第2話 目覚めの時

 体が動かない。眠くないのに眠気が襲ってくる。視線の先には涙を流してこちらに来ようとしている麗奈と、それを止めている少女の姿が見える。

 そして、地面には自身の体を起点にして円形に血が広がっていた。


「麗奈達の声が聞こえない……血が大量に流れているのだけは分かる……」


 悲痛な顔で何かを発しているのは分かるが、声は耳に入らない。

 動こうとするが動けない。体に力が入らずにただ血が流れているだけだ。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


 麗奈が血を気にせずに膝を置いて体を揺さぶってくる。近くで叫ぶ麗奈の声がやっと耳に入ってくると、お兄ちゃんと震えている声で何度も叫んでいるようだ。

 途中、頬に水が垂れたかと思うと麗奈の涙であることが目を動かした際に見えた顔を見て理解をした。


「どうして……どうして戦ったの! 逃げてって言ったじゃん! お兄ちゃんだからって守らなくてもいいのに!」


 体にしがみ付いて大泣きをしている。

 ああ……守ると言っておきながら悲しませてしまった。やっぱり俺は……何もできない無能な人間なんだ。


「れ……な……ごめん……な……」


 消え入る意識を押しとどめて、最後に左手で髪を優しく撫でる。

 とても柔らかいその髪を何度も撫でていると、撫でている手を掴んだ麗奈は自身の頬に当てた


「もういい、喋らないで……これ以上喋ったら死んじゃうわ!」


 出雲に何度も声をかけている麗奈だったが、大剣を持っている男性が近づいてきたことで悲しんでいられなくなってしまう。


「いつまでそうしているつもりだ? 死にぞこないに構っていないでこちらを向け!」

「私が相手になります! お姉様の邪魔をしないでください!」


 そう言いながら少女は麗奈が持つ剣とは違う、鮮やかで形が異なる剣を出現させて大剣を持つ男性に立ち向かっていった。今にも死にそうな出雲を見て泣いている麗奈の代わりに戦いを始めたのだ。

 くそ、俺はまた麗奈の邪魔をしてあの少女を戦わせてしまっている。まだ名前も知らないけど、それでも邪魔をした。


「あの子のところに行ってあげて……俺はもうダメだから……」

「美桜のところに!? 嫌だ! お兄ちゃんと一緒にいるの!」


 あの少女は美桜というらしい。

 激しい金属音を響かせているので、戦っている姿が想像できる。麗奈の顔を見ると涙を流し続けている。心配をしてくれて嬉しいが、美桜という少女の支援に向かわせるために行ってくれと声を振り絞って言葉を発した。


「で、でも……」


 麗奈がそう声を発した瞬間、激しい音とと共に美桜が吹き飛ばされてきた。

 血だらけの少女の姿を横目で見ると、やはり麗奈も戦わなければならないことが分かる。側にいてほしい気持ちもあるが、行かせなければならない。


「行け……あの美桜って子を助けに行け! 俺のことは気にするな!」


 次第に意識が遠のく中で力を振り絞って叫んだ。

 胸がチクリと痛むが、それでもこの地獄な状況を打破するには麗奈が行かなければならない。大粒の涙を流して嗚咽を出している麗奈は、剣を掴んで泣きながら大剣を持つ男性に立ち向かっていく。


「これでいい。もうすぐ死ぬ俺のことなんて気にするな……」


 仰向けに態勢を変えて空を眺めると、綺麗な雲一つない快晴の空が広がっていた。

 商店街は血の海で酷い有様であるのだが、空はまた違う。心が洗われるような、苦しみが取り払われる気がしてくる。


「俺はこれで死ぬけど、麗奈……お前は生き残って幸せに生きてくれ……」


 目を閉じて死ぬことを受け入れた瞬間、「お~い」と誰かに話しかけられた。

 話しかけられた声はとても遠く、耳に水が入っている最中に話しかけられている感覚だ。何度か話しかけられると、ゆっくりと瞼を開ける。すると目の前に何かを持っている人の姿が視認ができた。


「だ、誰だ?」

「おお。まだ生きてた! すぐに死ぬと思ったんだけど、しぶといね君!」


 次第にハッキリと、声をかけてくる人の姿が見えるようになってきた。

 自身よりも年上で二十代前半と見える。それに白衣を着ていても分かるが、線が細い痩せている女性だ。見た目は茶髪で長髪だが、髪がどこか脂ぎっているように見える。その女性の顔をじっと見ていると、手に持っている何かを出雲の体の上に落とした。


「げほっ!? ごほ! な、何をするの!」


 重みで咳き込んでしまい、血を勢いよく吐き出してしまった。

 女性の白衣に血が付着をしてしまうが、全く気にしていないようだ。出雲の腹部に乗っている『何か』を指差して引き抜いてよと話しかけられる。


「引き抜くって、これはなに?」


 未だに置かれている『モノ』が分からない出雲は女性に聞いた。


「ああ、死にそうだから視野が狭いのか。君のお腹の上に落としたのは刀だ。それも遠い昔に作られた希少な神器だ」


 『神器』と言われても意味が分からない、おとぎ話のことだろうか? そんな刀をどうして俺の腹部に置くのだろうか? この女性の行動の意味が分からない。


「早く引き抜くといい。じゃないと本当に死んでしまうぞ? 既に出血多量なのだから、一秒も無駄にはできないぞ?」


 引き抜けと言われる。

 従ったらどうなるのか分からないが、引き抜けば助かるのだろうか? それすらも考える思考能力がない。ただ、引き抜けば『何かが起きる』ことだけは理解できる。


「引き抜けばいいんだろう……やってやるよ……」


 痛む体に鞭を打って上半身を起こし、腹部に置かれている刀を掴んだ。初めて触った感触がしない刀を鞘から引き抜くと、刀身が眩く輝き出した。

 突然の現象に驚いているとその輝きが出雲の全身を包み始め、戦っている麗奈と美桜にまで届いていたようだ。戦いながら距離を置いた二人は、何が起きたのと出雲の方を向いて驚いているようだ。


「光ったー! これよこれ! これを待っていたのよ! 麗奈っちの兄っちなら引き抜けると思ったわ!」


 引き抜けない場合もあったのかと輝きに包まれながら考えていると、次第に体が軽くなっていく気がした。そして、輝きが消えると同時に受けた傷の痛みが消え、傷跡もなくなっていた。

 引き抜いた刀を改めて見ると、刀身が青と白の二色をしており、握り部分が黒い、神秘的な刀であることが分かる。


「こ、これはどういうことですか!? 傷が治ってるんですけど!?」

「成功だ! やっぱり麗奈っちの兄っちなら引き抜けると思ったよ! さあ、そのままあの白銀の翼の一人を倒すんだ!」

「白銀の翼?」

「知らないのかい!? 昔から世界を騒がせている世界的な組織じゃないか!」


 白銀の翼。確かにチラッと聞いたことがある名前だった。特殊能力を悪用して、特殊能力者だけの世界を作ろうとしている組織だ。教科書にも載っていたのを見たことがある。


「確か特殊能力者だけで組織を作って世界的に犯罪を犯している集団だっけか。それに、少し前にある小国を転覆寸前まで追い詰めたって教わったような……」

「そうだよ! 去年からこの日本にも活動の幅を広げてきて、麗奈っちや多くの騎士が戦っているんだ!」


 騎士? 騎士ってどういうことだ? この国に『騎士』がいるなんて聞いたことがない。それなら戦っている麗奈も騎士ということになる。


「その武器の名前は桜花という。君の波長が武器と合ったことで、選ばれたんだ。今日から君も騎士だ!」

「俺が……騎士……麗奈と同じ……」


 突然得た力によって麗奈と同じ騎士になれたが、特殊能力はまだない。

 武器しかないのに騎士になれるのだろうか。麗奈の邪魔にならないだろうか。不安しかない。


「桜花に選ばれたということは君に特殊能力がるということだ。未だに特殊能力が目覚めないからといって悲観することはない。麗奈っちの兄っちなのだから、特殊能力はある!」

「ほ、本当ですか!? 俺にも特殊能力が!」

「ある! 兄っちなのだから、胸を張って麗奈っち達を助けてあげて!」


 桜花を握り締めて戦っている麗奈と美桜を見る。二人は交互に攻撃をしたり二人で動作を合わせて斬りかかっているようだ。

 目で追うのがやっとの素早い攻防を繰り広げており、自身が入る込む隙間があるのか考えてしまう。


「考えても仕方がない。今はとりあえず動かなければ」

「それでいいのよ。兄っちなのだから、考える前に行動! いってらっしゃい!」


 名前も知らない白衣の女性に言われるがままだが、今はこれでいいと考えることにした。


「行くしかない。俺は麗奈の兄だ!」


 桜花を握り締めて二人のもとに駆けだす。

 徐々に近くなる金属音に怯えながらも、麗奈と美桜が戦っている姿を間近で見る。二人は素早い動きで攻撃を防いでいるが、大剣を持つ男性が押されているようには見えない。


「お、お兄ちゃん!? どうして来たの!?」

「お兄様!? どうしてここに!」


 お兄様? 美桜って子が急にお兄様って言い始めたけど、麗奈の兄って分かったから言い方を変えたのか。その変わりように驚くけど、今はそれに反応をしていられない。なぜなら二人を支援してこの戦いに勝たなければならないからだ!


「この桜花って刀に選ばれたらしい! 俺も麗奈と同じだ!」

「選ばれたの!?」

「あそこにいる白衣の人にそう言われたよ」


 背後を指差すと白衣の女性を見た麗奈は、琉衣子さんの馬鹿と叫んだ。


「馬鹿じゃありませーん。天才でーす」

「アホー!」


 白衣の女性のことを琉衣子と呼んだ麗奈はすぐに戦いを再開する。

 しかし、この膠着状態が続いていることにイラついていた大剣を持つ男性は、眉間に皺を寄せて終わらせると突然叫び出した。


「小賢しい攻撃ばかりでイライラする! お前達との因縁も今日で終わりだ! このヴェインがお前達を消し去る!」


 自身をヴェインと呼んだ大剣を持つ男性は、剣身に何かを纏わせ始めた。

 どんな特殊能力なのか分からないが、一目見ただけで危険だと理解ができる威圧感を感じる。


「逃げろ! あの攻撃は危険だ!」


 麗奈と美桜の前に出て逃げろというが、お兄ちゃんが逃げるべきよと返されてしまう。


「そうです! お兄様はまだ戦闘に慣れていません! 神器に選ばれたからと言っても素人なんですから、逃げてください!」

「美桜だっけ? 逃げるわけにはいかないんだ。俺は麗奈のお兄ちゃんだから、守らなくちゃいけないんだよ!」


 決意を口にして刀を握る手を強めると、刀身が赤く燃え盛る。

 その炎の熱は遠くにいる琉衣子にも届いているようで、熱いという声が出雲の耳に入った。


「お前、何だその炎は? お前は無能力者ではなかったのか?」

「確かに俺は無能力者だった……だけど今は桜花に選ばれて、麗奈と同じ騎士だ! 世界を闇で覆うお前達、白銀の翼を打ち滅ぼすものだ!」


 燃え盛る切先をヴェインに向けると、口角を上げて鼻で笑われた。


「特殊能力に目覚めたばかりで何ができる……粋がるのもその程度にしておけよ!」


 大剣を勢いよく振り下ろしたヴェインは黒色の斬撃を放ってくる。

 まさか遠距離攻撃だとは思わなかったので意表を突かれたが、構えていた桜花を斜めにして迫る攻撃を防ぐ。結果的には防ぐことに成功したが、速度と威力が高いために吹き飛ばされてしまい、地面を何度も擦りながら後方に吹き飛ばされて。


「お兄ちゃん大丈夫!?」

「せ、背中が痛い……」


 駆け足で近寄ってきた麗奈は、服が擦れて破けている出雲を見て顔を歪めていた。

 戦闘訓練を受けずに戦えばこうなることは明白だったが、そんな麗奈の考えを知らない出雲は地面に桜花を差して静かに立ち上がったのである。

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