第1章

第1話 平穏の終わり

 家に到着をすると既に祖母が夕食の準備をしている音が聞こえてくる。三人で澄んでいる家は三階建ての一軒家で一階と三階に個々人の部屋があり、二階がリビング兼ダイニングとなっている。

 二階に移動をすると音が聞こえていた通り、既に祖母が料理を作っているようで麗奈が飲み物買ってきたよと笑顔で話しかけていた。


「あら、お帰りなさい。飲み物ありがとうね」

「お茶とか水を買ってきたよ! もうなかったよねー?」

「そろそろ切れる頃だったわ。助かるわ」


 そう言いながら簪に付いている鈴を鳴らしながら、静かに麗奈に近づいてくる。

 祖母は青色の着物を着ており、束ねている調圧の白髪に簪を差している。趣味として日本舞踊を習っているようで着物を着ることが好きだと以前に言っていた。


「料理は作っているだろうからって飲み物だけ買ったんだ。大丈夫だった?」

「平気よ。ちょうど作り終えるところだったから、飲み物を買ってくれて助かったわ」


 祖母が料理の方を向いて皿に盛り付けを始めている姿がそこにある。

 作っていた料理は出雲が期待をしていた通りにカレーであった。普段はあまり作らないカレーであるが、なぜだか今日は作っているようだ。


「カレーで嬉しいけど、急にどうしたの?」

「そうね。着物に飛ぶかもしれないから、作りたくないんじゃなかったの?」

「飛ぶから嫌ね。だけどたまには食べてほしいじゃない」


 クスクスと小さく笑いながら祖母はカレーを盛り付けていく。

 お婆ちゃんのカレーは美味しくて好きと麗奈は喜んでいる姿を見ながら、出雲はいただきますと笑顔で言って食べ始める。


「美味しく食べてくれてよかったわ。これからは適度に作っていくわね」

「ありがとう! だけど、無理しなくていいからね」

「ありがとう。無理しない範囲でするわね」


 楽しく談笑をしながら夕食を進めると、三人は自室に戻ることとなった。

 出雲は自室に戻ると、麗奈が特殊能力のことを聞いてきたことを思い出していた。人のためにって言っていたが、それほど簡単に克服ができるものなのか? 昔から考えていたのならまだしも、帰宅途中に話した程度で意識が変わるのだろうか。


「麗奈は納得をしていたようだけど、突然の心境の変化なのだろうか? 学校で何か特殊能力についてあったのか?」


 ベットに寝転がりながら天井を見つつ考える。

 部屋の奥にある窓側に設置をしている机や、入り口から見て右側にある茶色いタンスを見ながら特殊能力について考えていた。


「近頃特殊能力に覚醒する人が増えていると同じように、犯罪に使用する組織も出ているらしいし、特殊能力者の肩身が狭い世界になりそうだ」


 組織的に犯罪をしている特殊能力者達のことを考えていると、朝のニュース番組で報道をしていた内容を思い出していた。


「この地域じゃないけど、地方で特殊能力者が集団で商業ビルを襲ったってニュースで報道していたな。その時に国防組織が特殊能力者に対処をしたって報道をしていたけど、やっぱり正しく使わない人もいるんだな」


 せっかくの特殊能力なのに、私利私欲のために使うことが理解できないでいた。

 たしかに特殊能力に目覚めたら力に”モノ”をいわせて私欲のためだけに使う人が出ることは想像ができるが、集団で商業ビルを襲うまでの過激なことをするだろうか。


「そんな過激なことのために、せっかくの特殊能力を使うなんて……」


 深い溜息をつきながらその日は眠ることにした。

 そして翌日。長い一日を終えて放課後、校門前で麗奈と合流をして前日のように二人で帰宅をしていた。


「いつも俺と一緒に帰るけど、友達と一緒に帰らなくて大丈夫?」

「あまり話が合わないし、お兄ちゃんと違ってこれから先のことを考えているから、ねー」


 下から覗き込みながら笑いかけてくる。

 麗奈はちゃんと人生を考えているんだな……なのに俺はどうだろう。何も考えずに日々を過ごしているだけだ。俺は苦労をしても麗奈だけは幸せに――。

 そう考えていた瞬間、目の前の道路が突然爆発をした。それは突発的な出来事で、身構えることもできずに勢いよく吹き飛ばされてしまう。


「な、なんだ……なにが起きた……れ、麗奈は無事か……?」


 地面に体を強く叩きつけられながらも麗奈のことを心配するが、周囲にいるようには見えない。ただ見えるのは悲鳴を上げながら逃げる商店街の人達の姿だけである。


「体が痛くて立てない……くそっ……」


 立とうとしても痛みが強すぎて立ち上がれない。

 体が痛い。周囲には悲鳴を上げて逃げている人ばかりで、麗奈の姿は見えない。どこにいるんだ? 俺以上に吹き飛ばされたのか?

麗奈の心配をしながら両腕に力を入れて立とうとした瞬間、目の前に人影が現れたことに気が付いた。


「だ、誰だ?」


 顔を上げると、目の前に立つ麗奈の後姿があった。

 無事でよかったと思いながら立ち上がると何か水滴のようなものが自身の右頬に付いている。どこから水が出ているのかと思いながら、自身の頬を触るとヌルっとした感触がした。


「なんだこれ……これって……」


 触った手を見ると、掌に鮮血が付着をしていた。鼻に入る鉄の匂いや地面にある夥しい血が、この場が一瞬にして地獄に変わったと物語っているようだ。


「どうして……どうして……それになんで麗奈が『剣』を手に持ってるんだ!?」


 心のままに叫ぶが状況が分からない。どうして妹が剣を持って立っている? どこから剣を? どうして? いくら考えようがパニック状態の頭では整理ができない。

 つい先ほどまで楽しく談笑をしていただけなのに、どうしてこのような状況になっているのか。それにこの惨劇は、特殊能力者が起こした悲劇なのか分からない。


「麗奈! 何があったんだ!」

「お兄ちゃん――逃げて!」


 背後を見ずにただ一言「逃げて」と、それだけ言葉を発していた。


「どうして俺だけに逃げてと言うんだ!? 一緒に逃げよう!」


 俺と麗奈は持たざる者の方だったはずだ。特殊能力に目覚めることもなく、ただの一般人として日々を過ごしていたのに……なのに目の前に立つ麗奈はなんだ?

 ただの一般人として共に暮らしていた麗奈が剣を持つ理由が分からない。どうして? なぜ? 特殊能力に目覚めたのならすぐに教えてくれるはずだ。


「早く逃げてお兄ちゃん! ここは私に任せて!」


 前方だけを見続けている麗奈の髪には血が付着している。

 誰かと戦った際に付着したのだろう。一つ年下の十四歳の妹が戦ったということは、命を懸けたということだ。


「逃げてって言っているでしょ! ここにいると邪魔なの!」

「れ、麗奈――!」


 優しく、おとなしい、読書と映画鑑賞が趣味だと言っていたあの妹が、声を上げて剣を手にして立ち向かっている。状況が理解できないまま、立ち尽くしていると一人のフード付きの黒色のローブを纏っている男性が麗奈の前に現れた。

 フードを纏っていても二メートルはある筋骨隆々な体躯をしていることが一目で分かる。


「またお前か。去年からずっと我々の崇高な使命を邪魔をしやがって!」


 そう言いながらフードを取った男性は、切れ長で黒髪と白髪が半々になっている短髪をしている。また、右手を横に伸ばすとどこからか身の丈程ある黒色の大剣を出現させた。


「今日こそ排除をする! これ以上邪魔をさせるわけにはいかない!」

「邪魔じゃないわ! あなたたちをこれ以上好き勝手にはさせないわ! 私はこの力を『正しく』使うって決めたの……だから! みんなの笑顔のために戦うわ!」


 麗奈は戦うと叫ぶと、剣を構えて一気に男性に向けて駆け出す。

 その姿は今まで見た姿とは真逆であった。本を読んだり、一緒に映画を見た姿や、友達と楽しそうに話している時とは全く違う。鬼気迫る表情をしながら男性の大剣と鍔競り合ったり素早く斬り合いをしている様子が目に入る。


「れ、麗奈……さっき去年からあの男が言ってたけど、もしかしてずっと戦っていたのか? 俺が悠々と暮らしていた時から、麗奈は一人で戦っていたのか?」


 目の前で戦う姿を呆然と眺めるしかできない。

 逃げろと言われても、戦っている麗奈を置いて逃げていいのだろうか。共に逃げなければもし麗奈の身に何かがあった場合に、正気を保てるか分からない。


「逃げなきゃいけないのに、逃げたくない……麗奈が戦う姿を見なくちゃいけない気がする」


 体を屈めて大剣を避けながら、剣を連続で振るう姿を見続ける。

 攻撃して防ぐ。一進一退の攻防を繰り広げていた。その姿をハラハラして見ていると、まだ一般人がいるわと同い年と思われる少女の声が聞こえてきた。


「まだいたんですね、早くここから避難をしてください! このままでは危険ですよ!」

「いや、俺は避難するわけにはいかないんだ!」


 少女は太陽の日を浴び、輝く白銀の腰にかかるまでの長髪をしている。そして、乱れた髪を整えた際に見えた顔はとても美しく、艶やかだ。また、黒色に中に白色の線が入っている服を着ているのが見える。

 逃げ遅れている人を逃がしたから敵じゃないと思うけど、麗奈の仲間なのか? 答えがない答えを考えて頭痛すらしてくる。それにこの状況も分からないし、敵の正体も分からない。全てが分からないことにイライラする。

 頭を抱えていると、麗奈が悲鳴と共に出雲の方に吹き飛んでくるのが見えた。


「あぅ!」


 短い悲鳴を上げながら地面に何度も全身を打ち付けて転がっていた。そして口から血を吐き出し、右頬からは鮮血が流れている。

 体格が全く違うローブを纏う男と斬り合ったのだが、この程度しかダメージを負っていないのが奇跡だと素人目から思ってしまう。


「お姉さま! 大丈夫ですか!?」


 お姉さま? 二人はどういう関係なのだろうか。去年から活動をしているということは、その時から関係があるということだろう。同い年だと思うが。


「君は麗奈とどういう関係なんだ?」


 痛みを我慢しながら、顔を歪ませて倒れている麗奈に話しかけている少女に話しかけると、気軽にお姉様の名前を呼ばないでくださいと怒られてしまう。

 兄なのに、俺は麗奈の兄なのに妹の名前を呼ぶなと言われちまった。


「もう一度聞くけど、君は麗奈とどういう関係なんだ?」

「気安く名前を呼ばないでくださいってば! お姉様は高潔な人なの、あなたのような人と一緒にしないでください!」


 あなたのような人って、俺のことがどんな風に見えているんだ? 確かに特殊能力を持っている麗奈とは違うけど、俺は兄だ。妹である麗奈を守る義務がある。


「俺は麗奈の兄だ! 妹を守るためにいて何が悪い!」

「あ、兄ですって!? お兄様がいるとは聞いていません!」

「ただ言わなかっただけだろう? 実際にいるんだから、話を聞いてくれよ」

「す、すみません……」


 少女に言葉を投げかけながら、倒れている麗奈に駆け寄った。

 口から血を吐き出して、どう見ても辛そうに見える。辛そうにしている麗奈を見ていると、地面に転がっている剣を見つけた。ふとこれを持って自身が戦えばいいのではと思いついてしまう。


「麗奈が使っていた剣を持って、俺が戦えば――」


 倒れている麗奈から離れ、側に落ちている剣を握る。

 この剣で戦えば――麗奈が戦うことはないのではないか。生唾を飲み込みながら高鳴る心臓の鼓動を感じる。握ったことがない剣の重さを感じつつ、麗奈の構えを真似た。


「お、おにい……ちゃん……」


 剣を構えて、目の前で体験を構えている男性に切先を向ける。


「俺が相手だ! かかってこい!」


 慣れない剣を構えると、勝負の邪魔をするなと男性が叫んだ。

 その声は体に響く大きさであり、麗奈や少女でさえも体をビクつかせる程である。しかし、その声に怯えているわけにはいかない。麗奈のために、今は戦わなければならないのだ。


「お前は何者だ? 俺とそいつの戦いを邪魔するな!」

「俺は麗奈の兄だ! 兄は妹を守る義務があるんだ! 代わりに俺が相手になる!」

「兄だと? だとしても邪魔は許さない……消えろ!」


 その言葉と共に何かが振るわれたのは見えた。

 しかし、何をされたのか分からない。背後から麗奈と少女が悲痛な声で叫んでいるのだけ聞こえるが、その意味を理解できない。


「お兄ちゃん!」

「き、傷が!」


 傷? 傷って何だ?

 そう思いながら自身の胸部分を触ると、赤い何かが流れていることに気が付いた。


「こ、これは……」


 体を右斜めにいつの間にか斬られているようで、全身から力が抜けて地面に倒れてしまった。

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