最弱の騎士は最強の妹を守りたい

天羽睦月

第1部

プロローグ

 特殊能力。それは人類に『恩恵』を与える神秘的な力である。

 掌から水や火を出したり体を硬化させたりと、様々な力が人類に発現していた。だが、その力を悪用して世界を侵略しようと考える人々も現れてしまっていた。

 

 今から五百年前に世界を手中に収めようと、ある組織が発足した。その組織は白銀の翼という名前であり、特殊能力を持つ者こそが頂点に立つ『進化した人間』だと掲げ、世界各国を侵略していく。だが、唯一侵略できなかった国が存在した。

 それは日ノ本の国、日本である。日本は唯一残った国として組織と戦うために戦力を世界中から集めた。そして、大規模な国を跨ぐほどの世界大戦の末、辛くも組織を追い詰めることに成功をしたのである。


「やったの? ついに白銀の翼の先導者を倒したの!?」


 黒髪で長髪の少女が息を切らしながら、戦闘後の荒れた大地の上で言葉を発する。綺麗な紫色の瞳の横には額から流れた血の跡が付いている。

 周囲には血を流して倒れている仲間達で溢れており、少女しか生き残っていないようだ。倒れている仲間を見てごめんなさいと呟くと、倒したはずの先導者が静かに立ち上がった姿が目に入った。


「倒したと安心したか? お前の仲間によって幹部達は倒されてしまったが、それでもまだ俺は生きているぞ」

「あれだけの攻撃を受けて、まだ生きているというの!?」


 少女の目線の先には、綺麗な純白のローブに付いた土汚れを払う先導者がいた。

 ローブで隠れていて見えない先導者を見ながら、少女は腰に差している鞘から刀を引き抜いて構える。その刀は刀身が青と白の二色をしており、握り部分が黒い神秘的な刀である。

 

「ここで終わらせる! みんなの戦いを無駄にはさせない!」

「弱い者ほどよく吠える! お前を倒し、私達白銀の翼が世界を導くのだ!」


 空間を破って黒い剣を取り出した先導者は、一気に少女に向けて駆け出した。

 少女も駆け出して先導者の攻撃を防ぐ。既に体は限界を向けているが、引くことはできない。どちらが勝利をしたのか語り継がれない『命運』を懸けた戦い。誰もいない荒れた地で二人だけの最終決戦が行われたのである。

 

 そして、少女と先導者の戦いから時は流れ五百年後――。

 まだ空気が冷たく、肌寒い日々が続く春。中学校三年生になったばかりの黒羽出雲と、同じ学校に通う妹である麗奈は放課後に商店街にて買い物をしていた。学校からそう遠くない場所にある商店街には放課後ということもあり人で溢れていた。


「何を買うのー?」

「そうだなー。婆ちゃんがもう買っているだろうし、飲み物とかパンとか買ってく?」


 麗奈は空色の髪を持ち、肩にかかるショートカットを指で弄って悩んでいる。また、制服のスカートを翻しながら、その綺麗な茶色の瞳と幼さを併せ持つ可愛い顔を出雲に向けてきた。いわゆる後ろ歩きをして見てくるのである。

 出雲は黒髪で短髪の髪を持つ、どこにでもいる普通の男子中学生だ。よく妹である麗奈と比べられ、その容姿の違いから本当に兄妹か聞かれることもある。


「早く決めないと何も買えないよー? お婆ちゃんが困っちゃうよー?」

「買いたいんだけど、何を買うか悩む……」


 なぜ祖母なのかというと、両親は既に他界をしているからだ。

 出雲と麗奈に祖母の三人で両親と暮らしていた一軒家に暮らしている。後から祖母が引っ越してきた形だ。


「それもそうね。あ、ていうかお兄ちゃんは進路決めたの? 私達は普通の一般人なんだから、ちゃんと考えないと進路ないよ?」

「分かってるよ。何か俺にも特殊な力があればよかったんだけどなー」

「そんなこと言っても仕方ないよー。風を発生させるとか、土を隆起させるとかの特殊能力がないんだからね」

「そうだよな。俺達に特殊能力があれば、また違った人生を歩めるのに……」


 空を見上げながら溜息をつきながら特殊能力のことを出雲は考えていた。

 この世界の『全人口の二割』が、様々な特殊能力を持っているとされている。その割合は年々上がっているようで、いずれ全世界の人類が何かしらの特殊能力を得ると教科書にも書かれるほどの通説だ。特殊能力が目覚める時期は様々であり、生まれた瞬間や、通勤時に目覚めるなど人によって違いがある。


「この瞬間に目覚めてくれたりすると、ありがたいんだけどな」

「そう簡単にはいかないわよ。お兄ちゃんは特殊能力が発生したらどうしたい?」


 それは突然の質問であった。

 普段なら殆ど特殊能力のことなど口にはしない麗奈が、自発的に質問をしてきた。


「今日はやけに特殊能力のことを聞いてくるな。心境の変化か?」

「そうかも。お母さん達が特殊能力者に殺されてから、特殊能力のことを口にするのも嫌だったわ。だけど、生活に関わることだし、私も特殊能力者になるかもしれないと分かってから逃げてはダメだと思ったの」

「そうだったのか。なんかごめんな」

「いいの。それで、目覚めたら何をしたい?」


 何をしたいか。そんなこと考えたこともなかったな。

 特殊能力――それは人知を超えた神秘的な力である。例えば掌から火を発生させたり、水や土を操れたりする。だけど、その操作できる力や威力や様々だ。同じ力でも威力や操作ができる範囲は限られる。


「俺は……特殊能力に目覚めたら、困っている人のために使いたいかな。そういう仕事があればいいけどね」

「お兄ちゃんらしいね。特殊能力は人のために使うべきよね。それが当り前よね!」


 後ろ歩きを止めた麗奈は、左隣に移動をして輝く笑顔を向けてくる。とてもいい笑顔な麗奈の顔をみると、特殊能力のことを克服したのだと改めて感じた。

 麗奈自身は特殊能力を得たらどのように使いたいのだろうか。聞いてきたのだから、こちらから聞いてもいいだろう。出雲は横を向いてどのように麗奈は特殊能力を使いたいかと聞いてみることにした。


「麗奈は人のためってさっき言ってたけど、どう使いたいの?」


 どうと聞かれた麗奈は、なぜか意表を突かれたかのような顔をする。

 そんなに変な質問をしたのか一瞬不安になってしまうが、それでもどのように考えているのか聞きたい気持ちで一杯であった。


「私は……私も人のために使いたいわね。力を持つ人はその力を正しく使うべきよ」

「そうだね。俺も麗奈も、特殊能力を得たら正しく使おうな」


 そう言いながら頭を優しく撫でると、くすぐったいよと麗奈が声を漏らしていた。


「ごめんごめん。さ、買い物を再開するか。やっぱり飲み物を買って帰ろう」

「うん!」


 買い物を決めた二人は商店街を歩き、目的の飲み物を購入する

 お茶のペットボトルと水を二個ずつ購入をしたので、家に帰ることになった。両親がいなくてもなんとか楽しく暮らしているが、どこか寂しい気持ちもあるのは事実だ。だけど、それでも祖母が一緒に暮らしてくれているので、寂しさを紛らわすことができている。


「夕食が楽しみだね! どんな料理作ってくれるかなー」

「俺は和食系がいいかなー。漬物とかも食べたいな」


 これから起こる、この代わり映えのしない日常が崩壊をすることなど知らないまま、二人は楽しそうに談笑をしながら帰路についていた。いつまでも一緒にこの日常を過ごせる。そう楽観的に考えていた日々は唐突に終わりを告げる。

 光あるところに影が常にあるように、『平穏な日々』は崩れ去る。兄は妹を『守らなけらばならない』。常々考えていたこの考えを実行に移さなければならない日が訪れるとは思いもしていなかった――。

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