第3話 出現

「見えたぞ」


 高速前進するカラカサがうなり、対象物を視界にとらえた。

 駅や幹線道路から離れた住宅密集地の一角。まがまがしい妖気が二階建ての一軒をみたしている。それはもういっぱいいっぱいで――


「ニギャオオ」


 家が砕け散った。

 咆哮ほうこうとともに暴れでてきた妖魔は、手当たり次第飛びかかり、電線も切られて辺り一帯から灯りが消えた。

 月明かりでかろうじてわかる妖魔の姿は巨大で毛深い。


「……でかいな。オヤジさんに助けを求めるか?」


「え。カラカサキックとかでなんとかなるんでしょ? 追いかけて」


 妖魔は闇を増やしながら都心部へと進行していく。

 大きさにちょっと圧倒されたけど、職場体験はまだ始まったばかり。これで帰りたくない。


「まあやるけどよ」


 ヒーローの必殺技名みたいの妖怪につけるなよ、とぼやきながらカラカサはまた風になって走りだした。


 赤い月のもとで家々より大きな影が狂い舞い、しなやかに破壊していく。妖魔は図体でかいわりに身軽で、屋根から電柱、電柱からビルの屋上へと俊敏に跳んでいってしまう。


 ようやく追いついたのは、カラカサの駿足のおかげではなく、ソレが止まったおかげだった。


 妖魔は東京タワーのてっぺんに乗って、叫び鳴きだしたのだ。

 けどそれは、発情期のオス猫の声に似ていて、なんだかもの悲しい。鳴いて泣いている。


 妖魔の泣き声にまじって空から重低音が聞こえてきた。仰ぐと、赤いランプを点滅する物体が飛んでる。報道のヘリコプターだろうか。こんだけ強い妖気を発して暴れていたら一般人にも認識できるのだろう。


 ヘリは東京タワー上空でホバリング体勢にはいった。

 まばゆい光が照射された。


「わ。ニャンコさんだ!」


 赤い鉄塔とともに映しだされたのは巨大な白猫。こんなに大きいのは見たことない。

 ……ああ。あのもふもふに体をうずめたい。


「カラカサ、私をあのニャンコさんに連れてって」

「戦うのか? どうやるんだ。お嬢命名のカラカサキックで」


 ううん、と私は戦闘体勢のカラカサを制して、半笑いになった。

 わき上がる欲を止められない。これがバカバカしいことはわかっている。だから、笑うしかない。


「へへ。あの上で寝たいの」


 と、指さした先で、白猫がヘリをはたき落とした。蛾をつかまえたギンタのように軽々と。

 ヘリは瓦礫がれきの山に消え、跳ねた白猫は地面にふわりと着地した。


「……あれに、寝たいのか?」

「うーん。とりあえずカラカサキック?」


 猫に暴力をふるいたくないけど、これ以上被害をださないためにはしかたないか。


「あいよ」


 カラカサは私をおろした。

 次の瞬間、仄暗ほのくらい中で視覚がとらえたのは、白猫の高速ネコパンチ。カラカサは避けたり蹴ったりしてるのか速すぎて認識できない。


 そんな白熱するバトルのなか、白猫の後ろ足がよく見えた。後ろ足だけ静止している。


「チャンス!」


 ふいうちできるかもと、後ろ足へ走りだす。

 けど、なにをすればいいかわからない。私には戦うすべがない。

 父上がやっていた退治の動作を思いだしながら、手刀を右手につくる。

 

「とぉっ」


 なにも発動せず、足をチョップした手が痛んだ。父上の手は刀となり妖魔を切り刻むことが可能なのに。


 と、じんじんする手をかかえて落ちこんでいるひまはない。白猫の黄色い瞳が私をとらえて爛爛らんらんと光った。

 ネコパンチが来る。ジェット機のごとき勢いで。

 手刀を迫る肉球に向け、心安らかに目を閉じる。もしダメだったとしても、世界最大級の肉球に当たってやられるなら悪くないかも。

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