第6話 赤い魔術師の確信(ポーラ視点)
ガシャン!!
音が聞こえたのと同時に、体が反応した。近くにいたアンリエッタを気にしたのは、彼女が現場に着いた時だった。
「このクソガキ。よくも俺のを取りやがって!」
わざわざ袋小路に連れ込んだのか、男が少年を蹴っている現場に出くわした。少年は蹲って、男の暴力に耐えていた。
ポーラもまた、男同様苛立った顔で手を前に出して唱えた。
「アイスニードル!」
すると、両端が鋭角になっている氷の塊が、ポーラを中心にして七つ現れた。的を認識したそれは、物凄い勢いで飛んでいく。
足に三つ、胴を挟むように二つ。そして、頬に当たるような位置で、二つ氷の塊が打ち込まれた。頭以外は器用に、服に刺さっていた。
「随分、威勢が良いのね。何があったのか、答えてくださる?」
目の前にいる男に一応尋ねてみたが、倒れている少年の傍には、小さな巾着袋が置かれていた。
ただのスリなら良いけど。わざと財布をちらつかせて、スリをしてきた少年をカモに暴力を振るっていた、という可能性も否定できない。証拠に、未だ財布を拾おうとしないのだから。
「お、俺はそのガキにスられたから、それ相応のことをしたまでだ。女が口出すんじゃねぇ!」
言っている途中から、調子づいてきたのか、段々声のトーンが大きくなった。しかし、ポーラは逆に溜め息をついた。
「お前がそう言えるほどの器なら、手を引きましょう。では、質問。お前はすでに、財布を持っているのかしら? あの少年に暴力を振るうくらい、大切な物なのだから、勿論あるわよね」
微笑を浮かべながら、男に近づいた。後ろから、アンリエッタの気配を感じたからだ。
案の定、こちらではなく、少年の方へ向かっていた。
手早く済ませよう、そう思った瞬間、男の返答すら耳に入らないほどの出来事が起こった。いや、まさかその現場に立ち会えるとは思わなかった故の衝撃だった。
アンリエッタが神聖力を使って、少年の傷を治したのだ。
やっぱり、彼女だった。
ポーラは喜びと共に安堵した。
数年前から、現レニン伯爵であるゾルレオ・レニンに不穏な動きがあるとして、その周辺を探っていた。そこで分かったのは、ゾルレオの祖先である大魔術師ユルーゲル・レニンが残した魔法陣を起動しようとするものだった。
始めは、大事だとは捉えなかった。魔法陣ごときでは、国を脅かすほどのものではないと、判断したからだ。
しかし、ふたを開けてみれば、どうだ。起動させようとしている魔法陣は、どれもこれも非人道的なものばかりで、後々ユルーゲル自身が密かに処分をしようとしていたものだった。
探究心を抑えきれなかったのは、ソマイアに住む者なら理解できる。それを完全に処分できないことも。
それ故に、脇も甘くなる。子孫のゾルレオが、魔法陣の研究書を発見できるほどに。お陰で、その魔法陣の内容が、こちらに筒抜けにもなっていることに、向こうは気づきもしない。
だから、先手を打つことができた。しかし、その魔法陣の対象者が見つからない。
ポーラが掴んだのは、聖女ほどの神聖力を持った者を使う魔法陣、というものだった。起動するとどうなるか、までは分からないが、聞いただけでも、良くないことが見え見えだった。
今現在、聖女と呼ばれている女性は存在しない。が、神聖力の強弱が重要であって、“聖女”である必要はない。
ソマイアは学者の国であって、神聖力の必要性は少ないため、見つけることは容易ではなかった。
なら、隣国のマーシェルはどうだろうか。騎士の国なら、光の魔術師同様、神聖力を持った者も必要なはず。そこで有力な情報として挙がったのが、アンリエッタだった。
アンリエッタ・ゴールク。
ゴールク孤児院にいる、銀髪の少女だった。
数年前に孤児院から逃げた、というところまでは分かっているが、その後の行き先までは掴めなかった。
それもそうだ。銀髪に青い目をした少女など、世界中に沢山いる。
マーシェルにいないことを前提に、近隣でしかも比較的に安全そうな街を探している内に、それらしい少女に出会った。
髪は茶色だったが、目は青色。名前はアンリエッタ。
逃亡しているのだから、目立つ銀髪などしていない方が、むしろ信憑性に拍車をかけた。
けれどほんの少し踏み込んだだけでも、アンリエッタは警戒する。
私は保護したいのであって、攻撃したいわけじゃない。ストレートに言えば、さらに警戒させてしまうことだろう。
人当たりの良いエヴァンに、アンリエッタをよく面倒みて欲しいと頼み。聞くか聞かないか分からないジェイクには、怪しい人物が近づかないようにお願いした。
そんな中、現れた“兄”を名乗る人物。
ゴールク孤児院から逃げてきたアンリエッタという少女で間違いなければ、“兄”というのは、兄のような人物。もしくは、イズルという姓を与えた夫婦の実子。のどれかしかない。が、怪しさ満点だった。
そこに来ての、アンリエッタが神聖力を使った現場に出くわしたのは、まさに幸いの出来事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます