第3話 兄失格だ

「特殊能力に目覚めて、桜花に選ばれても弱いままだな。だけど、弱くてもさ――守守るために戦うのは自由だろう!」


 桜花を構えてヴェインに立ち向かう。

 持ちなれない武器を持って駆け出すその姿は不格好であるが、どこか様になっているように見える。


「俺が相手になる! 守られるだけの兄は格好悪いからな!」

「弱いくせに粋がるな! お前など塵も残さずに消し去ってやる!」


 両者が言葉を発し終えた瞬間、刀と大剣が衝突する。重い金属音を周囲に響き渡らせながら出雲は何度も斬り合うが、ヴェインの力に圧倒されてしまう。

 神器を手にしたからといって、想像していた通りには動くことはできない。普通の中学生であった出雲にはヴェインの力に対抗などできるはずがなかったのだ。


「どうした! 先ほどまでの威勢の良さが消えているぞ!」

「くそ! 力が強すぎる!」

「お前は口だけの弱者だ! 消えろ!」


 何度か斬り合った後に、ヴェインに桜花を上空に弾き飛ばされてしまった。

 そして流れるように腹部に蹴りを受けて琉衣子の横にまで吹き飛び、地面に体を強く打ってしまう。


「く、くそ……」


 腹部の痛みが激しくて気絶をしそうになっていると、上空に弾き飛ばされた桜花が顔の左側に落下をして地面に刺さった。

 腹部の激しい痛みに耐えつつ立ち上がろうとすると、琉衣子が予想外と言いながら中腰になって顔を覗き込んでくる。


「麗奈っちは剣に選ばれた瞬間から予想以上の動きをしてたけど、兄っちはそんなことなかったみたいだね」

「麗奈はそんなにすぐ動けたんですか?」

「それはそれは凄かったよー。ほら、見てみて」


 琉衣子が指を差した方を見ると、美桜と共に素早い動きと魔法を用いて戦っている姿が目に映る。


「あれが麗奈の魔法? 手から氷の塊を発射させてる?」

「そうよ。麗奈っちは氷属性の魔法を使うのよ。ちなみに、一緒に戦っている美桜っちは花魔法を使うわ」

「花魔法? 聞いたことがないです」


 そんな魔法は聞いたことがない。

 ありふれた属性である火や水に土など、身近な元素である魔法属性が多数を占める中で、花という属性を持つ人など聞いたことがない。もし持つ人がいたのであれば有名になって耳に入るからだ。


「知らないのも無理はないわね。花魔法は特殊な属性で、世界で唯一美桜っちが使えるのよ」

「世界で唯一って凄い。花ってあるから花弁などを出現させるんですか?」

「それは、見た方が早いわよ」


 琉衣子の指先を示す先を見ると、そこには剣に花弁を纏わせて大剣との接触時に爆発をさせていた。また、ヴェインの周囲に散らせた花弁を麗奈が凍らせて、それを弾丸のように衝突させて戦う姿が見える。


「二人の属性は相性がいいみたいなのよ。それに、まだ見せていない花属性の魔法もあるみたいなの。未解明な要素が多い、とても研究欲が駆られる属性ね」


 花属性か、麗奈と肩を並べて戦うだけはあるな。俺はありふれた火属性に目覚めて、麗奈は氷に美桜は未知な属性の花か。選ばれた人間には特殊で特別な属性が秘められているみたいだ。

 俺には何がある? 目覚めたばかりで上手く扱えない火属性と、波長が合って選ばれた桜花だけ。それに戦うのも下手で、良いところがないな。


「俺の火属性はありふれていますからね……」

「そうだけど、火属性は現代では危険だから使っている人は少ないじゃない」

「木造の家とかありますし、草花に燃え移って火事になったらダメですからね」


 ありふれた火属性だが、出雲が言った通り現代では使いにくい属性である。

 家屋に燃え移る可能性があるし、実際に火属性に目覚めて制御ができずに火災に発展したケースが多い。だが、その火属性に目覚めてしまったのだから制御をして扱えるようにしなければならない。


「だが、君はその火属性に目覚めて武器に選ばれた。ならその力を制御し、この国の平和のために戦うべきだろう」

「琉衣子さん……」


 先ほどまでの様子とは違い、真っ直ぐ目を見て話しかけてきた。

 言いたいことは分かる。しかし、頭では理解をしていても実行に移すのが難しいことだってある。現に出雲はそうしたいができない。突然の目覚めと、武器に選ばれたという非現実が未だに心の中で処理ができていない。しかし麗奈が戦っている姿を見て怯えているわけにはいられない。


「ほら、君が怯えて悩んでいる間に麗奈っちと美桜っちが追い詰めているよ」


 地面を向いている間にヴェインを追い詰めているが、二人はどこか疑問を感じているようで一度ヴェインから離れてしまう。


「離れた? 何があったんだ?」

「私には分からないわ。追い詰めているように見えたけどね」


 琉衣子に聞いてもなぜ離れたか分からないようで、出雲は戦っている二人に近寄って何をしているのかと話しかけることにした。


「どうしたんだ!? 何かあったのか!?」


 麗奈に話しかけると、嫌な予感がすると前を向きながら答えてくれた。美桜も麗奈と同じなようで、肌がピリピリすると言っていた。

 肌がピリピリするってなんだ? 俺は全く分からないんだが。二人は特殊能力以外にも能力があるのか? 聞きたいけど、どうやって感じているのか教えてくれるかな。


「肌がピリピリってどういうことだ?」

「お兄ちゃんは下がった方がいいわ。何が起きるのか分からないから」

「何がって――」


 麗奈に何をと聞こうとした瞬間、空から何かがヴェインの前に落下してきた。土埃でハッキリとは見えないが、それはモノというよりも人に見える。

 少しずつ晴れてきた土埃の中で、ゆっくりと立ち上がる姿が目に入った。その姿は線が細く、女性であることがハッキリと姿が見えない中でも分かる。


「もしかして……白銀の翼の幹部!?」


 麗奈が目を見開いて驚いていた。

 白銀の翼は組織と言っていたので幹部もいるのだろう。しかし、この場所にまさか来るとは思っていなかったようで、左横にいつの間にかいる美桜は体を振るわせて怯えているように見える。


「あらあら、あの時の小娘じゃない。今日はどうしたの? また邪魔をしに来たの?」

「ヴァイス! どうしてここにいるのよ!」

「そんなこと教えるわけないじゃない。ま、言えることとすれば――拠点を作りに来たって感じかしら?」


 ヴァイスと麗奈が呼んだ女性は艶のある綺麗な長髪の金髪をしており、鼻筋が高く妖艶で綺麗な女性であった。また、ヴェインとは違って胸元が見えているカジュアルなスーツを着ているようで、今にも胸が零れ落ちそうな気がする。


「拠点なんて作らせない! 俺がお前達を倒す!」


 出雲はそんなことはさせないと叫びながらヴァイスに向けて桜花を振るうが、どこからか取り出した短剣で攻撃を防がれてしまう。

 渾身の振り下ろしを軽く防がれたことに驚くが、それで引き下がることはできない。拠点を作られたら一気に攻められてしまう恐れがあるので、今は相打ち覚悟で立ち向かうしかなかった。


「元気な少年ね。私は好きよ? その無謀な勇気が絶望に染まる瞬間が大好物なの!」


 横に桜花を弾かれてしまい、短剣で体を切り裂かれてしまった。

 体から弾けるように血が噴き出ると、まるで血の花ねと言いながらヴァイスが蹴りを出雲の腹部に入れて麗奈の前に吹き飛ばした。


「がっふ……うが……」


 無数に体を斬られた痛みと地面に強打した痛みで今にも気を失いそうであった。

 しかし、倒れた際に見えた麗奈の悲しみに満ちた顔を見て立ち上がらなければと心を震わせた。


「麗奈を悲しませるわけにはいかないな……俺はまだやれるぞ……」


 痛む体に鞭を打って立ち上がるが、流れ出ている血の量が多いために気を抜けば今にも気を失いそうになる。


「その体でまだ立つのね。だけど、これ以上は構っていられないわ。別動隊が押されているらしいからこれで失礼するわね」

「あ、あの……俺は……」

「ヴェインと言ったかしら? お前には後で話があるわ。時間を作りなさい」

「わ、分かりました……申し訳ありません」


 体躯が大きいヴェインが体を縮めて謝っている。

 それほどまであのヴァイスという女性幹部は怖いのだろうか。そんなことを考えていると、出雲が握っている桜花に気が付いたヴァイスは、その武器はと話しかけてきた。


「その武器はあの桜花じゃない。どうして君が持っているの?」

「あのって意味が分からないけど、俺と波長が合って選ばれたんだ!」

「選ばれた……か。なら次に会う時は私が君を殺すわね。少々その武器を持つ者とは因縁があってね。それじゃ、また会う時まで生きていてね」


 その言葉を残してヴァイスとヴェインはこの場から消えた。

 突然現れて突然消える。多大な被害を平和であった地帯に傷跡を与えて、白銀の翼の二人は姿を消した。


「俺が……倒す……弱くても戦えるんだ!」


 決意を言葉にした瞬間、目の前が暗くなって倒れてしまった。意識を完全に失う前に麗奈と美桜が泣き叫ぶ姿が目に入るが、体を動かせずに気絶をしてしまう。

 慌ただしい数時間だった。麗奈が特殊能力に目覚めていたことや特別な武器である神器と波長が合って選ばれたことなど、とても短くて濃い時間だった。悔やむことばかりだったが、特に麗奈と美桜の邪魔ばかりをしてしまったのが最悪だった。


「俺は……麗奈の……兄失格だ……」


 意識がないのに、自然と言葉が口から漏れてしまうと同時に目が静かに開いた。

 するとぼやけた視界の中で泣いている麗奈が目に映り、その横には美桜がリンゴを剥いている姿があった。


「お兄ちゃん気が付いたのね! 無事でよかった……」

「お兄様無事でよかったです!」


 お兄様って呼ぶなよ。

 やっぱり麗奈の兄って分かったからそう呼ぶみたいだな。呼ぶなと言っても呼びそうだからそのままにしておくか。


「心配かけてごめん。俺は麗奈の兄失格だな」


 ベットから起き上がりつつ下を向いて溜息を吐きながら呟くと、涙で顔を濡らしている麗奈がそんなことはないと叫んだのである。


「お兄ちゃんはちゃんとやったよ! 失格なんかじゃない! 私がピンチの時に助けてくれたし、初めて触った刀で戦ってくれたじゃない!」


 麗奈が声を上げたところを初めて見た。麗奈は昔から怒っても声を上げることなどなかった。冷静に反論をしたり笑顔で指摘をしていた。

 だが、目の前にいる初めて声を上げて感情を前面に出している麗奈を出雲は驚いたような、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見ていた。


「お兄ちゃんはこれから強くなれる! 勝てないと分かっても立ち向かうその強さはお兄ちゃんにしかないよ!」

「そうか。ありがとう麗奈――」


 まさか妹に慰められるとは思わなかった。それほどに知らないうちに成長をしていたということだな。子供が成長をして親離れをしたような気持ちだ。

 一人で親の気持ちを味わっていると、リンゴを剥き終わった美桜が楊枝を差して六当分してある中の一つ出雲の口の前に持ってくる。


「食べないとダメです。お姉様のお兄様なんですからちゃんと食べて早く元気になってください!」

「むぐぐ!? 口に押し込まないで!」


 美桜は出雲の口にリンゴを押し付けて、強引に食べさせようとしていた。

 何をするのと出雲は言っているが、それでもなお口に押し付けている。その二人の様子を麗奈は笑って見守っているようで、助けてと言っている出雲に対して聞こえないふりをしていた。

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