「大丈夫だ。両方、伝手はある。が、どうする。商業ギルドよりも、まず自警団の方が良いか?」


 いや、むしろ商業ギルドの方か?と小さく呟くエヴァンの声が聞こえた。


 マーカスの言わんとするところをすぐに理解した上で、そこまで対応してくるところに、マーカスは感心した。

 つまり、条件と合致しない冒険者という職をあっさり切り捨て、商業関係もしくは自警団の方で世話になることは可能か、とマーカスは暗に言ったのだ。


 しかし、咄嗟に出たこととは言え、エヴァンの呟きに、商業ギルドは良くない選択だったかもしれないと思った。エヴァンはただ単に、行商をしているイズル夫妻のことを考慮してくれているのだと分かるが、下手に商業ギルドに行って、実子でないことがバレるのは不味い。商業ギルドの名前を出したのは、単なる思い付きだったが、裏目に出る可能性があった。


「自警団の方でお願いします」

「分かった。ジェイク。そう言うわけだから、俺たちはこのまま向かうが、お前はどうする?」

「……俺はこのまま冒険者ギルドに行って、何か依頼が来てないか見てくるよ」


 そう言うと、ジェイクは二人を追い抜いて、走っていってしまった。


 その背中を見ながら、マーカスはふと内心笑った。旅をしていた間も、短時間でその人となりが分かるヤツがいたな、と。

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